ちこまる
2025-10-01 17:09:48
25205文字
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【げむ譲 零獄利き小説】





【テーマ】二日酔い


「おい、寝室行くぞ」
 オオサカからナゴヤまでの旅路の終わり。玄関のドアが開き、ようやく愛しい人の顔を見れたと思った直後の一言に、流石の俺もとっさに反応できなかった。
「え?獄ちゃんてば積極的、じゃん?」
 可愛い恋人がその気ならばと己を奮い立たせようとしたところ、ばしりと音を立てて頭を叩かれた。
「たあけが。具合悪いんだろ。ベッド貸してやるから大人しく寝てろ」
 そう言うと獄は俺の荷物を奪い取りさっさと部屋の奥へと歩き出す。
「おら!ぼおっとしてねぇでさっさと来い!」
「へっ?あ、はい」
 慌てて後を追った俺は、あれよあれよと言う間にベッドで布団に包まれてしまった。
「えっと獄ちゃん?」
 幼い子供のように肩まで掛けられた布団の下から見上げる獄の顔は、美しくて優しくて、なんかちょっと怖い。
「ったく。んな土みてえな顔色で遠出して来る奴があるか」
 発熱の有無を確認する為だろう。俺の額に手を当てた獄はほっと息を吐いた。
「よし、熱は無いみたいだな。んじゃとりあえず水と、楽な着替え持って来るから待ってろ」
 ほんの少し表情が和らいだ獄は俺の額に音を立ててキスをしてから部屋を出ていった。扉が閉まる直前。
「具合が悪ぃ時には、素直に恋人に甘えるもんだぜ」
 そう言った獄はそれはそれは男前で。
「えぇ。やだもう獄ちゃん格好良すぎる。おいちゃんをどうしたいの?あんなん見せられたら流石のおいちゃんも乙女になっちゃうって!」
 うまく取り繕っていたはずの体調不良を見抜かれた驚きと、いつものツンツンした態度とは全く違う優しさを見せられた衝撃。俺は布団を被りベッドの上を転がった。
「はあはあ。ナゴヤの坊主達見て分かってはいたが、獄ちゃん、甘やかすの上手過ぎる。これは教育に悪い」
 一体何の教育なのか、正直なところ俺自身にもよく分からない。だがとにかく獄の優しさに溺れてはいけないことを心に刻みつける。そう、あくまでも俺は好きな相手には尽くしたいタイプなのだ。
「よし!これでもう大丈夫。」
 気合を入れ直していると、獄の足音が近付いてくるのが聞こえた。恐らくこれから完璧な手厚い看護を提供されるはずだ。
「零さん、着替え持ってきたぞ。一人で着替えられるか?」
 ドアを開いてからの第一声がこれだ。予想通り、面倒見の良さ100%。甲斐甲斐しく世話を焼いてくる獄に胸が熱くなる。
(しかし昨日盧笙の家で飲み過ぎた二日酔いだっつったら獄ちゃん怒るかねえ?ま、バレなきゃ良いだけか。今日の甘やかし獄ちゃんなら大丈夫だろ)
 ほんの少しの不安をしまい込み、今は貴重な体験を満喫することを決める。再び布団に包まった俺の髪を撫でながら、獄は優しい声で問いかけてきた。
「零さん食欲はあるか?」
「いや、正直あんまねえな」
「気になる症状はどんなだ?」
「一番しんどいのは頭痛だなぁ。あとはちぃっと吐き気がある」
 獄の匂いがする柔らかな布団の中で、優しく頭を撫でられ続けていると眠気に似た浮遊感のようなものを感じる。
そうか。周囲に似た症状のやつはいるか?」
「いんや。あ〜、でもひょっとしたら簓や盧笙もおんなじ症状出てるかもしんねぇなぁ」
「昨日は白膠木達と一緒だったのか?」
「あぁ。盧笙の家でミーティングしてたなぁ」
 獄の指先に微かに力が入る。そのまま撫でられれば、頭皮のマッサージのようでますます思考がふわりとしていく。
「チーム仲が良くてなによりだ。で、何か腹に入れられそうか?そうだな、味噌汁とかどうだ?」
「ああぁ〜、いいねお味噌汁。しじみの味噌汁飲みてぇなぁ………あ」
 心地良い雲間から一気に現実へと飛び降りる。やらかした、と思った時にはもう遅い。先程までの慈愛に満ちた笑みから一転。閻魔様もビビりそうな冷たい目に変わった獄がすくりと立ち上がった。
「あ、あの獄ちゃん
「二日酔いかよこのクソ詐欺師。心配して損したわ」
「ごめ、ごめんよ。いや二日酔いっつってもそんな大したことないんだよ?」
 布団から飛び起きて獄に手を伸ばすが、獄は華麗なターンでそれを躱した。
「俺と会う前日に二日酔いになるほど深酒するたぁ良い度胸じゃねえか。それもタンデムツーリング行く予定の時にな」
 獄はクローゼットからライダースジャケットを取り出すと、まっすぐな足取りで寝室を出ていく。
「ちょ、獄ちゃん!どこ行くの?」
「ツーリング」
「待っておいちゃんもすぐに着替えるから」
「知らん。俺は一人で行く。てめえは勝手に帰れ」
 そう告げた獄はこちらを振り向くこともなく出ていった。残された俺は玄関の床にへたり込み頭を抱える。
 少しして響いてきた、聞き慣れたエンジン音に頭が痛む。
「酒、少し控えっかなぁ
 何時間後になるか。帰ってきた獄に許しを請う為の策を練る為に、二日酔いを完全に回復しなければならない。
 深呼吸をして、俺は必要な物を買いに出る準備を始めた。