レゾン・デートル|CASE. 01 緋色の邂逅

曰く、人は彼女を天才と呼ぶ。

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学術研究都市〈いとしま医学特区〉を舞台に描く、現代ドラマ×オカルティックサスペンス! 厚生労働省の〈螺旋捜査官〉市ノ瀬咲良は、ある任務のために学術研究都市〈いとしま医学特区〉へ赴く。彼に与えられた任務はとある人物の監視だった。
その人物の名は──四宮椿。ある一方では〈医学における万能の天才〉と呼ばれ、またある一方では〈忌まわしき名探偵〉と呼ばれる彼女と共に、咲良は殺人事件へ挑むこととなり──? いとしま医学特区の港湾部にて、逆さ吊り状態で発見された遺体。科学で解けない殺人事件、二人の邂逅が導く真実とは?(CASE FILE.01)

※同人誌版の原稿をそのまま移植しているため、改行が少なく横書きでは読みづらいと思います。縦読みリーダー表示をお勧めします。

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 5
 ——翌日 東都医科大学 四宮研究室

 呼び出しに快く応じたその男は、以前と同じ椅子に腰掛けて俺たちを見ていた。応接スペースには妙な沈黙と背中に刃物を当てられているような感覚が充満しており、俺は思わず口腔内を湿らせようと緑茶を啜った。
「ご足労に感謝する。菊武は快方に向かっているそうだ。嘴馬の見立てに間違いはない」
「そうですか。それは良かった……
 ほっと胸を撫で下ろすのは、陰陽庁の副長官である瀬川迅一だった。
「彼を失うのは惜しい事です。本当に無事で良かったですよ」
 どこかその声はしらじらしい。芝居がかっているのはいつものことだろうが。
「そうだな。〈無事に留めておく技術〉の賜物だ」
「ええ。医学特区の先端技術に感謝しなければいけませんね」
 瀬川はそう言って一口、緑茶を飲んだ。椿はその様子をじっと見ている。まるで何かを見極めようとしているかのように。
「坂木柊作の件だが、犯人が分かったので教えてやろうと思ってな」
「では俺から螺旋捜査部に伝えましょう。……というか、四宮先生。あなた、勝手に調査したんですか? 咲良はどうしたんです」
「安心しろ。咲良も共犯だ」
……まあ、わかりました。それは黙っておきます」
「そうだな。まず、この事件は単独犯によって引き起こされた。だがその背後には組織的な思惑がある。例えば、二つの組織をまとめて捕まえる、とか」
「捕まえる? どういう事かちゃ、椿」
 俺は訳が分からず問いかけた。瀬川は相変わらず緩やかな微笑みを浮かべ、一人掛けソファに深く腰掛けている。
「そもそも最初からこの事件はおかしかった。わざわざあんな風に〈見つけてください〉と言わんばかりの猟奇的な死体、そして抜かれた臓器、意味ありげなタロットカード。どれも意味や関連性を見出させるためのものだ。まず犯人は長岡真凜を殺害した。彼女は頭部の損傷以外目立った外傷が無かったらしい。そして事故だったと周辺には風聴されている。事故に見せかけて殺害された? いや、そこまで手の込んだ処理はしていまい。ならば——後から記録ごと事件が改竄された可能性が高い。
