レゾン・デートル|CASE. 01 緋色の邂逅

曰く、人は彼女を天才と呼ぶ。

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学術研究都市〈いとしま医学特区〉を舞台に描く、現代ドラマ×オカルティックサスペンス! 厚生労働省の〈螺旋捜査官〉市ノ瀬咲良は、ある任務のために学術研究都市〈いとしま医学特区〉へ赴く。彼に与えられた任務はとある人物の監視だった。
その人物の名は──四宮椿。ある一方では〈医学における万能の天才〉と呼ばれ、またある一方では〈忌まわしき名探偵〉と呼ばれる彼女と共に、咲良は殺人事件へ挑むこととなり──? いとしま医学特区の港湾部にて、逆さ吊り状態で発見された遺体。科学で解けない殺人事件、二人の邂逅が導く真実とは?(CASE FILE.01)

※同人誌版の原稿をそのまま移植しているため、改行が少なく横書きでは読みづらいと思います。縦読みリーダー表示をお勧めします。

作者X 🦜 https://x.com/asunashoko
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 喧しい音を立てて車が止まり、俺と四宮は転がるようにしてホテルへ走る。フロントは俺たちに様子に慌てふためき、「ご予約は……」と恐る恐る言った。向こうで椿はエレベーターの上三角ボタンを押してエレベーターを呼んでいた。しっかり高層階専用を選んでいるあたり準備がいい。
 事態は一刻を争うこと、螺旋捜査官である旨を明かして上のレストランで大惨事が起きている事を伝える。フロントの女性は真っ青になって「すぐに救急車を」と言って番号をかけた。
「私は医者だ!」椿はそう叫んで漸く降りてきたエレベーターに乗り込んだ。
「早く来い咲良!」
 地上三十八階まで一気に昇れるはずの高速エレベーターが、異様に長く感じたのはこの時が初めてだった。どんどん上へ進む階層表示に焦れながら考える。
 俺は彼女の話から、現場にいた二人は坂木柊作を殺した犯人なのではないかと思っていた——、だが実際は違うのかもしれない。今回刺された男は確かに椿が言った足跡や煙草の灰に合致する人物だろう。ではこの事件が四宮の示した〈第二の殺人〉なのか? 俺は必死に考える。どうにも引っ掛かる。こんなにタイミングよく背中を刺された人間が現れて、しかも俺たちがそれを、非合法ではあるにせよ目撃する。そんなミラクルが果たして運良く、そんな偶然に起きるだろうか。
 この男は裏を掻き、自ら刺されたのではないか。俺はそんな事を考える。
 だがそうだとしたら何のために? 違法な臓器密売組織とやらの事はいまいち不明瞭、そもそも秋津からの更なる情報を待っている段階だ。
 四宮が導いた推理が全部間違っているとは思えない。俺がそう思いたいだけかもしれないが。
菊武きくたけ! しっかりしろ!」
 人が殆どいないレストランに駆け込む。内部には必死で止血を試みる若い男がいた。俺はその止血しようとしている男の顔を見て思わず顔を歪める。
 瀬川迅一。何でこんなところにおる。俺は思わず舌打ちした。
「う、ぐ……」瀬川に必死で止血されている男は痛みに苦しんでいるようで低く唸った。
「不幸中の幸いだな」
 菊武と呼ばれた男は震えながら頷いた。その場に救急隊が到着する。四宮は的確に状況を伝えて引き継ぎを命じた。俺たちも共に救急車で東医へ戻る。瀬川に公用車のキーを渡して東医へ来るよう頼んだのでそのうち来るだろう。
 うつ伏せでストレッチャーに寝られていた菊武は激しく喀血した。これほどの激しい喀血があるとなれば既に肺は血の海だ。余裕で助かるなんて適当な事抜かしやがって。無論患者のためを思った言葉なのはわかる。しかし刺さった肉用ナイフを見れば明らかに肺を傷つけ、複数の血管を損傷させている事は容易にわかる。
 気絶している彼を救急医らに引き継ぐ。青緑色のドクタースクラブを纏う救急医が軽く俺の肩を叩き、「あとは任せろ」頼り甲斐のある笑みを浮かべた。
「よろしくお願いします。……すみません」
 俺は唸るように声を絞り出す。今の俺では、この男を助けてやれない。医系技官であろうと、螺旋捜査官なんてままならない身の上では。
 ——何のために医師免許をとった?
 少なくとも螺旋捜査官なんて職に就くためではない。俺は唇を噛みながら手術室へ運び込まれていった菊武を見送った。
 
