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葉咲透織
2026-02-07 11:54:44
47641文字
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【創作BL】「サンカヨウの喪服」【J庭59サンプル】
3/22開催、J.Garden59の新刊サンプルです。エッチシーンはこれがすべてです。文庫サイズ160ページ/トレペカバー/900or1000円にて頒布。余った分は通販します。(委託・自家通販)
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朝イチでレポート提出に来る学生は、珍しい。
「よ」
久しぶりに会った同級生に、俺も軽い調子で手を挙げた。そうすると、外国人みたいにパシンと合わせてくるのだから、生粋の都会生まれ都会育ちの陽キャとは、あの陰鬱な村で育った俺とは違うものだと実感する。まじまじと手のひらを眺めているものだから、「痛かったか?」と、恐る恐る尋ねてくるあたり、本当に育ちがいい奴だ。
「せっかくだからどっか遊びに行かねぇ?」
午前中のごく早い時間、夏休みのキャンパスは学生があまり歩いていない。誘いは魅力的ではあったが、俺は「ごめん」と断った。
「バイト?」
「あー、うーん。まぁ、そんな感じ?」
「なんだよそんな感じって」
ケラケラ笑って、深くは突っ込んでこないこの男は、同級生の中でも人気がある男だ。男女問わず、教授たちからも「仕方がないね、君は」と、呆れられつつも可愛がられている。こういう、空気の読めるところが重宝される秘訣なのだろう。
最寄り駅から家と逆方向の電車に乗り、友人とは別れた。乗り継いで、俺はとあるビルの一室のドアを叩く。
「お疲れ様です」
「お疲れ様、山波くん。待ってたよ~」
挨拶もそこそこに泣きついてきた男の襟元には、ひまわりのバッジが光っている。一般人がイメージする弁護士のキリっとしたイメージはそこにはない。
ここは「ワタナベ法律事務所」。広海の働く事務所であり、彼はその同僚であった。見回すと、所長の渡辺氏は不在である。売れっ子の彼は毎日忙しく、あちこちを飛び回っていて、なかなかお目にかかることがない。
――
広海との縁を、これっきりにしたくなかった俺は、無理矢理に彼の事務所の職場見学をお願いした。
渋々ではあったが、俺が法学部の学生で、いずれは司法試験を受けて弁護士を目指していると言うと、縦の繋がりが非常に重要視される業界であることを知っている彼は、所長に掛け合ってくれた。
押しかけてしまえば、こちらのものだった。タイミングよく、事務の女性が産休に入るとのことで、「ファミレスのバイトの合間でよければ」と、自分から手伝いを申し出た。
向こうとしても、法学部在籍中ということで、勝手を知らない人間を入れるよりも手間を減らせると、まさしくwin-winというやつだ。広海だけは難色を示していたが、夏休み中だけでも、というこちらの態度に折れた。
仕事は簡単なもので、データを入力したり、書類を整理したり、電話や来客対応である。もうひとりの事務員も、祖父の介護で時短や欠勤になることが多く、俺がいる日は頭を下げ、入れ替わりに早退していくのだった。
「お電話ありがとうございます。ワタナベ法律事務
……
」
『風間先生、風間先生はいらっしゃる?』
朗らかな定型文を遮られるのには、もう慣れた。法律のプロが必要な人間の多くは、焦っている。悠長に俺の言葉を聞いていられないのはいいとして、名前を名乗るのを忘れるのは、いい加減にしてもらいたい。こちらが尋ねると、逆ギレしてくる人間もいる。そして大抵、そういう顧客の相手をするのは、広海であった。
今日のご婦人は、切羽詰まっている様子ではあったが、「あら、ごめんなさいね」と謝罪して、「佐田よ。そう伝えてくれればわかるわ」と、こちらも人間であることを理解したやり取りをしてくれて、助かった。
「少々お待ちください」
一度保留にして、「風間先生。佐田様よりお電話です」と、声をかけた。にらめっこしていたパソコン画面から顔を上げ、頷いたのを合図に転送ボタンを押す。彼は子機を取り、「お電話代わりました」と立ち上がって、人のいないところへと移動する。
「ありゃ、相当面倒くさい案件だぜ」