 実際に二ヶ月前、長岡真波の心臓移植手術が行われた日に、人と車が接触する交通事故が発生している。その被害者として真凜は東医に搬送され、レシピエントとして医学管理を受けた。そしてその心臓は長岡真波へ移植される。不運にも事故で死んだ妹の心臓が、姉を病から救った……なんて偶然だろうな」
 椿は軽く瀬川を睨む。
「真波を助けるよう仕向けたのには理由がある。実際はどちらでも良かったのだろうが……彼女らは啓成会に資金を拠出している反社と繋がりがあった。つまり、生かして泳がせれば啓成会ごと叩ける可能性がある」
「ですが、その事と坂木、ひいては菊武と何の関係があるんです?」
「まあ話は最後まで聞け。この長岡真凜殺害に関与したのが、坂木柊作なんだ。坂木は二ヶ月前、知ってはならない真実を知り、自分が勤めていたホストクラブを辞めた。だが反社の息のかかった店をそう簡単に辞められるはずがない。坂木は辞める代わりに、敵対する啓成会系組織、即ち長岡組の何者かを殺害するよう命令された。そして以前勤めていた店で知り合った、長岡真凜に目をつけた」
 血も涙もない鬼畜の所業だ。人の命をなんだと思っている? 殺しても逃げられず、結局坂木も死んでいる。俺は思わず左手を握り込んだ。
「そしてその現場に居合わせたのが、この事件のもう一人の犯人だ」
 椿はそう言って、瀬川を見据える。瀬川の瞳はどこか陰りを見せ、身体の奥で燻る怒りを必死に押さえつけているように思えた。
「お前たちは恐らく、全ての繋がりを疑っていたはずだ。東医内部の殺人者、それを秘匿した存在、臓器移植の違法な斡旋、そして反社会勢力。そこで坂木に取引を持ち掛けた。事故として処理してやる代わりに、もう一つの組織、即ち啓成会へ潜入して黒い情報を寄越せ、とな。情報が手に入った後、用済みになった坂木は殺す。ヤクザたちから暴行された形跡をつけ、その後解体しあの廃倉庫に吊るした。そしてそこにタロットカードを置いておけば、立派な連続殺人事件の完成だ。あとは私が食いつくのを待つだけ」
 瀬川は驚きを隠せないのか、それとも恐怖を感じているのか、小刻みに眼振しながら俺たちを見ていた。
「そして最後に、菊武幹春は第三者に刺された訳ではない。お前に刺されたんだよ、瀬川迅一」
 初めて、瀬川が反応を見せる。ぴくりと目元が震え、椿はそれを見逃さずに畳みかけた。
「これはある真実を引き摺り出すという意図のもとに引き起こされた犯罪だ」
 瀬川は黙ったまま何も言わなかった。俺は不気味な沈黙に手を固く握る。その顔に浮かんでいるはずのいつもの貼り付けたような笑顔が抜け落ち、柘榴色の瞳の奥には強い怒りと憎悪が燻っている。
「そしてなぜだれもそれを目撃しなかったのか……これは実に単純だ。お前が魔術師だから。それで十分だろう」
 椿の声が響く。瀬川は一度視線を外し、