「不審だな」四宮は短く言った。
「テーブルの数と放置されていた料理を見る限り、ほぼ満員の客がいたはずだ。凶器にカトラリーが使われた事を考えても、刺した人物は事前に瀬川と菊武の会合について知っていた事になる。陰陽庁の副長官と、螺旋捜査部の上級役員の会合だぞ。トップシークレットにすべきことが洩れて……、いや……
「それは違います。四宮先生」
 こちらへ歩み寄り、俺に鍵を手渡してくる小柄な人影があった。瀬川迅一である。柘榴色の瞳と深い紺色の髪。妙な圧がある男だった。だが今日は少しばかり、その雰囲気が和らいでいる。疲れが翳っていた。
「あくまで私的な飲み会でした。特に政治的な意図はありません」
「どうだろうな。政治家というのは私的な会合で色々と権謀術数巡らす生き物なのだろう?」四宮はあからさまに疑いを掛けて言った。
……貴女がどうやってこの惨事を知ったのかは分かりませんが……兎も角、二人とも。彼を助けてくれてありがとう。おかげで、助かりました」
「搬送までの処置をしたのは咲良だ。私は確かにれっきとした医者だが、医療行為の制限を受けている身。もしあの場で処置したのが私だったら、お前たちは私を捕まえる羽目になる」
 運が良かったな、と四宮は謎の返事をした。
菊武幹春きくたけみきはるの容体は芳しくない。率直に言って、あと数分搬送が遅れていれば命が危うかった。如何にこの医学特区が卓越した医療の都市であるとはいえ、人の生死を左右する時間が短い事に代わりは無い」
 そう言って険しい顔つきになる。
「瀬川迅一といったな。菊武を刺した人物の顔を見たか?」
「実は、残念ながら見ていません」瀬川はそう言って悔しそうに顔を歪めた。「電話があって席を外しました。五、六分程度だったと思います。その後席に戻ると菊武が刺されていたんです」
「誰からの電話だ?」
「直属の部下です。ある事項についての……調査を命じていました。それに関する報告を受けました」
「その〈ある事項〉とは?」
 椿は畳みかけるように質問した。だが瀬川は「国家機密トップシークレットです」と笑顔で制する。四宮は分かりやすく不機嫌な顔になり、隠すこともなく舌打ちをかました。
「まあいい。とにかく席を外して戻ってきたら菊武が刺されていたわけか」
「ただ……個人的に引っ掛かることが」
「何だ? 些細な事でも言え」
「菊武が刺されて倒れていたテーブルからは全ての料理が引き上げられていました」
 瀬川は思い出すように顎に手を当てて続けた。
「俺が席を離れた時、まだテーブルにはケーキが乗った皿があったはずです。何の前触れもなく刺されたなら、そこに食器が全部残ったままになっているほうが自然だと思うのですが」
「瀬川さん……それは、つまり」
 俺は横から口を挟んだ。自分が一瞬でも考えた仮説が本当かもしれない。背中に冷たいナイフを当てられているような感覚があった。
「何者かと共謀してこの殺傷事件をでっち上げたと? でも何のために」
「とすれば、東医だろう」
 四宮は冷ややかに呟いた。東医? そのためにわざわざ刺されて死に目に遭うのか? 検査入院でもすればいい。高い人間ドックとかやりようは幾らでもあるだろうに。
「重要なのは殺さず、死の淵に立たせることにある。生死の間隙に放り込む方が、犯人には都合がいいのだ」
「どうして」瀬川は困惑に満ちたような顔で、俺と椿を交互に見た。
「東医には第一から第十四までの手術室があるが、一か所——第四手術室が今も使用禁止になっている。そこがとある未解決事件の現場だからだ」
「それと菊武さんが刺されたことにどう関係がある?」
「犯人がここにいるから、その話をするんだよ」

諸注意
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