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葉咲透織
2026-02-07 11:54:44
47641文字
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【創作BL】「サンカヨウの喪服」【J庭59サンプル】
3/22開催、J.Garden59の新刊サンプルです。エッチシーンはこれがすべてです。文庫サイズ160ページ/トレペカバー/900or1000円にて頒布。余った分は通販します。(委託・自家通販)
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バイトの予定をみっちりと入れていたのに、急に休む羽目になった、夏休み。
「本当に、行かなきゃ駄目なの
……
?」
ファミレスの店長は、電話の向こうで絶望的な声を上げていた。昼の主戦力であるパート主婦が、シフトを短縮せざるをえないため、昼のピーク時からフルに入ることのできる大学生を、相当当てにしていたのだろう。
俺だって、わざわざ電車代を出して帰省するよりも、バイトでがっつりと稼ぎたかった。もともと夏は、帰る予定はなかったのだ。
午前中の新幹線の自由席は、満席だ。よく見れば、子どもが寝転がっていたり、荷物を置いていたりして、民度が終わっていた。注意して席を空けさせるでもなく、あえて立ちっぱなしだ。家族がひとかたまりに座っているところに、尻をねじ込むほど居心地の悪いことはない。
一時間半ほどで、東京からターミナル駅へと到着する。ここからは在来線の鈍行列車だ。確実に座ることができる。
腰を下ろして車窓をぼんやりと眺める。雨がガラスを叩き、流れていく。
俺はこの度の帰省のきっかけとなった男のことを思った。
いとこの
山波
さんば
太一
たいち
が死んだ。
母からの電話で叩き起こされた早朝、驚くと同時に深く納得もしていた。いつかは、ではなく、いつ死んでもおかしくない男だった。
ああ、そうなの。そんな返事をしたら、「
……
聞かなかったことにするから、お願いだからお義姉さんの前では、もっと神妙な顔をしてちょうだい」
と、注意された。伯母、つまりは太一の母親は、一番新しい分家であるところの我が家にとっては天敵である。
特に母は、俺が物心つく頃から、こき使われていた。義弟の嫁は自分の手足のごとく使っていいと思っている節がある彼女につけ入る隙を与えないよう振る舞うのは、母の長年の経験からくる処世術だ。
「わかってるよ」
その辺にあった紙に通夜・告別式の予定をメモして、電話を切る。
行きたくはないし、正直、いとこの死を悼む気も毛頭ない。ただ、行かなければ母は確実に、伯母に嫌味を言われるだろうことは、目に見えている。父は自分に火の粉を被らないようにするのに必死で、昔から母を庇うこともしない。
田舎特有の、いびつな一族。
我が故郷、家のことながら、最悪すぎて反吐が出る。本家と分家の上下関係が明確に存在して、小さな村だから、ほとんどの家が山波の家に何かしら、借りがある。それが五年前のことだろうが、江戸時代のことであろうが、執念深く取り立てるのが山波という家であった。
伯母は、俺の母と同じで外から嫁に来た人間だ。なのに、当主である伯父よりも威張っているのだから、おかしな話だ。もちろん、伯父も頭がおかしいことは言うまでもない。
戦前から時が止まっているのかというほどの村社会の、変な部分を凝縮したような奴が、山波太一という男であった。
本家唯一の跡取りであることを笠に着て、俺たち親戚の子どもを罵倒する。昔はそれでも、すらりと背が高くイケメンで、モラハラという言葉を知らない無垢な女子たちは、「強引だけどステキ」と思っていたらしいのだが、今となっては、アレだ。
俺は太一の顔を思い出そうとして、挫折した。
正月は嫌々ながらも帰省している。一族郎党が揃う宴会は、俺が子どもの頃から続いているが、いつの間にか彼は、顔を出さなくなった。
高校を卒業後、進学もせず、働きもせずにニート生活を送っている。伯母が母に対して吐き出す愚痴や、伯母の被害(「うちの子の嫁を紹介してくれない!?」)を受けた人の報告から判断するに、色男も形無し、という奴のようだ。不摂生な生活を、かれこれ十年は続けている。
母は屋敷で手伝いをしているときに、時折太一を見かけたという。
「昔はもっと、テレビに出てくるアイドルみたいな顔をしていたのにねぇ
……
」
と、残念そうに溜息をつくので、相当ひどいことになっているのだろう。
ぶくぶくに太った醜い姿になったことも、まともに医者に行くこともせずに死んだことについても、同情は一切しない。ざまあみろ、と言うほどの強い嫌悪も今さらない。
ああ、死んだのか。だから?
