葉咲透織
2026-02-07 11:54:44
47641文字
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【創作BL】「サンカヨウの喪服」【J庭59サンプル】

3/22開催、J.Garden59の新刊サンプルです。エッチシーンはこれがすべてです。文庫サイズ160ページ/トレペカバー/900or1000円にて頒布。余った分は通販します。(委託・自家通販)




 通夜だとか告別式だとか、別れの儀式は常に厳かなものである。ただし、それは見送られる側が「よく生きた」と言われるくらい、立派に寿命を全うした場合のみだということを、俺は知った。

 寺の住職が声を張り上げても経文が聞こえないほど、伯母の泣き声は大きかった。泣き声というよりも、鳴き声だ。興奮した鶏や豚、家畜の声。嘘よォ、太一ィ、どおしてェ。頭の上を滑っていく声に耐えかね、眉間に皺が寄る。

 人目もはばからず喚く伯母を見る俺の目に母が気づき、肘で小突いてきた。一応体裁を取り繕うべく、数珠をした手を合わせて、冥福を祈るポーズをとる。

 ――広海は無事に、村を脱出できただろうか。

 山波の跡取りの通夜である。村人総出で弔問に訪れているため、家々はもぬけの殻。外から泥棒が入り込んでいたら、一網打尽にやられるくらい人気がなくなるだろうから、そのタイミングで抜け出せと言ってあった。

 広海は最初、渋っていた。香典だけでも、と粘られたが、広海の名前を冠した香典袋は拒否されるし、名無しも問題がある。愚かな人ではないから、俺の言ったとおりに逃げてくれただろう。 

 彼が知る太一は、十年前のまま、アップデートされていない。

 強引で傲慢で、しかしそれすら「男らしさ」であるともてはやされていた。爽やかなイケメンで、小学生の自分の同級生ですら、「太一お兄さんって、格好いいね」と、わざわざ俺に言いにくるくらいの、モテ男であった。

 お節介な友人とやらは、今日ここに来ているのか。見回したが、太一の同級生世代は、村に残った人間しかいない。わざわざ外から駆けつけるほどの仲の友人は、故人にはいなかったということだ。ざまあみろ。

 通夜が終わると、弔問客のほとんどは、帰っていく。伯母は使い物にならないため、俺たち家族が見送りに駆り出された。

 黙って頭を下げるだけの俺に、伯父(現在の山波当主で、太一の父親)は何をどう曲解したのか、感心したように声をかけてくる。

「光次は立派に育ったな」

 父に聞かせるでもなく、俺を褒めるでもない、ひとりごとめいた呟きに、「はぁ、どうも」と、煮え切らない返事だけをした。この人に褒められるなど、何か裏があるに違いない。伯父は俺の肩を二度、ぽんぽんと叩くと、息子が眠る広間へと戻っていった。まだ見送りも終わっていないというのに、まったく。

 隣に立つ父は、なんとなくそわそわとしていた。広海のことを聞きたいのかもしれないし、違うかもしれない。

 俺はまるっと無視を決め込んだ。



 翌日の午前中、告別式が行われた。ここで最期のお別れをした後、遺体は焼かれ、骨になる。

 伯母は昨日の今日で、どうしてそんなに泣けるのかというほど、変わらず雄叫びをあげていた。寺側も対抗して、年老いた住職ではなく、若く働き盛りの息子を投入してきたけれど、朗々と読み上げられる経文に張り合うように、伯母のはヒートアップして泣き叫んでいた。

 ちょっとだけ面白くて笑いそうになったら、やっぱり母に肘で小突かれた。父は、妻子のそんなやり取りにも気づかずに、ただぼんやりと座り、式次第に従っている。

 家での葬儀である。斎場ならば司会者がいて、段取りを進めてくれるが、それもない。いたところで、伯母は止められないだろう。

「あ~、それでは、そろそろ故人に花を」

 ごほん、と咳ばらいをして促したのは、列席者のひとりに過ぎない村長であった。あまりにも進まない葬儀に、彼も次の予定が詰まっているのだろう。焦っている。これ幸いと動き出し、寺のお嫁さんたちが、花を手渡ししてくる。

 俺がもらったのは、白い菊だった。花弁が開ききっていて、不格好。あいつにはお似合いだ。

 棺に近づいたのは、最後の方だった。もうすでに、死体の周りには、花が咲き乱れている。紫、黄色、白、淡いピンク。花が似合わない男だ。愛でる趣味もなかった。蹴飛ばしたサッカーボールが、丹精した花壇を直撃したところで、「あーあ。泥だらけになっちまった」と言うような男であった。

 ぶくぶくと太った醜い男を、美しい花々が囲んでいるのは、滑稽だった。

 見せたい、と思った。

 ――一目だけでも、見たかった。

 あんたが見たがっていた男の死に顔は、こんなにも不細工だったよ、と。恨みつらみをぶつける価値もない、どうしようもない奴だったよ。不摂生による病気で、三十にもならずに死んだ、愚か者だよ。

 頭の中で、広海がくしゃりと笑った。あの頃にはなかった、目尻に少しだけ寄った皺が、過ぎた年月を感じさせた。

 違うよな。あんたは、恨み言をわざわざ言うために、村に戻ってきたわけじゃない。

 こんな男に尽くして、こんな男を愛して、死に顔を一目見たいというほど、実際の関係にそぐわない純愛を見せつけられて!

 ――この顔を見れば、あの人も。

 俺は、花を捧げなかった。代わりに、ポケットからスマートフォンを取り出した。

 カメラアプリを素早く起動させると、無言でシャッターボタンを押す。なぜかその一瞬だけ、伯母の嗚咽は収まっていて、思った以上に大きな音が響いた。

 俺はもう一度、シャッターを切った。上手くピントが合っていないかもしれないから。きちんとあるがままの姿を見てもらおう。

「あんたあああ! 何してるのおおお!!」

 伯母は、息子そっくりな脂肪だらけの身体で突進してくる。よろけたのはふざけてではなく、本気だった。

 超音波じみた高音で喚きたてる伯母の顔も、醜い。ああ、本当に母子そっくりだ。気味が悪いくらいに。

「あたしはあんたみたいな奴、絶対にみとめなああい!」

 鼻息も荒い伯母を宥めるため、父が俺の横にやってきて、土下座を強要させられた。すみません、義姉さん、すみません。平謝りをするばかりである。俺は頭を強く押さえつけられて、何度も床に鼻をぶつけた。勢いのあまり、血が出て畳を汚した。

 結局棺の中に入れられなかった白い菊にも、赤が飛んでいた。