レゾン・デートル|CASE. 01 緋色の邂逅

曰く、人は彼女を天才と呼ぶ。

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学術研究都市〈いとしま医学特区〉を舞台に描く、現代ドラマ×オカルティックサスペンス! 厚生労働省の〈螺旋捜査官〉市ノ瀬咲良は、ある任務のために学術研究都市〈いとしま医学特区〉へ赴く。彼に与えられた任務はとある人物の監視だった。
その人物の名は──四宮椿。ある一方では〈医学における万能の天才〉と呼ばれ、またある一方では〈忌まわしき名探偵〉と呼ばれる彼女と共に、咲良は殺人事件へ挑むこととなり──? いとしま医学特区の港湾部にて、逆さ吊り状態で発見された遺体。科学で解けない殺人事件、二人の邂逅が導く真実とは?(CASE FILE.01)

※同人誌版の原稿をそのまま移植しているため、改行が少なく横書きでは読みづらいと思います。縦読みリーダー表示をお勧めします。

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 2
 ——いとしま医学特区 港湾部 廃棄倉庫

 廃棄倉庫の内部には血生臭い匂いが充満しており、ネズミですら鼻をひん曲げて逃げ出すような光景が広がっていた。
 天井には巨大なクレーンが設置されている。残念ながらそのクレーンがぶら下げているのは、港から出荷する荷物ではなく人の死体である。だがよく見るとその死体には奇妙な点がいくつもあった。
 四宮は内部の凄惨な光景に一切怯むどころか、まるで雪に喜ぶ犬の如くその内部へ侵入する。鑑識と刑事が俺たちの存在に気づいてこちらを振り返り、濃いベージュ色のスーツを着た女性がこちらに近寄ってきた。
「椿! 待ってたわ!」
 待っていた、とは。本当に依頼を受けて臨場しているのかと驚く。彼女は俺を見上げて「螺旋捜査官の方ですね。ご苦労様です」と敬礼した。
「螺旋捜査官の市ノ瀬咲良です。先日いとしまに着任しました」
秋津野々花あきつののかと申します。医学特区所轄、捜査一課の刑事です」
 秋津はそう言って俺の方に右手を差し出した。俺も右手を、握手を交わす。ふと左を見ると隣にいたはずの四宮が消えている。俺はキョロキョロと周囲を見回した。彼女は現場の奥へ進んでいる。そして全く躊躇うことなく吊り下げられているその死体に近づき、惨殺死体を芸術鑑賞でもするかのように眺めていた。
「おい四宮。勝手にうろちょろすんな。秋津に指示を仰げや。仮にも法医なんやろうが」
「私はすでに野々花から呼びつけられた、あらゆる現場での調査を許可されている。市ノ瀬。無能なポンコツに代わってこの私が解決してやる。安心して見ていろ」
「誰がポンコツ刑事よ!?」
「事実を陳列しただけだ。そう怒るな」
 四宮は床に這いつくばって何かを見て、何かを拾ってジップロックに詰めてからそんな事を言った。
「軟禁生活は退屈で死にそうだった。その私を連れ出してくれたのはカレンであってお前では無い。野々花」
「い、いやそれは確かにそうだけど、私だって多少はあんたに貢献してるでしょ!」
 秋津は遺体の周りをぐるぐる歩いている四宮を追いかけながら、そんな事を言う。
 俺は一体何を見せられているのだろう。さっきから監禁だの電子錠破りだの随分物騒な単語が聞こえてくる。
 四宮に関しての情報は少ない。トップレベルで秘匿されているようで、末端には情報が降りてこないのだ。かなり偉いはずの俺の上司にさえ、重要情報が伏せられている。
「お前がやったのは、私を使って自分の業績を上げる、姑息な行為だけだ」
「うぐ」秋津は押し黙る。
「せいぜいお前は、私が謎を解き明かすさまを眺めていれば良い。そうすれば自動的にお前は甘い蜜を吸えるのだ。余計なことはするな」
 ひどい言われようだな、と思いながら、俺はブルーシートの上に下ろされたその遺体を見た。ここ数日間放置されていただけあって腐敗がすでに進行している。逆さ吊りにされていた影響か、眼球が眼窩からどろりと落下しそうになっていた。さらに奇妙なのは正中切開された腹部だ。厚みがなく、内臓が抜き取られているのがわかる。
 逆さ吊りにして内臓を抜くなんて常軌を逸している。一体誰が何のためにこんな事を? 俺は困惑のままそっとしゃがんで遺体を観察した。
「市ノ瀬。お前の見解を聞かせろ」遺体を挟んで向こう側から四宮が言った。いつの間にどこから取り出したのか青いニトリル手袋を着用している。
「見解を、と言われても……一般的に言える事しか言えんぞ」
「構わぬ。他者の見識から新たな可能性が浮かぶこともあるものだ」
 四宮はそう言って、己の顎に片手を当てがった。
……死因は撲殺だ。頭蓋が一部陥没しとる。頚椎も折れてるから相当強い力で、何かこう……金属バットみたいなものでぶん殴られた」
「続けろ」
「適当に腹を裂いてるような印象は受けない。解剖学の知識があると思う。腹腔の内部もかなり丁寧に処理してある。素人やとは思えん」
