葉咲透織
2026-02-07 11:54:44
47641文字
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【創作BL】「サンカヨウの喪服」【J庭59サンプル】

3/22開催、J.Garden59の新刊サンプルです。エッチシーンはこれがすべてです。文庫サイズ160ページ/トレペカバー/900or1000円にて頒布。余った分は通販します。(委託・自家通販)



 小学校五年の夏休みだった。

 友達の家から帰ってきた俺は、そのまま母に捕まった。

「ちょうどいいところに帰ってきたわね。伯母さんの家に、これ持って行ってちょうだい」

 玄関先に準備されているのは、馬鹿でかい紙袋がふたつ。中身は家に届いたお中元だった。片方はゼリーやビールなどの食料品、もう一方には洗剤なんかが詰め合わせになっている。見るからに重そうで、「ええ~」と不満の声を上げた。

「しょうがないでしょう。持って行かないと、あとで大変なんだから……

 父の仕事の関係上なのか、季節の挨拶は本家よりも我が家の方に多く届いていた。うちを差し置いて! と、憤慨する伯母を宥めるために、母はうちに届いた贈り物を、自主的に届けている。向こうはなぜかは、うちに届く荷物の詳細を知っていて、「アレはどうしたのよ」と、ふんぞり返って要求してくるのだった。

 ゼリーや飲料は、一番グレードの高そうなやつを優先的に引き渡す。メロンだとか、枇杷だとか。ビールはプレミアムなんちゃらだ。間違っても素麺を入れてはならない。もう何度目かになる献上なので、母の選定眼に狂いはない。

「こっちがあげてるのにさ、伯母さん嫌味言うんだもんなあ」
「あんまり大声でそんなことを言うもんじゃないわ」

 やれやれ、と俺と母はお互い肩を竦め合った。

 ちなみに、山波の血筋なのは伯父なのだが、俺たちにとってあそこの主は伯母であるから、「伯母さんのうち」呼びである。。

 母に促され、帰ってきたらカルピスをいつもよりも濃くしてあげると言われて、俺はえっちらおっちらと坂道を登った。洗剤もビールも重くて、小柄な母親には酷である。今年になって俺は、母の身長を追い抜いていたし、力だってある。

 ビールの缶を開けたときに、ぷしゃあ、と噴き出せば面白いのにな。
袋をサッカーボールみたいに蹴り飛ばせば実現するかもしれないが、責められるのはやっぱり母さんだろうから、やめておく。普通に歩いていても、振動は防げないし。

 汗みずくになり、息を切らしてようやく坂道を登りきる。玄関に向かって、「ごめんくださーい」と声をかける。

 誰も出てこないからと言って、すぐに二度目の「ごめんください」を声を張り上げて言ってはいけない。横幅が母の倍はある伯母は、動くのも一苦労なのだ。しつこく呼びかけると、後できつく叱られる。

 一分くらい待って、大きな声で再び呼ぶ。怒鳴り声も返ってこないし、どたばたという足音もしない。本当に不在みたいだ。

 田舎のことなので、鍵はかかっていない。持って帰って二度手間になるのも嫌で、俺はドアを開けて玄関に荷物を置いた。

「えっと、なんかメモ……

 残念ながら、小学生男子がそんなものを持ち歩いているわけがない。どうしよう、と悩んでいると、「ごめんください」と、若い男の声がした。

「はい?」

 やってきたのは宅配便の人だった。キャップを被った若い男は、俺を見ると、「お母さんいる?」と、笑顔で尋ねてきた。

「えっと……

 荷物の受け取りには、ハンコが必要だ。サインでもいいのだろうけれど、でも、自分はここの家の子じゃない。勝手に「山波」のサインをして受け取ったりしたら、あとで伯母に何か言われるかもしれない。筆跡なんてごまかしたところで、子どもの字はわかってしまうだろう。

