レゾン・デートル|CASE. 01 緋色の邂逅

曰く、人は彼女を天才と呼ぶ。

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学術研究都市〈いとしま医学特区〉を舞台に描く、現代ドラマ×オカルティックサスペンス! 厚生労働省の〈螺旋捜査官〉市ノ瀬咲良は、ある任務のために学術研究都市〈いとしま医学特区〉へ赴く。彼に与えられた任務はとある人物の監視だった。
その人物の名は──四宮椿。ある一方では〈医学における万能の天才〉と呼ばれ、またある一方では〈忌まわしき名探偵〉と呼ばれる彼女と共に、咲良は殺人事件へ挑むこととなり──? いとしま医学特区の港湾部にて、逆さ吊り状態で発見された遺体。科学で解けない殺人事件、二人の邂逅が導く真実とは?(CASE FILE.01)

※同人誌版の原稿をそのまま移植しているため、改行が少なく横書きでは読みづらいと思います。縦読みリーダー表示をお勧めします。

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 6
 ——後日 東都医科大学 四宮研究室

 坂木柊作殺害事件の真相に辿り着いたのち、有給休暇を取って一度心身を落ち着けようかとも考えたが、逆効果になることは自分の性格上よく理解していた。
 螺旋捜査部が動き回っている以上、この事件は完全に秘匿され、事件関係者の記憶も改竄される事だろう。実行犯であった瀬川迅一を含めて。国家陰陽師はなり手不足が深刻だ。前科一犯程度なら、その罪状が何であれ、再度組織へ組み込む。そういうことなのだろう。
 末端の俺たちにはどのような落としどころをつけるのか分かるはずもないが、瀬川が外事課へ異動させられ、降格処分を受けたという話を聞くに、螺旋捜査部の上層部もがらりと入れ替わる可能性がある。
 だが、一番上から〈四宮椿の監視を継続せよ〉との簡潔な命令がある以上は、この白くて黒い医療の神が祝福する人工島にいなければならない。そしてこの歩く大厄災であり、その頭脳に宇宙をも読み解く叡智が詰まった天才と共に歩まなければならない。
 そんな天才、四宮椿は——、暇そうに明らかに難しい知恵の輪をあっさりと解いてみせ、バラバラにして並べてもう一度元に戻す、という作業を彼此二時間ほど繰り返していた。
 一体何がしたいんかちゃ。俺はインスタントコーヒーを飲む。彼女の頭の中を除き見たら、きっと情報の洪水に押し流されて気絶する自信がある。
 室内は静寂に包まれていた。しかし時折鳥籠に入った小鳥が何かを訴えている。籠には水と粟、小鳥用のエサが置かれていた。この鳥は一体何なのだろうか。見覚えがあるような気もしたが、鮮やかなオレンジの色合いを見るかぎり、日本の鳥ではなさそうに見える。
魔術式マギリアはしっかり動いているようだ。問題ないな」椿はそう言って鳥籠を開け、鳥の足に金色の輪を装着した。「とりあえずここで保護する」
「この鳥は?」
「ジョウビタキだ」
 椿はそう言って、俺にスマホを投げ渡す。画面にはWikipediaが表示されていた。
「本来ならば越冬しに日本へやって来る鳥だ。だがどうも、中型の鳥に襲われて羽を損傷している。長くは飛べない。室内を数メートル飛ぶ程度ならば問題なさそうだがな。どう使うかは今後考えるとするか……
 丸い鳥籠は日当たりの良い場所に置かれた。小鳥は不満もなさそうに籠の中に置かれた止まり木に小さな足をしっかり乗せ、バランスを取って眠り始めた。
「咲良。先の事件に関して何か報告を受けたか?」
「特に何も。上からは〈四宮椿を引き続き見張れ〉とさ」
「素晴らしい。自在に使える駒が増えた」
「駒!? お、おま、お前ッ……!!」
 一瞬でも期待した俺が馬鹿だった。四宮椿という女に、仲間意識とか協調性とか、そういうものを求めてはいけないのである。
「誰が駒かちゃ!」
「市ノ瀬咲良と大河おおかわカレン」
「ハァ~~~~……」俺は思わず長くて深い溜息をつく。「つうか……そういえばもう一人の螺旋捜査官は。今日には戻るはずやろ」
「カレンならもうすぐそこまで来ている」
 椿の声とほぼ同時に勢いよく扉が開け放たれた。深紫のような黒髪に、猫っぽい顔。紺色のスーツを身に着けた女性が入り口に立っている。彼女の手には土産物の袋が沢山握られていた。〈羽田空港〉と印字された紙袋からは、何故か〈横浜赤レンガ〉と書かれたお菓子の箱が飛び出している。
「ただいま戻りましたァ~~! 椿! はいこれあげます。おいしいですよ~」
「そうか。ふむ……フロランタンのような菓子か。悪くないチョイスだ」
「ったくも~~何でこう毎回上から目線っすかねェ、素直にありがとうって言えばいいのに。そう思いません?」
 彼女は唐突に俺の方へ話を振った。
「え。あー、そうやな。……上から目線っつうか毎度毎度一言余計やし傲慢で不遜なんよな、こいつは」
「何だと!? 誰が傲慢で不遜だ! 言ってみろ」
「お前の事ちゃ、四宮先生」俺は椿を睨んでみる。「それより……
「あ、いけね。新しい子用のお土産忘れた。椿、どうしよう」
「別にいいだろう。大体なぜ毎度一番量の多いやつを買ってくるんだ。当分これがあるじゃないか」
「大は小を兼ねる、て言うじゃないですかァ。ところでお兄さんはどこの診療科の所属ですか? 一回も会った事ないですよねェ。あ、私は大河カレンです。この四宮椿を監視している螺旋捜査官。よろしくお願いしま~す」
 やはり彼女が大河カレンだったのか、と俺は差し出された手を握り返す。にぱー、と効果音のつきそうな気の抜けた笑顔を浮かべる大河。ウーパールーパーみたいな笑顔やな。
「俺は市ノ瀬咲良。……先週こいつの監視任務に就いて、ここに配属された。よろしく」
「ゔえ?」大河は突然潰れた蛙のような声を上げた。「市ノ瀬……咲良……? お兄さんが?」
「そうやけど」過去に何かしたか? それとも失礼なことを? と冷汗をかいていると、
「だ、だ、だまされたァ~~~~~~!!!!!! 女の子じゃない!!!!!! ぁあでもよかったァお土産買ってこなくて!!!!!! 危ねえ~~~~……てっきり花のように綺麗で愛らしい華奢な女性がここに配属されると思ってたんすよォ! だから手鏡とかがいいかな~♡とか考えてたんで忘れてて良かったァ!!!! いや~~すみませんすみません、四宮研を百合咲き誇る秘密の花園にする計画は頓挫しましたが、私がいない間椿の事ありがとうございましたァ」
「何だコイツ……
 何だコイツ。心の中だけで呟いたはずの言葉は口から駄々洩れだった。
「まあでも咲良さん、顔は大変整って美大夫でいらっしゃるので眼福眼福ですよォ。この際もう性別はいいです問いません~。改めてよろしくお願いしますねェ、さ~くらさん♡」
 大河は俺の肩をバシバシ叩いて勝手に手を取り、再び握手した。手をぶんぶん振られている。
 いやもう心の底から宜しくしたくねえ……と思ったが、椿の冷たい視線が〈カレンと仲良くしろ〉と言っている…………俺は白旗を上げた。
 本当にとんでもねえところに来てしまった。俺は今、自分の選択を死ぬほど呪っている。



────Next Case
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