「他には?」
「他にって言われてもな。こんな所に吊り下げて放置しとくのは、不自然としか言いようがねえやろ」
「本当にそれだけか?」
 四宮は精緻に整った顔を顰め、俺に問いかけた。どうやら何か気に食わない事があるらしい。
 そんな事を言われても困る。警察病院にいたとはいっても死体の相手をしたことはない。俺は生きた人間を診ていた元外科医であって、法医ではないのだから。
「もっとよく観察しろ。疑問点はあと六個ある」
「ハァ? つうか何で俺にやらせる。俺やなくてお前の頭脳が頼られとるんやろ。自分でやれや」
……。多少期待した私が阿呆だった。もういい。黙って壁でも見つめていろ」
「何なんかちゃこいつ……
 検死しろと言ったり黙ってろと言ったり忙しない奴やな、と思いながら俺は再び遺体に向き直った。流石にあと六個と具体的な数字を出されると気になり始める。
 他に気になる点はあるか。俺は必死に目を凝らす。
「腹や太腿に集中して傷がある」俺は漸くその回答を捻り出した。四宮は俺の言葉なんぞ無視して何かジップロックに入れられたカードのようなものを凝視していた。
「吊るされた男。逆位置……
「四宮。お前さっきから何言って」
「まだ死体が増えそうだな。これは厄介だぞ」四宮は挑発的に微笑んだ。死体が増えそうなんて不謹慎極まりない事で笑うな。俺は思わず「お前な」と口を挟んだ。
「何だ」
「人が一人死んでんだ。いくら何でも不謹慎だと思わねえのかよ」
「不謹慎が何だ。この事件がただの殺人事件ではない事ぐらいお前の鳥頭でも容易に分かるだろう」
「誰が鳥頭や!」
「お前の事だよ。市ノ瀬咲良。確かにお前は良い目を持っている。だがそれを上手く使えないようでは宝の持ち腐れというものだ」
 四宮は俺の方へつかつかと歩み寄り、俺の黒いネクタイを思いっきり掴んだ。
「お前の言う通りこの男の直接死因は頭部を殴打された事による頚椎損傷と脳挫傷だ。しかしそれだけでは足りん」
「足りん、ったって……!」俺は慌てて顔をそむける。何分整った容姿なので、至近距離で詰められると圧が凄まじい。
「この男の腕には、細いトラロープのような硬い材質の縄で縛られた形跡がある。加えて腹部や大腿部、背部に集中して殴打され、熱した金属棒のようなものを押し付けられた形跡があった。つまりこの男は殺される前に暴力を振るわれていたんだ。そして金属棒で頭を一撃殴られて死亡していること、鼻の骨折、口周辺が爛れていることから推察するに、何らかの薬品を使って眠らされた後うつ伏せのまま殴られた。とても用意周到な犯行なんだ。ではお前にとって最大の疑問である〈何故内臓を抜いたか?〉この答えをやろう」
 四宮はネクタイから手を離し、嘲るように口角をつり上げる。
「出荷するんだよ。この男は臓器移植のために売り捌かれた。そういう筋書きを、犯人は作ったのだ」
 四宮は深く息を吸い、吐き出した。俺は呆気に取られて口を半開きにしたまま固まった。
「野々花」
「さ、サー、イエッサー!」
「聞いていたな。違法な臓器移植で金儲けしている犯罪者集団をリストアップしてメールしろ。まずは盤面に乗ってやらねば、話にならない」
「わ、わかりましたー!」秋津は完全に椿の放つ剣呑な空気に飲み込まれておかしくなってしまったのか、「では私は先に戻ります! あとは鑑識にお任せあれー!」そう叫んで規制線の外に出る。
 パトカーが赤色灯を回しながら轟音を立てて走り去っていく。俺は遠ざかるパトカーをぼんやり眺めながら、とんでもない選択をしてしまったと後悔し始めていた。
 四宮椿。少なくとも彼女は本物のギフテッドであり、卓越した頭脳で難事件を解決しているというのは間違いないだろう。ただ彼女には多くの秘密があり、今の俺には窺い知る事など到底不可能な、深淵を覗いている気分にさせられる、が。
「なあ。四宮。何でお前当然のように助手席に座ってんだ?」
「東医へ行くぞ。私の研究室だ」
「いや、あのな! もう一人おるんやろ。螺旋捜査官! 何で俺がわざわざ呼び出されて」
 俺はそう言いつつも、反抗が虚しく終わることは何となく察していたので、とりあえずエンジンをかける。内心は荒れ狂っていた。泣きたい気分だった。
「カレンは昨日から東京へ行っていて不在だ。来週の火曜まで戻らん。休日出勤手当は出るはずだがな」
「出たとしてもやろうが」
 俺は一気に三歳ぐらい老けた気がしていた。とにかく精神面での疲れが酷い。
「クソが、こんなの歩く大厄災やねえかちゃ」
「光栄だ。褒め言葉として受け取っておこう」
「誰も! 褒めて! ねえわ!!!!」

諸注意
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本作品はフィクションです。実在の団体・名称とは一切関係ありません。
一部猟奇的な表現や犯罪に関する表現がありますが、これを助長する意図は持ちません。

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