その程度の感慨しか浮かばない男の葬儀に、わざわざバイトを休んで出席しなければならないことに、心底嫌気がさした。
ただそれだけだった。
最寄り駅には、父が迎えに来ていた。標高が高い分、東京よりもだいぶ涼しい。雨が降っているのも関係しているだろう。東京はカンカン照りだったため、特に気温差に過敏になる。
「
光次
みつぐ
。お前、太一くんにはずいぶん世話になったんじゃなかったか?」
後部座席の俺の姿をミラーで眺めながら、父がそんなことを言った。
「は?」
そんな記憶はついぞない。どちらかといえば、迷惑をかけられた方だ。小学生だった俺を、顎で使うだけならまだしも、菓子代を集る鬼畜だぞ。
睨みつけると、生来気の弱い父は、それからずっと多弁であった。息子の機嫌を取ろうとしている。
これだから、本家連中に好き勝手されるのだ。父がもっとぴしゃりと強く言ってくれたら、俺や母の苦労はもっと少なかったはずだ。
恨んでも今さら仕方がない。山道を登る間、終始無言を貫いていると、父も黙って運転に専念するようになった。
到着した実家に、母の姿はない。もうすでに、通夜の手伝いに駆り出されている。小さな村のことなので、皆、自宅で最期の別れを行うのだ。本家の嫡男ともなれば、参列者も多い、と伯母はにらんでいる。
実際はどうだか。親世代はともかく、太一の同級生なんか、ほとんど村を出てしまっているだろう。わざわざ都会から帰ってくるのは、遠縁だけだろう。それだって、自分と同じく渋々だ。本心から彼の死を悼む気のある人間など、いるものか。
「あれ、俺の喪服は?」
父のはすでに用意され、ハンガーにかけてあるというのに、俺のは見当たらなかった。周りでそうそう人死には出ないからと、ひとり暮らしのアパートではなく、実家に保管している。田舎の村は年寄りが多く、高校を卒業してすぐ、入学式のスーツと一緒に礼服を買ったのも、記憶に新しい。
まぁ、袖を通すのは初めてだが。
「ええ? 父さんは知らないぞ。母さんに聞くしかないな」
運転で、あるいは無言の空間に緊張して全身が凝ったのか、父は背伸びをしたり肩を回したりと、のんきであった。冠婚葬祭は本家の仕切り、もっと言えば女がせかせかと働くもの。男は酒を飲む口実としか思っていない。
母は何もできない父を見捨てることができず、ずっと一歩を踏み出せずにいることを知っている。この村しか知らない父親は、妻の葛藤にも気づかず、気楽なものである。
深く溜息をつき、外へ出た。通夜の時間まではまだ余裕がある。母はスマートフォンを持っていない。バタバタしている本家に電話をしたところで、取り次いでもらえるとは思えないから、自分の脚で訪ねることに決めた。
年に一度しか足を踏み入れない山波本家は、昔ながらの日本家屋だ。県の文化財の候補になっては、その話は立ち消えていると聞く。中は普通の家だし、住んでいる人間の癖が強すぎる。修繕費の半分を県が負担してくれるとかくれないとか、伯母が愚痴っていた。
海なし県の宿命で、周囲は山に囲まれている。必然的に、村には坂が多い。本家は坂道を登り切った土地に立っている。隣近所、という概念もない。俺にとっては、忌まわしき城である。おそらく、村の大部分の人間にとっても。
土塀に沿って歩く。雨はまったく止みそうにない。
ようやく門にたどり着いたとき、そこには先客がいた。この雨の中を傘もささずに、珍しい。若い男である。ちょうど、太一と同じくらいの年だ。
ああ、あいつにも取るものもとりあえず駆けつけてくれる、情の篤い友人がいたものだな。ジャケットの肩の位置がずれている。慌ててやってきたことが一目瞭然だ。
彼の用事が終わってから、改めて訪ね、母を呼んでもらおう。スマホをポケットから取り出して、画面を覗き込んだときであった。
――
バシャ。
水音が聞こえた。雨音の小気味よさとは違う。それなりの量を思いきり撒かなければ立たない音である。
驚いてスマホから顔を上げると、ずぶ濡れの男が呆然と立ち尽くしている。最初から飴で濡れていたとはいえ、ひどい。そして女のヒステリックな怒声が響き渡る。
「あんた! どの面下げて! 汚らわしい!」
俺のいる位置から顔は拝めないが、伯母だ。彼女はこの弔問客が気に入らないらしい。だからといって、バケツで水をかけなくてもいいだろう。ぎゃあぎゃあと何事かを言っているが、訛りがきついうえ、早口と大声によって、半分くらいは聞き取ることができない。
「帰れ!」
最後にはっきりとそう言ったのが聞こえて、ぴしゃりと門扉は閉められた。
びしょぬれの青年は、しばらく門をぼんやりと眺めていたが、ゆっくり深く頭を下げる。
類は友を呼ぶ。朱に交われば赤くなる。付き合う仲間によって悪い方へと人間性が変化していく事例は多々あって、太一なんて他人を堕落させる筆頭だというのに、男はずいぶんとまあ、礼儀正しかった。
伯母の非礼を詫びなければと思うのは、下に見られつつも、山波の一族であることには変わりないからだ。本家を支える、というのがDNAに染み付いている。ああ、嫌になる!
「あの。大丈夫ですか?」
傘をさしかけた。ここまで濡れていたら今さらだと気づいたが、引くに引けない。
東京から持ってきたビニール傘。どこのコンビニで買ったのかすら忘れた。少し曇ったビニールを雨粒が叩く。
男のジャケットの下、白いワイシャツが濡れて、透けている。
俺は、これとよく似た光景をかつて、見たことがある。そのとき彼の制服のシャツを濡らしていたのは、無色透明のきれいな雨水なんかじゃなくて、欲望を解き放ったときに残る、白濁とした残骸であった。
どうして今の今まで、記憶の表層へと蘇ってくることがなかったのか。
この男
……
ああ、名前はなんと言っただろう、苗字は覚えていない。太一が呼んでいたのは、確か。
「ひろみ、さん?」
彼は俺が呼んだ名前に反応し、こちらを見上げた。真っ黒な眼に、ゾッとする。
田舎にいるにはもったいないほどの、美しい男。俺の記憶の中で、思い出さないようにと封じられていた、印象的な美人。
この男は、山波太一の同級生で。
――
性奴隷だった男、だ。
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