 俺は俯いた。運送会社のお兄さんも、困った顔をしている。ずっと重いものを持たせたままで、申し訳ないな、と小さくなった。

 そこで、ふと思いついた。

「あ、あの、ちょっと待っててください!」

 言って、ドタドタと靴を履いて走り出した。

 古い平屋造りの母屋のすぐ脇に、もうひとつ小さな建物がある。そこは「こんなぼろっちい家に友達連れてくるの嫌だ」と、中学時代に我が儘を言った太一のためだけに建てられた、彼の部屋であった。小さいながらに二階建てになっていて、彼の機嫌がいいと、仲でゲームをさせてもらえる。

「太一兄ちゃん! 兄ちゃん、ハンコどこ!? 荷物受け取ってほしいんだけど……

 母屋同様、鍵がかかっていない。玄関には靴が一足を除き、脱ぎ散らかされていた。一階のリビング(という名のゲーム部屋だ)には姿が見えず、ならば二階の寝室であろう。足音を立てて向かうと、扉の向こう側から、「誰か来たから……駄目だって!」という、聞き覚えのない悲鳴と、パシン、という鋭い音が聞こえた。

……兄ちゃん?」

 トントン、と今更ながらにノックをする。もぞもぞごそごそ、何事か音がして、太一が出てきた。髪が乱れていて、タンクトップ。スウェット素材のハーフパンツは半分ずり落ちていて、下着が見えている。

 一見して不機嫌な様子に、俺は身構えた。

「どうしたぁ、光次?」

 彼は目を細めて会話のボールを受け止めた。こちらにしっかり投げてくれた。ホッとする。見た目ほど、機嫌は悪くないらしい。

「あ、えっと、向こうの家に宅配の人が」

 それから俺んちからも、荷物……と、続ける間もなく、太一はあくびをして腹を掻きながら、寝室を出ていこうとする。

「ハンコな? うちのおふくろ、そういうのめんどいもんなぁ」

 うんうん、と理解を寄せてくれる太一は、いつもとは全然別人みたいで不気味だった。てめぇでどうにかしろや、役立たず、と頭を小突かれることを覚悟していたからだ。

「しゃーねーから行ってやる。ああ、その間、客の相手しといてくれるか?」
「お客さん?」

 よろしくなぁ、と大きな声で太一は言い残し、階段をゆっくり下りていった。それを黙って見送った俺は、ようやく部屋の中の様子に気づく。相変わらず、ゴミが散乱していて汚い。特にティッシュのゴミが多く、ベッドサイドにゴミ箱も用意されているのに、どうしてこうなっちゃうんだろう、と呆れる。

 だが、俺の目を引いたのはそんな些末なことではない。

 ベッドの上には、人がいた。彼女といたところを邪魔したのか? と、にわかに頬が熱くなるのを感じた。

 小学校五年生。学校の保健の授業でも習うし、廃品回収でちょっとエッチな漫画を捨てる家を特定して先んじて回収する、などということをクラスメイトとしているので、男と女がベッドの中にいたら、それはセックスをするんだってことくらい、知っている。

 太一は顔だけはいいから、そんな彼が付き合う女の人なら、ものすごく美人なんだろうな、と、失礼にならないように気をつけながら確認する。

 美人は美人だった。スッと鼻が通っていて、優しい目元。けれどどう見ても、顔のパーツも、剥き出しになっている肩の骨や筋肉の付き方も、全部男だった。

 なんだ、男の人か。友達とじゃれてたんだな、と肩の力が抜けた。決して、がっかりしたわけじゃない。女の人でないのならば、顔をじろじろ見たって多少は平気だろう、と根拠なく考えた。女性相手だと、セクハラだと言われて嫌われる。

「え、うわ、え!? 怪我……

 向こうも突然現れた小学生に戸惑っていた。それで隠すのを忘れていたのだと思う。

 彼の唇の端は、切れていた。頬が赤く腫れていて、痛々しい。俺は部屋に入る直前に聞いた音を思い出した。あの音は、顔を殴られた音だったのか。たぶん平手打ちだ。顔に拳をぶつける音は、これまでの短い人生で一度も聞いたことがなかった。

「痛そう……

 独り言として呟くと、「ちょっとだけだよ」と返ってくる。声変わり中の俺と違い、完成した大人の男の人の声だった。低すぎて聞き取れないこともなく、柔らかくて、女の人にモテそうな感じがして、ちょっといいなと思った。

 ベッドの上で布団をかぶり、背中を壁につけている青年は、少し横にずれた。入口に立ったままでいる光次を気遣い、座らせてくれようとしているのだろう。一歩歩み寄った瞬間、ふとした違和感を覚えた。

 布団から覗く肩からして、青年は少なくとも、上半身裸である。冷房の利いた部屋、なぜ脱ぐ必要があるのか。ベッドの上で、彼はしっかりと布団をかぶったまま。そこから出てこようとはしないのは、どうして?

