わたしの目の前に、天使がいる。真珠のように艶やかな肌、海と空を連想させる澄んだ瞳、怯えた表情をしつつ、わたしに少し興味があるようで、自分の主人の足にしがみつきつつも深く被ったフードから小さな顔を覗かせている。わたしは一目でその子に心を奪われてしまった。
「さぁセファリア、彼女にご挨拶を」
わたしの職場の上司であるアグライアさんが小さな天使の背中に手を添えた。美しい彼女と並ぶと、まるで芸術作品のようだ。小さな天使、セファリアと呼ばれた少女は、わたしが主人の客人と理解したのか先程までの怯え顔が消え、はにかむように笑った。
「如何ですか?この子を貴女に会わせたかったのです」
「っ~!か、可愛すぎます~!」
「
…貴女の笑みが見れて安心しました。心配していたのですよ」
やはりアグライアさんは部下のことをよく見ていると思った。唯一の肉親である母親の訃報が届いたのは、母が亡くなってから2日後のことだった。1人でわたしを産んでくれた母親は、子供に苦労はさせたくないとずっと働き詰めだった。でもそれは母の身体を着実に壊していたが、娘には心配をかけさせたくないと最期の時までわたしには何も連絡をせず、家で静かに息を引き取っていたそうだ。葬儀や手続きのあれこれが一段落し、職場では以前と変わらないよう振る舞っていたが、わたしのからげんきは、アグライアさんの目を誤魔化せなかったようだ。
「勝手な憶測ですが、貴女に必要なのは心の拠り所や支えだと思います。この子はその点、貴女に最適かと」
アグライアさん曰く、この少女は
“観用少女”というものらしい。人間のように見えるが、彼女達は生きる人形で、食事は1日3回の温かなミルクと週1回の砂糖菓子、そして自ら選んだ者の愛情を栄養として生きる美しい人形だという。一目見て心奪われたわたしの反応は間違いではなかったようだ。この子の笑顔は可愛らしく、魅力的で夢中になってしまいそうで
…。
「興味があれば、私がこの子と出逢った所を紹介しますよ。どうしますか?」
□□□□□□
「
…ここ
…で、合ってるよね
…?」
アグライアさんに教えてもらった住所が示す地図アプリと、目の前にあるアンティークなお店を交互に見比べた。この現代社会から切り離されたような古風なデザインのお店は、分かりやすい立地にありながらもその存在が隠されているような、不思議な雰囲気を纏っている。この表通りを何度か歩いたことがあるが、今までこのお店があることに気付かなかった。初めて入るお店は緊張するが、この場に留まっているのも不審者に思われてしまうだろう。意を決して、ドアノブに手を掛けたとき。
「あら?お客様かしら?」
後ろからいきなり声をかけられて小さな悲鳴が口から漏れた。振り返ると、わたしよりも身長が低い
…というよりもまだ顔にあどけなさを残した桃色の髪の少女がわたしの真後ろに立っていた。
「びっくりさせちゃった?ごめんなさいね。さぁ入ってちょうだい!」
少女に背中を押され、流されるままにお店の中に入り、椅子まで誘導されてしまった。少女に言われるがまま高級そうな椅子に腰を降ろすと、少女は紅茶の入ったティーカップを目の前のテーブルへと置いた。良い香りを放つそれに、先程まで緊張して強張っていた身体から少し力が抜けた気がした。
「ふふっ、落ち着いた?色々な人がここを訪ねてきたけど、お店の前であんなにそわそわしてる人は初めてだったわ。大丈夫、緊張しないで。ここはあなたを歓迎するわ」
少女はニコニコと話しかけてくる。その不思議な雰囲気は緊張や警戒心を解きほぐしていく。わたしの緊張が取れてきたことを察してくれたのか、少女は本題を問いかけてきた。
「ここが取り扱ってるものはご存じよね?この子達、
観用少女に気に入ってもらえないと、あなたにこの子達をお任せできないの。それは承知してくれてるかしら?」
わたしはこくこくと頷いた。お店を教えてもらうとき、アグライアさんから軽く説明を受けた。
少女に気に入ってもらえなければ、どんなに大金を叩いたとしても、この子達を手に入れることはできないと。わたしを気に入ってくれる、選んでくれる
少女がいなかったとしても、それは仕方のないことだと分かっているし、この心の傷はゆっくり時間をかけて治していけばいいと思っている。
「それじゃあ、ここにいる子達を好きに見てちょうだい。ロマンチックな出逢いがあるといいわね」
そう言うと少女は部屋の片隅にある小さな椅子に座り、分厚い本を読み始めた。ここからはわたしと
観用少女の世界であって、不必要な干渉はしないスタンスらしい。出してもらった紅茶を1口頂いてから立ち上がり、自分の運命を眠りながら待つ
少女達の顔を見た。改めて見ると、どの子も端正な顔立ちで本当に人形とは思えない程艶やかだ。椅子に座っている子、揺り篭に包まれている子
…飾られ方は様々だが、わたしが近付いても誰もその目を開かなかった。落胆はしなかった。覚悟はしていたし、自分がこの子達に選ばれるという狭き門をくぐれるとは思っていなかった。でも、せっかくならこの美しい人形を目に焼き付けてから帰ろう。そう思い、店にいる全ての人形の顔を見て回った。満足し、少女の元へ戻ろうとしたときに、ふと大きな怪獣のような人形が目についた。
観用少女を取り扱うお店にしては場違いな怪獣の人形が気になったが、その人形の横にも
観用少女が座っているのが見えた。わたしは吸い寄せられるようにその人形の前に向かい、しゃがみこむ。やわらかな青緑の髪に何故か左目が眼帯で隠されており、他の
少女よりも血色が少なく、青白い顔をしている。
バチッ
それは一瞬の出来事だった。閉じられていた瞳が開き、わたしを捉えた。不思議な目の色をした
観用少女に見つめられ、息が止まった。それは永遠のようにも感じられて、わたしはこの子から目が逸らせなかった。
「ふふ。ロマンチックな出逢いがあったのね」
現実に意識が戻される。少女が再びわたしの真後ろに立っていた。動けないわたしの横に、少女は同じようにしゃがみこんだ。
「この子は他の
観用少女と違って、
観用少年なの。それに、今までどのお客様にも反応したことがなかったのだけど
…この子もあなたも、お互いに選ばれたのね」
少女がにこりと、わたしと人形に笑いかけた。その後、契約書へのサインやら注意事項を聞いたと思うが、正直あまりよく覚えていない。気付けばわたしの住むアパートへ彼と共に帰ってきていた。アグライアさんの
観用少女のように、この子は微笑みかけてこないが、わたしに抱き付いたまま、じっと此方を観察するように見上げてくる。この子に選ばれたという実感が時間をかけてじわじわと湧いてきた。わたしは、わたしを選んでくれる
観用少年と出逢えたのだ。
「この子を育てないと
…!そうだ、目覚めたばかりだしお腹空いてるかな。それとも何かこの子の興味を引けるものがあったかも
…」
わたしは──
ミルクをあげる
大地獣の人形を見せる
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