「卒業式には碌なおぼえがないんだ」
三月半ばのその式の日を二学年のヒュンケルが「風邪気味」と称して欠席したから
卒業生であったラーハルトは光の速さで学び舎から帰宅して来てしまった。
「まいとし『お礼参り』で体育館に呼ばれてることの方ですよ、」
せんせい、と言われたのは、本当に熱が出て来たヒュンケルのベッド脇へと運んできた、客人と二人分の紅茶とシフォンケーキを盛大な音と共に寄木の床に飲ませてしまった、無駄に顔のいい「保護者」だった。躓く物など無かったし、何か衝撃的な言葉に打たれでもしたかのような、しかしそんな凶器になりそうな単語も無かった筈だが、とラーハルトはいっとき首を傾げたが、興味のあるもの以外には淡泊な彼だった。
「いくら何でもこの日にさっさと帰って来なくて良かったのに、女子にも呼ばれただろう」
「だからだ、妖怪ボタンむしりから逃げても恥にはならん」
言いつつ制服から外されたのは金色の第二ボタン。
「勝手に『心臓に一番近い所』のボタンだなんだ有難がられているらしいからな、そんな指輪みたいな謂れまであるなら」
お前に
……使って欲しいんだ
…
言われた相手は何か言い返そうとしたのをやめ、差し出されたその手ごと受け止めてコクンと頷いた
「おやおや、ヒュンケルあなた、コワモテに絡まれやすいのは『相変わらず』じゃないですか、すぐ制服だってボロボロにしちゃうでしょう?」男の子の喧嘩の瞬発力ったら信じられない!など言いつつ床掃除の〆でコロコロを掛けていた保護者が言う
「それはそうですね、じゃあ
―――皮紐を通してお守り代わりに胸に提げましょうか」
これでストラップを作る程器用でもないですし『今のここ』は空いていますからという台詞を最後まで聞き届けた様子はなく保護者とそのコロコロは勢いよく廊下に飛び出していきお財布をひっつかんでそのまま街の時計貴金属店まで行ってしまったらしい、
俺も「器用ではない」など言うラーハルトと二人してベッドの上ミサンガを編んでいれば夕方泣きそうな顔で帰ってきたその「先生」は。
「小中の時も俺に『卒業祝い』を持たせるのが怖かったそうだよ」とは不思議な笑みを浮かべたヒュンケルの言である。
●『卒業』
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