今日やってきたときの情けない姿はどこへやら、弁護士らしい凛々しさで、広海の同僚(正確には先輩)弁護士の飯野は、俺にこっそりと告げた。広海の後ろ姿を見送っていた俺は、「そういうこと、あんまり俺相手でも言わない方がいいんじゃないですか?」と、軽く言いつつパソコンでの作業に戻る。
彼の仕事が気にならないわけじゃない。ただ、この仕事は守秘義務厳守の業界である。彼が担当している案件を、たかがいちバイトの俺が、詮索するわけにはいかない。もちろん、渡辺所長も先輩弁護士も、広海が今抱えている案件がどんなもので、進捗がどうなっているのかは把握しているだろうが、俺はただのバイトだ。
「
……
」
ロースクールに行って、司法試験に受かって。弁護士バッジをつけてこの事務所で働くことができるようになったら、俺も知る権利を得るわけだが、そこまでの道のりは遠い。
電話を戻しにやってきた彼が、次の瞬間には出かける準備をしている。疲れた顔で外出するのを見送って、俺は小さく息を吐いた。
次の手伝いの日、俺は緊張しつつも、広海をランチに誘った。あの喫茶店が美味しかったから、またふたりで行きたいと、軽い調子を装った。
「ロースクールについても聞きたいし」
付け足すと、彼は首を横に振った。
「悪いけど、今日もゆっくり昼を食べている時間はないんだ。それに、その相談には僕よりも、飯野さんの方が適任かな」
と、受け流されてしまう。名指しされたくだんの人物は、「やっほー」と、のんきなもので、ひらひら手を振っていた。
「帰りに何か買ってきますね」
精一杯の俺の心遣いは、「気にしないでくれ」と、やんわり拒絶されてしまった。
「風間はワーカホリックなところがあるからなあ」
飯野に連れてこられた定食屋も、美味しかった。奢りだと言われて、遠慮なくとんかつ定食ご飯大盛りをオーダーしたら、「お前、風間にもそういうことする?」と聞かれた。しない。むしろ「俺にも払わせてくださいよ」って、自分から財布を開く。
広海は昼休みも電話をかけたり、判例を引いたり、裁判所に電話をかけたりと忙しく働いている。事務所にある冷蔵庫の中の半分は、彼がストックしているエネルギー補給のためのゼリー飲料で占められている。
「それは、厄介な案件を抱えているから?」
外での会話は、いつも以上に慎重になる。飯野はジャケットを事務所に置いてきて、弁護士バッジをつけていないし、俺は俺で大学生らしい私服のままなので、傍から見ると何の話をしているやら、である。
「まぁ、それもあるけど。でも大きな仕事のないときでも、事務さんの手伝いをしたりしてさ、自分から進んで仕事を抱えにいくところはある。その辺は、君の方がよく知ってるんじゃないの?」
最初に事務所を訪れたとき、広海は俺のことを、「同じ地元出身の後輩」と紹介した。親しい間柄のように聞こえるけれども、実際は、年齢が離れているから俺は広海のことを何も知らない。
「俺が知ってるのは、村にいた頃だけっすよ。それも人伝てだし」
飯野も年齢差に思い当たったのか、それもそうか、と納得して、味噌汁を啜った。
「で、ロースクールだっけ?」
「あ、はい。入試のこととか、実際の勉強のこととか聞きたくて。一応、今通ってる大学の院に行く予定ではあるんですけど、風間さんの通ってた大学の院にも興味あって」
彼と話したいがゆえの口実だ。考え抜いていたので、飯野相手でもスラスラと出てきた。
これも知らないのか、とぶつぶつ口の中で言いながら、飯野は広海について教えてくれた。
「あのね、あいつ、予備試験に学部生で受かってるの」
「
……
は?」
司法試験の受験資格を得るルートはふたつある。
ひとつは俺が進もうとしている法科大学院で学ぶこと。法学部卒だと二年、それ以外だと三年通うことになる。
もうひとつは、予備試験に合格すること。これは学歴関係なく、とにかく受験して受かれば、誰にでも司法試験に挑戦する権利が与えられるのだが、当然難関である。法学部生だからこそ、その凄さがわかるというもの。
「頭がいいっていうのは聞いてたんですけど、まさかそこまでとは
……
」
溜息をつく。あの田舎の村に生まれたことが間違いであり、彼の不運であったということをつくづく感じる。東京に生まれ育っていれば、彼は躓くことなく、エリート街道を邁進することができただろう。地主一族が幅を利かせている旧態依然とした村で、あんなひどい男とも出会わずに。
彼の性的志向がどうなっているのか、確かめたことはない。もし生まれながらのゲイだとしても、あの村にいるよりは、周囲の対応もマシだったに違いない。
――
俺の人生とも、一ミリも重ならないのか。