「貴方はやはりとんでもない女傑だ」
 そう言って残っていた緑茶を飲み干した。

「しかし証拠はありません。証拠がない以上、これはまだ仮説に過ぎない」
「消したんだろう? 秘匿魔術エライザで。お手のもののはずだ。それこそが菊武が刺された理由だろう」
「冗談でしょう。どうしてそんなことを?」
「お前はなぜ私たちがあれほど早くレストランにやって来れたのか、不思議に思わなかったのか」
「確かにそれは疑問です。ですが監視カメラをハッキングするなんてお手のものでは? 何せ電脳研究をなさってるんですから」
 瀬川の言葉に椿は吹き出した。くつくつと笑う彼女は一度笑いを噛み殺してから続ける。
「お前、私が本当にそんな研究をしていると思っているのか? 莫迦も休み休み言え。私が監視カメラをハッキングできる訳がないだろう」
 椿はくつくつ笑って、
「私がやったのは、この医学特区に住まう野鳥の脳に、遺伝する魔術式マギリアを組み込んだ事だけだ」
「は……?」
 瀬川の顔が歪む。俺も耳を疑った。
 遺伝する魔術式マギリア? 何だそれ。どういう意味だ? 聞いたことも見たこともない。そもそも魔術式を遺伝させるってどういうことや。全く意味がわからない。俺は困惑のままに首を横に振った。
「聞かされていないのか? 私はこの街の鳥類に、遺伝する魔術式を仕込み解き放った。鳥たちは勝手につがいを見つけて卵を産み、魔術式は親から子へ子から孫へと遺伝していく。百パーセントの確率でな。私が開発した電脳と呼ぶものは、その魔術式を統制する存在マギリア・ロゴスだ。つまり厳密には電脳ではない」
 椿は少し開いた窓の方を見る。一羽の茶色い小鳥が室内に入り、椿の左手に留まった。イエスズメだった。
「どこにでもいる普遍的な鳥だ。誰も鳥の目など気にしない。スズメがいるのは日常で、風景だから」
……まさか……視界共有? スズメやハト、カラス……この医学特区に住む全ての鳥類の視界を監視カメラの代わりにしているとでも?」
「その通りだ。何か問題があったか?」
 椿はそう言って左手をそっと窓の方へ向けた。スズメは一声鳴き、羽を広げて浮き上がった。窓の隙間から外へ出ていく。瀬川は声を荒げ、
「だ……だったら魔力の波長を感じ取れないはずはない。魔術式が仕込まれているのなら!」
「お前たちは生物が無意識に発する微弱な魔力まで感知できるのか? 細胞が放出するほんの僅かな分子、ニューロンがやり取りする微弱な電気信号レベルのものを?」
……そんな。あり得ない。そんな僅かな量で魔術式を回せる筈が」
「回せるとも。コドンで魔術式を書けばいいのだから、簡単さ。残念ながら方法は教えられない。企業秘密というものだ」
 椿は立ち上がって瀬川の方へ顔を寄せる。
「巨悪に挑もうとする姿勢は素晴らしい。が、喧嘩を売る相手は選んだ方がいい」
 瀬川は顔を激しく歪め、椿を睨みつける。
「ここは医学特区、海底に眠る神秘を徹底的に秘するために作り出された科学の人工島。陰陽庁で荷が重いというのなら、この私をお勧めしよう」
……あの事件の真相にあと一歩まで近づいた。奪い返すチャンスはもう二度と巡って来ない。貴方ならばお分かりでは?」
「人殺しをしてまでそれが知りたいのか。あまりに度し難いな」
 椿は静かに呟く。瀬川は絞り出すように言った。
「関係ない。貴方がどう思おうと、私は……犯人を捕らえる。それだけです。あの事件の犯人はまだ生きている。のうのうと……あの日、手術室には弟がいた……いえ、すみません。それは今や関係のない話です。……あの事件で死んだ者たちは皆、裏で違法な臓器移植を斡旋していた……彼らの行いは許されるべきじゃない、関わった者全てを捕まえて、その全容を吐かせなければならないと誓ったんです。なのに、」
「十二年前、第四手術室で何があったのか。何故皆死んだのか。それは誰にも分からない。ただあの場には本来あるはずのない神秘の遺物があった、というのが、後から調査に入った螺旋捜査部の見解だ。しかしその一方で私は犯人を知っている」
 その言葉に瀬川ははっと目を見開いた。俺は困惑していた。もしも俺の思い込みが正しいならば、それは恐らく。
……!」
「十二年前、第四手術室の惨劇が起きた時——私はそこにいた。患者として」
「貴方ほどの方が全てを知りながら、今まで何もせず黙っていたと言うんですか? そちらの方が理解に苦しむ。貴女は」
「椿。お前は……
 俺は思わず彼女の右肩に手を置いた。振り払われるかと思ったがそんなことはない。彼女は何も言わずそっと俺の手に自分の手を重ねる。
 あたたかい。血の通った人間の体温だ。
「十二年前、私は患者として第四手術室の手術台に横たわっていた。だが意識を取り戻した時、私の視界には死に絶えた十一人の医療従事者の姿があった。
 そして私は血まみれだった。怪我はしていない。ではなぜ血まみれだったのか、もう言わなくても分かるだろう。
 私が〝何らかの方法で〟十一人を殺した。
 ——だから、私は特A禁忌案件に指定されている」

 瀬川は苦しそうな表情で項垂れ、片手で顔を覆った。
 苦悩は理解に値する。しかしその答えを得るために、この男と菊武幹春は他者を利用し、殺人を犯した。
 俺はもう何が何なのか分からず、隣にいる知恵の実の具現のような存在に、縋るような視線を向ける事しかできなかった。

諸注意
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