レゾン・デートル|CASE. 01 緋色の邂逅

曰く、人は彼女を天才と呼ぶ。

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学術研究都市〈いとしま医学特区〉を舞台に描く、現代ドラマ×オカルティックサスペンス! 厚生労働省の〈螺旋捜査官〉市ノ瀬咲良は、ある任務のために学術研究都市〈いとしま医学特区〉へ赴く。彼に与えられた任務はとある人物の監視だった。
その人物の名は──四宮椿。ある一方では〈医学における万能の天才〉と呼ばれ、またある一方では〈忌まわしき名探偵〉と呼ばれる彼女と共に、咲良は殺人事件へ挑むこととなり──? いとしま医学特区の港湾部にて、逆さ吊り状態で発見された遺体。科学で解けない殺人事件、二人の邂逅が導く真実とは?(CASE FILE.01)

※同人誌版の原稿をそのまま移植しているため、改行が少なく横書きでは読みづらいと思います。縦読みリーダー表示をお勧めします。

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 ***
 ——博多駅 空港通り沿い
  複合ビル十三階 坂木民間警備㈱ オフィス


「警察がさっき来ましたよ。まさか柊作が……柊作が殺されたなんて。確かにろくでなし息子でしたが、そんなこと……
「〈ろくでなし息子〉ですか?」
 俺はその言葉に引っ掛かって問いかけた。警備会社の経営者であり、被害者・坂木柊作の父親である目の前の男——坂木勝巳さかきかつみは俺の言葉に「そうだ!」と声を荒げた。
「そう興奮するな。血圧が上がるぞ。肥ま……
「ちょっと黙っとれ」俺は慌てて四宮の口を思い切り塞いだ。「失礼しました……その。続きをどうぞ」
……大学は二回も留年するし、しょっちゅう中洲に飲みに出かけて朝帰りも日常茶飯事。いい加減にしないと叩き出すぞと脅しても、ちっともまともに勉強しようとかそういう気配を出さなかった。挙句の果てには付き合っていた女性を殴って事件を起こしたんです」
 勝巳は呆れたように、しかし一方で寂寥を孕んだ口調で言った。
「お前は息子に対して厳しく接していた訳か」
「そりゃあ無論ですよ。甘やかしていられますか。いや、でもね。高校一年の頃までは普通でした。別に悪さする訳でもなく、サッカー部に入ってましたし、どこにでもいるスポーツ高校生だったんです。でも高校二年の夏ごろから突然変わった。どうもガラの悪い連中とつるみ始めたんです」
「家庭内に問題を抱えていたのか?」四宮は両手の指を突き合わせて問いかけた。赤と青の瞳が爛々と好奇心に輝いている。
「夫婦間の意見の相違など、些細な事でも構わん。何かあれば教えろ」
「柊作は一人息子で、不妊治療の末に漸く授かった子だったんです。妻は柊作をずっと猫可愛がりしていました。私だって息子が可愛かった。だが彼女には、息子に対し愛ゆえに厳しくするという発想がないようで、私がどれだけ彼女に対して柊作への援助を止めるよう説得しても無駄でした」
「家を追い出したんですか?」俺は勝巳に問いかけた。
 勝巳は「一度留年した時にね」と疲れた顔で呟いた。
「私立大学の学費がばかにならないのはおわかりでしょう」
「概算して国立大学の二倍だな」
「ええ。中小企業の社長なんて、大して儲かりませんし……それに、融資の返済もある。はっきり言って留年なんてされちゃあ困る。だが何の効果もありませんでした。素行不良が悪化しただけです。しかも何か商売が上手くいったとかで、えらい羽振りが良くなっていたんです! 絶対に犯罪だと思いました。色々話を聞いていくと、どうもホストクラブがどうとかという話で……
 天井のシーリングファンが回転する音が響く。勝巳は悔しそうに一度言葉を切って膝の上で拳を固く握りしめていた。
 社長室はよくあるオフィスの執務室といった雰囲気の内装である。部屋の隅に置かれたシマトネリコの鉢植えが時折さらさらと音を立てて葉を揺らした。四宮は出されたコーヒーを一口飲んで、今度は坂木勝巳をつぶさに観察するフェーズに入ったらしい。顎に手を当てて、遺体となった坂木柊作を見ていた時のように勝巳を睨んでいる。
「ホストクラブの売掛金か」
「そう、それです! 女性を騙して貢がせて……みたいな。そんな話でした」
「四宮。それは——その。要するに」
「売春の斡旋。明らかに違法だな。最近反社がこの手のシノギに手を出し始めているとは聞いていたが。他に何か詳しく聞いているか?」
「そうですね……。最近は殆ど実家に戻っていませんでしたから……。ただ、二か月前ぐらいでしたか。一回帰ってきたんですよ」
「二か月前に?」四宮は器用に片方の眉毛を持ち上げた。
「ええ。〈もう俺はあいつらとは縁を切る!〉と叫んでいました。あまりにも様子がおかしいので流石に私も心配になって、柊作に何かできることが無いか聞いたんですよ」
「具体的にどのような回答が得られたんだ」
「柊作は取り合いませんでした。それから一切連絡もつかないし、どこに行ったのかも何をしているのかも分からないままで」
「そして、今日に至った訳か」
「はい……まさか、まさか……こ、こ、殺されているなんて!! あの時引き留めておくべきだった。どんな大喧嘩になろうが、意地でも行くなと言っておくんだった。わ、私が殺したようなものだ!!」
 勝巳はそう言って大粒の涙を流し始めた。冷ややかな視線で四宮は彼を見つめている。人の感情の機敏に疎いのか、それとも何かを見極めようとしているのか、俺には判別がつかない。だが後者であると思いたかった。
