レゾン・デートル|CASE. 01 緋色の邂逅

曰く、人は彼女を天才と呼ぶ。

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学術研究都市〈いとしま医学特区〉を舞台に描く、現代ドラマ×オカルティックサスペンス! 厚生労働省の〈螺旋捜査官〉市ノ瀬咲良は、ある任務のために学術研究都市〈いとしま医学特区〉へ赴く。彼に与えられた任務はとある人物の監視だった。
その人物の名は──四宮椿。ある一方では〈医学における万能の天才〉と呼ばれ、またある一方では〈忌まわしき名探偵〉と呼ばれる彼女と共に、咲良は殺人事件へ挑むこととなり──? いとしま医学特区の港湾部にて、逆さ吊り状態で発見された遺体。科学で解けない殺人事件、二人の邂逅が導く真実とは?(CASE FILE.01)

※同人誌版の原稿をそのまま移植しているため、改行が少なく横書きでは読みづらいと思います。縦読みリーダー表示をお勧めします。

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 4
 ——翌日 東都医科大学附属病院 外科病棟 個別病室

 長岡真波は突然の来訪者にも困惑することなく、軽くリクライニングさせたベッドの上で本を読んでいた。東医の個別病室はそこまで広い作りになってはいないが、温かみのある色調で病院特有の冷たさを緩和している。
 俺は研修医時代、指導医の後ろについて、各階の病室を回診して回ったことを思い出す。その後何故かすぐに警視庁病院に出向させられたので、東医にいた時間は学生時代の方が長かったほどだが。
 椿は軽く彼女を診察し、「ふむ。術後経過は順調なようだ。流石は嘴馬、伊達に天才と呼ばれていないわけか」と独り言ちた。真波は不思議そうな顔で椿と俺を交互に見て、そっと体を起こし、声をかけた。
「あの……今日先生方が来るとは、聞いていないんですが……
「私たちは心臓外科の者じゃない。総合診療科の者だ」
「総合診療科、ですか? どうして」
 真波は不思議そうに問う。何の事前連絡もなくやってきた俺たちを不思議がるのは無理もない話だろう。
「お前の心臓は、妹である長岡真凛のものであると聞いている。詳細を聞いたところ腑に落ちない点がいくつかあったので質問をしたい。返答によっては精神的ダメージがあると判断し、心療内科への紹介も勧告する予定だ」
「え、ええと……その……」真波は困ったように俺へ視線を向けた。
「あ~……その、要は心療内科の受診が必要かどうかの面談を行います。長岡さんはこちらの質問に、思った通り回答してくれれば何の問題もありません」
「分かりました。でもどうして嘴馬先生、何も言ってくれなかったんだろ……
「あいつはこっちに連絡したら患者にも連絡したつもりになって何の報告もしていないことはざらにある。気にするな」
 椿が嘘八百を言っていることは流石に俺でもすぐわかった。いくらなんでも酷い言われようである。
 真波は開いたままの本に栞を挟み、ベッドに備え付けられているテーブルに置いた。文庫本は紺色の布でできたブックカバーに覆われている。栞の上についている紐が文庫本から飛び出していた。
「妹の心臓が自分に移植されたということはいつ知った?」
「つい最近です。お父さんとお母さんも同席して面談を……その時に、真凛の事を知りました」真波は布団をきつく握りしめた。
「今でも信じられない。真凛が、私の……心臓に……
 声が震えている。妹を喪ったという事実に心が追いついていないのだろう。だが俺はその声音に少しうすら寒いものを覚えていた。
「その面談を行ったのは嘴馬か?」
「いいえ。違います」真波はすぐに否定した。「嘴馬先生じゃなくて、もう一人……前崎まえざき先生という方です」
「前崎……あいつか。心臓外科三年目のシニアレジデント」
「よく分からないですけど、その人です。前崎先生は以前からよくしてくださっていました」
「よくしてくださっていた……とは?」椿は何か引っ掛かりを覚えたのか問いかけた。
「よく病室に来て、話を聞いてくださって……。妹の事とか、その、色々と」