広海の立場になってみれば、俺と出会わない方がいい。太一がどこでどう絡んでくることか。もしも時を遡ることができたのなら、俺たちと出会わない人生を彼が歩んでくれることを願う。
どんなifを重ねたって、広海が太一の性奴隷であった事実も、太一が死んだことも変えられない。
それでもなお、「ありえたかもぢtrんし過去」に想いを馳せてしまうのは、仕方がないだろう。
「要領がよければ、もっとラクに稼げる仕事をいくらでもできる奴なんだけどな」
「あ~。債務整理とか? 流行りですもんね」
ワタナベ法律事務所は、少数精鋭だ。民事も刑事もやるが、広海が扱うのは、主に家庭問題
――
離婚、親権、DVエトセトラ
――
であった。どちらかが加害者でもう一方が被害者、と単純に二項対立にすることのできない、難しい問題である。
毎日昼休みもまともに取れず、仕事に励まなければならないほど追い立てられている広海の姿を思うと、胸が痛い。
数日前の電話の「厄介な案件」というのも、きっと離婚に応じてくれないだとか、そういう相談事だったのだろう。
飯野は箸を止めた俺の皿に、唐揚げを一個くれた。
「ま、気遣ってやってくれよ。これは前払いな」
「そんなこと言って、胃もたれしてるだけでしょう? 飯野さん、胃腸年齢お爺ちゃんなんだから」
わはは、と豪快に笑った飯野に釣られて、俺も声を上げた。
まさか笑い話が、本当に前払いの報酬になるとは、この時点では俺たちはどちらも予想していなかった。
「風間くん。残念ですが、所長ストップです」
珍しく、午後からずっと所長が事務所内にいた。彼は広海を呼びつけたと思ったら、重々しい口調で告げた。
は、の形で固まった広海は、ギギギ、と音がしそうな様子で、事務所の中の全員と顔を見合わせようとした。もちろん、俺のことも見る。目が合うと、皆が示し合わせたように首を横に振った。
文字通り、馬車馬のごとく働いている。自主的にタイムカードを切ってから、給料の出ない残業をしている。昼の休憩もまともに取らない。
雇用者からしたら、うちの会社を勝手にブラックにしないでくれよ、というもの。ワーカホリックが極まっているここ最近のことを、所長に告げ口したのは誰なのかと、彼は犯人探しをしようと言うのだ。
無論、誰も何も言っていない。広海はいい大人だ。子どもじゃないのだから、自分で休息を決めることができる。
「そんなひどい顔をしていたら、一目瞭然です。今日はもう、帰りなさい」
「しかし」
広海はまだ納得がいかないらしい。土気色の顔に、目の下の隈が濃い。福利厚生で設置されているオフィス用のおやつを補充しに来た顔見知りのおばさんに、「ねぇ。あの先生、せっかくの男前が台無しじゃない?」と、こっそり耳打ちをされたほどであった。まぁ、ああいう生気のなさそうなのが好きって子もいるけどねえ、私はやっぱり、ガッチリした人の方がタイプだわ~、と、そこまで聞いていないことまで言い置いていった。
毎日顔を合わせるわけではない外の人間がそうなのである。いわんや身内をや。
仕事の中身を手伝うことのできない俺は、昼飯をテイクアウトで買ってきたり、残業をしないようにと目を光らせたりしかできなかったが、飯野や所長は、できる限り仕事を肩代わりしようと持ち掛けている様子だった。
けれど、広海は頑固者である。
『自分が引き受けた仕事ですから、最後までやります。それに飯野先輩も所長も、いっぱい抱えていらっしゃるじゃないですか』
と、譲らなかった結果がこれだ。
「別に、心配されるようなことはありません」
所長ストップがかかっても、頑として仕事をすると主張し続ける広海の声が、いつもより大きくなる。少なくとも事務所内では物静かな彼は、突然大声を出しただけで、眩暈がしたらしく、手近なデスクに手をついていた。
「それでどうやって、仕事をするというんだい」
呆れた口調の所長に、広海は唇を噛んだ。
「所長命令です。風間くんはこれから帰って、明日も一日休んでください。アポはどうなっていますか?
……
うん。飯野くん、これ、連絡をして別日に振り替えて。急ぎであれば、僕が対応しよう」
「はい」
飯野だけじゃなく、パラリーガルや事務員にも仕事をてきぱきと割り振っていった所長は、最後に俺に声をかけた。
「山波くんには、一番の仕事を頼むよ」
飯野は「こないだのからあげ分な」と、手早くまとめた広海の鞄を、俺に寄越した。
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