 俺は今までの情報を総合して少し考えてみる。四宮は坂木柊作の遺体から内臓がすべて抜き去られていたのは、内臓を出荷するためだと言った。そして坂木勝巳は柊作が何か違法な行為に手を染めて金を得ていた可能性を提示した。
 四宮は一体どこまで見えているのだろうか。四宮が提示した「違法な臓器移植を斡旋する他、臓器を売るために殺害した」という仮説はどんどん補強されている。俺は横で何か考え込んでいる彼女を横目に見遣った。得体の知れない何かが人の形をしているのではないかとさえ思ってしまう。
「一つ聞きたいことがある」
 四宮は左手の人差し指を立てて数字の一を示した。顔は険しいままで鉄板をぶち抜きそうな眼光だった。
「奥方は今どこだ? 彼女にも話が聞きたいのだが」
「家にいます。ただ、話が聞けるかどうかは……
「それもそうか。野々花に聞く方が早そうだな」
 四宮はぽつりと呟く。何か解消したい疑問があるようだが、ここでは情報が得られないと判断したのか手をひらひらと振った。
「それともう一つ。タロットカードには詳しいか?」
……占いとかで使う?」
 勝巳はあまりにも唐突過ぎる質問に目を点にしたまま聞き返す。
「そうだ」
「いや、まあ、存在は知ってますけど」
「奥方もか?」
「ええ、まあ……はい。そんな占いに凝っているような様子は特にありませんでしたよ。そりゃあ朝の情報番組に星座占いとかあるじゃないですか。ああいうのはちょっと、気にしていたかもしれませんが」
「そうか。情報提供感謝する。行くぞ市ノ瀬」
「あ? お、おう」
 俺は慌てて四宮の背を追う。エレベーターで地下駐車場に降りる間も、降りてからもずっと黙ったまま何かを考え込んでいる。
 一体どういう質問やったんやと思いながら俺は公用車のドアロックを解除して運転席へ乗り込んだ。四宮はシートベルトを律義に締めてから口を開く。
「最初の現場にタロットカードが落ちていた」四宮はマジシャンのような手つきでジップロックに入ったカードを俺に見せた。「〈吊るされた男〉、しかもご丁寧に逆位置でな」
「カードの向きに正誤があるんか?」
 西洋魔術には疎い。俺は脳裏で「そんなことも知らないの?」と言っている瀬川の顔を思い出し、勝手に嫌な気分になった。
「タロットカードは正位置と逆位置で意味が異なる。〈吊るされた男〉の正位置は試練が幸せに至る道であるという意味を持っている。だが逆位置のこれは意味がまるで変わる。苦労は実ることなく、全てが無駄に終わる。自己否定といった意味も含まれる。だが〈吊るされた男〉そのものの意味は、私利私欲を捨てて他者のために尽くす精神の暗示だ」
「あ~……待てよ。つまり、カードが犯人の残したメッセージかもしれん、っつうことか」
「その通りだ。だが状況から考えてもこのカードと殺人事件に明確な関係性があると断言するのは時期尚早すぎる。坂木勝巳から何か情報が得られたらと思ったが、あの感じだと何も知らなそうだ。先に野々花から情報を得るとするか」
 そう言って素早く四宮はスマートフォンを操作して秋津に電話をかけ、繋がった瞬間にスピーカーに切り替えた。
「坂木柊作が、犯罪を働いていた可能性がある」
「何ですって!?」秋津は素っ頓狂な声を上げた。「どうやってそんなこと喋らせたのよ」
「別に何も特別な事をしたわけではない。只の世間話だ。どうせお前たちはお得意の〈昨晩何時ごろどこにいましたか?〉〈そのアリバイを証明できる人は?〉形式の質問ばかりしたのだろう? あからさまに疑ってかかると人間というのは心を閉ざすものだ。当たり障りのない会話から距離を詰めるのは合コンでも推奨される常套手段だぞ」
「合コンの話はしないで。撃沈したこと思い出すから」
「まあいい。で、違法な臓器移植を斡旋している業者は見つけたか?」
「マル暴の要監視リストにいくつか載ってた。後で送るわ。それより椿、あの現場に落ちてたタロットカードの謎は解明できたわけ?」
「これから中洲に行こうと思う」
 もう既に時刻としては夕方に差し掛かろうという時間だ。これから中洲に向かうとなると相当混んでいる市街地を走らねばならず、どう考えても渋滞にハマるのは日の目を見るより明らかな事だった。
「え? 中洲? 何で? 椿ッ」
 四宮は容赦なく通話を終わらせた。本気で中洲へ向かう気のようだ。今日はオールナイトで調査する気なのかもしれない。絶望しながら思案に耽っている四宮を見た。
「問題は既にこの世にいない、反社に消されたと考えられる若者に関して、彼らが何か喋るかどうかだな」
「反社の息がかかった店を調べるのはリスクが高すぎる。手に負えんぞ」
 俺は煙草を胸ポケットから取り出して口に咥え、安物のライターで火を点けた。もう煙草吸わんとやっとられん。車内に匂い残したら怒られるかな、とか今はもうどうでもよかった。
「秋津さんに全部話して代わりに調べてもらえばいいやねえか。しくじって……コンクリートに詰められて、博多湾に沈められたら洒落にならん」
「おや。市ノ瀬」
「あ? 何かちゃ」
 四宮は助手席からこちらに整った顔を俺の方に寄せて煙草を奪った。じっと煙草の先にある、今にも落下しそうな煙草の灰を凝視していた。
「おい、火傷するぞ」
 四宮は俺の唇へ煙草を戻して言った。「成程——、戻るぞ」


諸注意
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