 真波は軽く頬を赤らめた。椿はチベットスナギツネのような顔になって俺を肘で突いた。「職務規約違反疑いありだな」とぼやく。それは確かにそうやな。
「とにかく、前崎はお前とここでよく面会し、話をしたわけだな」
「はい」真波は少し照れながら返事をした。
「妹の趣味や交友関係について何か把握していることはあるか?」
「え……? そ、そうですね……。正直なところ、妹とはここ数年程仲が良くなかったので——でも、あまり良い人づきあいがあったとは思えません」
「以前は仲のいい姉妹だったのか? 何がきっかけで不仲になったんだ?」
 椿は思案を巡らせながら真波に問いかけた。
「あの、先生。この質問に一体どんな意味があるんでしょう」
「え、ええとですね。過去の記憶などを探ることで、どこに精神的苦痛の起点があるかを調べています」
 俺は滅茶苦茶な事を言っていた。そんなことがあるか。何とかなってくれという気持ちでいっぱいだった。同業者相手なら絶対に通じない。袋叩きにされてその辺に捨てられる。
「そうなんですね……。ううん……妹は、高校に入ったぐらいからかな、勉強にあまりついていけなくなっていました」
「高校はどこに通っていた?」
「私と同じ高校でした。その、国立大学とかにも行く子が多い所だったので、みんな割と勉強ができる子しかいないんです。妹は理数系が苦手で、それでいつも苦しんでいました」
 真波は思い出すように窓の方へ視線を遣った。今日は雲一つない快晴である。青い空が見えていた。
「私はよく勉強を教えてた……。でもあの子、できなくて……。最終的に私の方が匙を投げてしまったんです。どう教えたらいいか、わかんなくて」
「それで、妹さんは」俺は真波に問いかける。椿は話を黙って聞いていた。
「真凛は高校を休みがちになって、二年生の夏休み前に退学したんです。それから夜にフラフラ遊び歩くようになって、お酒とか、煙草とか……
「真凛の行き先に心当たりはあるか? 日中でも、夜でも構わんが」
「中洲の、歓楽街の入り口付近にあるコンカフェ……コンカフェってわかります?」
「ああ、酒類の提供をしないキャバクラのことだな」
 身も蓋もない言い方をするな。間違ってはいないのかもしれないが。真波の視線に気づいたのか、「無論全てが悪いとは言わないが、中には悪質な店舗もある」と付け加える。
……その、妹はコンカフェでバイトしてたみたいなんです。それで、そこで稼いだお金を誰かに渡してたみたいで」
「男か? 女か?」
「すみません、それは分からないです。あ、でも一回電話を盗み聞きしたことがあります。その会話の雰囲気だと……個人へ、というより……もっと何か、別の……別の、お店? みたいな……
「断片的でも覚えている内容があれば教えてくれ」
「う~ん……。その、それとは違うんですけど……〈シュウ〉っていう人とよく電話してました」
 真っ先に俺は坂木柊作の事が浮かんだ。ホストクラブの売掛金回収、女性を騙して貢がせる悪徳商法で金を集めていたという、あの港湾部で死んでいた男。
 やはり坂木柊作と長岡真凛には繋がりがあったのだろうか。中洲に行けば何かが分かるかもしれない。ほぼ黒の違法な店に行って情報提供をしろと言ったところで、はいそうですかと犯罪の領域に足を遠慮なく突っ込んでいる連中が、素直に吐くはずもないだろうが。
「そうか。ご協力ありがとう。今のところは、心療内科受診を勧めることはしない。が」
「は、はい」真波は少し緊張した面持ちで続きを待った。
「当院では診察・検査・手術などの医療行為以外で、医療従事者とみだりに接触することはハラスメント防止の観点から禁止されている。いいな」
「す……すみませんでした……
 真波は萎縮して小さくなっていた。椿はひとつため息を吐き出し、
「まあ別に退院してからなら〈交流〉してもいいんじゃないか。よく知らないが」
 と、言い残して俺を置き去りに、先に病室を出た。
 思い切り不貞腐れている。病院で見合いするな、と顔に書いてあった。別にそんな意図はないやろ。偶然出会っただけやろうが、ほっといてやれ。俺はそう思いながら早足で病室を離れる椿の背を追いかけた。

諸注意
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