レゾン・デートル|CASE. 01 緋色の邂逅

曰く、人は彼女を天才と呼ぶ。

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学術研究都市〈いとしま医学特区〉を舞台に描く、現代ドラマ×オカルティックサスペンス! 厚生労働省の〈螺旋捜査官〉市ノ瀬咲良は、ある任務のために学術研究都市〈いとしま医学特区〉へ赴く。彼に与えられた任務はとある人物の監視だった。
その人物の名は──四宮椿。ある一方では〈医学における万能の天才〉と呼ばれ、またある一方では〈忌まわしき名探偵〉と呼ばれる彼女と共に、咲良は殺人事件へ挑むこととなり──? いとしま医学特区の港湾部にて、逆さ吊り状態で発見された遺体。科学で解けない殺人事件、二人の邂逅が導く真実とは?(CASE FILE.01)

※同人誌版の原稿をそのまま移植しているため、改行が少なく横書きでは読みづらいと思います。縦読みリーダー表示をお勧めします。

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 3

 結局東医の四宮研究室に戻るころにはすっかり暗くなっていた。四宮は適当にカロリーメイトを齧ってからその煙草の吸い殻と灰を分析し始める。俺は給湯室に置かれた古い金属製のやかんで湯を沸かし、インスタントコーヒーを二人分淹れた。
 四宮は俺から奪い取った煙草と、吸い殻の成分をHPLC高速液体クロマトグラフィーにかける。
「咲良、これをどこで買った?」
「地下鉄の北口にあるファミマ。医学特区駅の」俺は素直に答える。「この銘柄なら別のコンビニにもあるやろ。そんな珍しいもんでもない」
「いや。医学特区はその性質上流通させられる煙草と酒類に厳しい規制が掛かっている。玄関口である地下鉄とモノレールの駅にあるファミリーマートにだけ重めの煙草が売られているんだ。特区外から煙草や酒類の持ち込みが禁止されているのは知っているだろう?」
「そういや、空港の手荷物検査みたいなんあったな」
 俺はつくば医学特区に初めて行った日のことを思い出す。羽田空港の保安検査場とそっくりな保安検査場が設置されており、そこで煙草を没収されたのだ。
「この煙草を規則的に買う人物を絞り込む。その作業と並行して中洲のぼったくりホストクラブに、被害者が出入りしていないかもな」
 四宮はそう言って分析結果をその辺に置かれていた適当な裏紙に書き付けた。
「絞り込むったって……どうするんや」
「あまり褒められたやり方ではないが、正攻法では第二の殺人が防げないかもしれない」
 四宮はそう言ってチラリとラプラスの方を見た。
「待て。今第二の殺人っつったか? 何で第二の殺人が起きるっち分かる」
 俺は大型のPCモニターをラプラスに接続し始めた、四宮の背中に問いかける。確かに坂木柊作が殺害され、そこにタロットカードなんて意味深な物が落ちていたなら、〈第二の犯行〉が起きる可能性を検討するのは分からなくもない。しかし、確信を持ってそんな事が言える理由がわからない。
「遺体の近くに煙草の灰が落ちていた。それと二種類の靴跡があった。片方は革靴、二十九センチのもの。もう片方はスニーカーで二十七センチから二十七・五センチだった」
 モニターに[accept]の文字が浮かんでいる。待機モードになっているらしい。俺は椅子から立ち上がって四宮の方へ近づいた。
「革靴の跡が一箇所に、かつ明瞭に残っていた事を考えると、長時間そこに立っていたと考えるべきだ。それに煙草の灰が落ちていたからな」
 椿はHPLCの結果用紙を眺めながら続ける。
「その灰が、さっきお前が車で吸っていた銘柄と同じ〈Firenze〉これと一致している。少なくともあの場には被害者以外に二人の人間がいた。そして革靴の人間は煙草の火を踏んで消し、二人で立ち去った。だがあの二種類の靴跡も煙草の灰も新しかった。つまり警察よりも遺体を先に発見した、或いは殺害に関与した可能性が高い」
 四宮が引っ張ってきたキーボードで何かコマンドを打ち込む。健気なラプラスは、四宮の指示に忠実に従って複数の画像を表示した。一見すると防犯カメラ画像のようである。もう分かった。こいつは医学特区内部の防犯カメラをハックして、このモニターに表示させているのだ。俺は四宮の行動に慣れ始めていた。
「地下鉄とモノレールの特区駅、革靴二十九センチ、喫煙者」
 四宮はその条件を入力する。直後画面に表示されていた画像が消え、五日前の日付と共に男性の写真が大量に示された。四宮はさらに煙草の銘柄を追加する。該当したのは五件まで一気に絞り込まれた。
「先週の日曜日に特区駅のファミマで〈Firenze〉を購入した男がいる。あと昨日にも該当者……何だ、これは咲良か。ラプラス、螺旋捜査官の市ノ瀬咲良は全部除外だ」
 その声で該当件数が二件になった。ラプラスはその二人の全身図を表示した。
「片方は眼鏡をかけてる。結構レンズが分厚い。近眼か? スーツはそこまでの高級品じゃない。靴も合皮だ。指が長いな。ピアノをやっている可能性がある。こっちは随分羽振りが良さそうだぞ。牛皮の本革靴に時計はロレックス」
「見覚えがある気がする」
 俺は大写しにされた、不機嫌そうな顔の男を眺めた。細身ではあるが、体には無駄のない筋肉がついているのが分かった。鋭い目つきである。
「何だと?」
「ここに着任する直前、螺旋捜査部の本部に呼び出されてな。そん時に」
「お前の記憶が確かならばこの男は螺旋捜査部の上役という事になるな。だがコンビニの監視カメラに写っていたと言うことは、少なくとも五日前——被害者の死亡日時にはいとしまに滞在していたわけだ。ラプラス、この男を検索しろ。特区全域、中央管理区域のロビーもだ」
[loading]の文字が表示され、その文字の下にパーセンテージが徐々に数値を百へ近づけていく。[all_cleared]の文字が点灯した後、最新の監視カメラ画像が表示された。
「六分前だ。リーガロイヤルならすぐそこだな。高級フレンチ……会食か? たった六分前ならまだいるはず」四宮の声の直後画面が切り替わる。
「は、お、おい! おい椿! これ——
 ラプラスが表示したのは画像ではなく映像だった。信じ難い光景がそこにあった。先程俺たちが調べようとしていた男が背中をナイフで深々と刺され——倒れている。
 どうなっている? 何が起きた? それに——
「たった今の映像か!?」ラプラスは短く[yes]と表示した。「位置からして肺動脈をやっている可能性が高い。咲良!」
「言われんでも分かっとる!」俺はドクターズキットを四宮に投げ渡した。流石にそれは埃被ってなどいない。四宮はそれを受け取って、俺たちはすぐ側にある職員用駐車場へ走った。

諸注意
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