 どっと脇から汗が出た。心臓がおかしくなる。全力疾走した後と同じくらい速くて痛くて、身体が熱い。

 急に動きを止めた俺を、彼は不思議に思ったらしい。小首を傾げ、「えっと、座ったら?」と、促してくる。

 ……いや、これは「誘惑」だ。布団で隠された部分を、俺は想像力で補うことができた。

 上半身どころか、下半身も丸裸なのだ。爪先が少し震えている。「全裸」と「ベッドの上」で連想する正解は、やっぱりセックスしかなかった。俺が子どもだから、何もわからないと思って隣に来るように呼んでいるのか。

 カッと頬が熱くなった。近づいたらいけない。たぶん、これは罠だ。だってそうじゃなきゃ、顔だけはよくて、女にモテモテのはずの太一がわざわざ男とセックスする理由なんてない。

 太一は俺を脅して言うことを聞かせるためのネタにする気なのだ。何の他意もなく、隣同士座っていただけだと説明をしても、太一は納得しないだろう。

 すぐにでも、この部屋から逃げなきゃ。荷物を受け取るだけなのに、あの太一はどうしてこんなに遅いんだ?

 回れ右をして部屋を出るだけなのに、脚が前にも後ろにも、動かない。

 ……だって、俺はこの人の近くに行きたいと、本能では思っている。理性が面倒なことになる前に逃げろと言う。綱引きはイーブンで、どちらにも軍配は上がらない。

 光次くん、と再び名前を呼ぶ。やめろやめろ、呼ぶな呼ぶな。

 俺はあなたの名前も知らないのに、あなたが一方的に俺のことを名前で呼ぶのは、ずるいじゃないか!

 初対面の年上相手に、生意気にも怒鳴ってしまいそうになった。そこでようやく、太一が帰ってきた。

「何突っ立ってんだ?」

 弾かれて、俺の身体は動くようになる。後ろに。

 立ちはだかる太一を押しのけて、俺は彼の怒鳴り声を背に、階段を降り、靴をきちんと履かぬまま、自分の家に帰る。

 行きはしんどかった上り坂、帰りはラクな下り坂。けれど、来たときよりもずっと、心臓がドクドクと動いているし、息も上がっている。

 ――そう、そうだ。俺は今、走っているからこんなに心臓が痛いだけなんだ。そうなんだ!

 言い聞かせても、それはごまかしだと自分が一番よくわかっている。

 真っ赤な顔をして帰宅した俺を、母は怪訝な顔で出迎えた。ちゃんと渡せたの? という問いかけには答えることができなかったし、夜になって伯母からは電話が来た。

『どうせなら、ゼリーやビールは冷蔵庫に入れておいてくれたらいいのに。玄関なんかに置きっぱなしで。まったく気の利かない子ねぇ。これだから分家の子は』

 と、嫌味な長電話に捕まった母は、夕飯の支度をするのが遅れ、父はそのせいで苛々していた。

「ごめんなさい」

 配膳の際に小さな声で謝ると、母は微笑んで、許してくれた。母より背が高い俺の頭を、もっと小さい子にするみたいに撫でた。

「あんたは悪くないわよ。冷蔵庫に入れてたら入れてたで、『勝手に人の家の冷蔵庫を開けるなんて、どういう教育してるの!?』って怒られてたでしょうから」

 悪戯っぽく笑った母に、確かにその通りだな、と思った。

 夕食を食べるときには、今日の衝撃的な出会いについては、すっかり頭から消えてしまっていた。

 消してしまいたいほどであった、ということなのだろう。