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ちこまる
2025-10-01 17:09:48
25205文字
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【げむ譲 零獄利き小説】
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【テーマ】二日酔い
体が重く、マットレスをすり抜けて床下どころか地面の下まで沈んで行きそうな気がする。脳細胞も一切の労働を拒否する姿勢を見せている。だがそんな中で、俺はどうしても立ち上がらなければならないのだ。
「み
……
ず
…………
」
カラカラに渇いた喉と、パンパンに膨れた膀胱。飲水と排泄。上半身と下半身で真逆の方向への水分の移動がどうしても必要だった。
歯を食いしばり、なんとか体を起こす。次の瞬間、俺は驚異的な俊敏性で跳び、ゴミ箱を抱き締めた。
間髪入れずに体からゴミ箱へと流れる苦い滝に、ふと、ゲロと一緒にしょんべんの水分も出ちまえば楽なのにな、などと阿呆なことを考えてしまった。
胃の中のものを吐き切った俺はふらつきながら体を起こす。窓の外では爽やかな日差しの中を小さな鳥達が踊るように飛んでいく。その美しさと対照的に淀み、くすみ、浮腫んでいるであろう自分の顔を想像するだけで目眩がする。それでも非常事態を訴える膀胱の為に痛む頭を押さえて便所へと向かった。
どうにか成人としての尊厳を守った俺は冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをボトルのまま飲み干していく。よく冷えた水の刺激により引き起こされた、これまでと種類の違う頭痛に顔を顰めたところに部屋のチャイムが鳴った。
ごく普通のチャイムも今の俺にはヒプノシスママイクによる攻撃に匹敵する威力だ。モニターに映った人影を確認すると、俺は無言のままエントランスの解錠ボタンを押した。
数分後に我が家の玄関に現れたのは俺の『家族』であるガキどもだった。
「獄さん大丈夫っすか? 言われた物買ってきたっすよ」
「おうおう、酷えツラしてやがんな。こりゃ禁酒の修行したほうがいいんじゃねえか?」
「買い物ありがとうな
……
。んじゃ悪いが、今はお前らの相手をする気力がねえ。ピザでも何でも好きなもん頼んで食って帰れ。あぁ、配信で映画とかライブとか見てもいいぞ」
俺は万札二枚と交換に十四から胃薬とビタミン剤、スポーツドリンクが入った袋を受け取ると寝室へと戻る。これらを飲んでもう一眠りすればこの不快な症状もかなり改善するはずだ。リビングから響くガキどもの声を聞きながら、俺は再び布団に包まった。
ふわりと浮かび上がるような感覚があり、ゆっくりと瞼が開く。視線だけを動かし時計を確認すると、俺は三時間程眠っていたようだ。
頭痛と吐き気に怯えながら体を起こす。だがガキどもの協力により実現した対策により二日酔いの症状はかなり軽減しているようだ。まだ体の重さは残るものの、俺は一度体を大きく伸ばすとリビングへと歩き出した。
「お、もう良いんか?」
「あ、獄さんおはようございますっす!」
リビングへとやってきた俺を迎えたのは、宅配ピザの空き箱とジュースのボトルの山、そして元気なガキどもだった。
「お前ら
……
まだおったんか」
俺の言葉にガキどもは明らかにムッとした顔を見せる。
「まだってなんすか。ピザとって映画見てたらこれくらいの時間にはなるっすよ」
「そうだわ。拙僧らが無理に居座ってるみてえな言い方される筋合いはねえな」
「うっ
……
。それもそうだな。すまん、今のは俺が悪かった」
頬を膨らませた十四から釣り銭を受け取る。手間賃と迷惑料として、この釣り銭は二人で分けろと言ったらまた怒られた。
「拙僧らはお前と違って銭ゲバじゃねえからな。家族から迷惑料なんざ取らねえよ」
「獄さんは逆の立場で迷惑料貰って嬉しいっすか?」
一切の反論の余地も無いので、俺はただすまんと謝りソファに座り頭を抱える。こいつらの言う通りだ。どうやら脳の動きはまだまだ平常には戻ってはいないようだ。
「ったく。こりゃ体調戻り次第本格的に修行だな。おい十四、お前も予定あけとけよ」
「ひえっ
……
お手柔らかにお願いしたいっす。とろこで、大人ってなんで二日酔いになるまでお酒飲んじゃうんすかね?」
俺を挟むようにソファに腰を下ろした二人は、さっぱり理解できないと溜め息をもらす。こいつらが未成年飲酒とは縁がないことにほんの少しだけ安心感を覚えた。
「で、獄てめえはなんで飲み過ぎんだよ。その自慢の頭脳でも制御できねえのかよ」
いつもなら即答するところだが、空却の問いに対する答えを頭の中で慎重に組み立てていく。動きの悪い頭ではまた不適切なことを口にしそうだったから。
「そうだな
……
。まず良い酒は美味い。そして親密度の高い相手と一緒に飲む酒も美味い。そうなるとついついグラスを重ねちまうし、テンションが上がればそれだけ酔いも回る。で、ついつい限界点を超えちまうんだな」
「飲み過ぎたら二日酔いになるって分かってんのにかよ」
「そうだ。駄目だと分かってても、ついもう一杯といっちまう。翌日こうして苦しんで後悔したとしても、次同じような機会がありゃまた飲み過ぎちまうんだよ。その時は楽しくて、幸せだからな」
ガキどもの手前、自棄酒のパターンは説明を省く。
「なんだか、それって恋の病に似てますね」
十四が目を輝かせて言う。
「恋?」
「はいっす。一人で過ごす時間が辛くなるって分かってるのに、それでも好きな人と一緒にいたい。会えない時は苦しくて、いっそ出会わなければよかったと思う時もあるけど、やっぱり会いたくてしかたない。切ない恋患いっす!」
十四は、歌詞にしてみるっす、とスマホに言葉を書き連ね始めた。俺と空却は互いに顔を編み合わせ肩を竦める。
「二日酔いは恋患いだとさ。拙僧はどっちも知らんが、獄は分かるか?」
「分かるような、分からんような
……
て感じだな」
「そうかよ。だが会えなくて寂しい、じゃなく苦しいってのはまあ
……
あんまり良い恋じゃなさそうだな」
「あ〜、それはそうだな。ま、酒も飲まずに済むならそっちの方が心身の健康には良いからな」
そう言って空却と笑い合う。だが同時に俺の頭には一人の男の笑顔が貼り付いて取れなかった。
空却と十四が帰り、部屋の中が一気に静かになる。ジッポの蓋を閉じる音にずきりと頭が痛む。慣れ親しんだ香りの煙を天井に向かって吐き出し、俺はスマホを取り出した。
『もしもし先生? どうしたの? なんか困った事でもあった?』
数回のコール音の後に聞こえてきた低く甘い声に思わず口角が上がる。
「おい、次はいつ飲める?」
『え? マジでどうしたの急に。先生からお誘いなんて珍しいじゃん』
「悪いか?」
『まさか! むしろ良い、嬉しいよ。んじゃちっとだけ待って。え〜っとね
……
』
慌ててスケジュールを確認しているであろう男の姿を想像したら、笑いを堪えることが出来なくなった。
『え!? 今なんか面白いとこあった?』
「いんや、別に」
『も〜、何なのほんと。えっとね
……
いつでもオッケー。先生の都合の良い日にそっちに行くよ』
「いつでもって
……
あんたそんなに暇なのかよ」
『いやいや。おいちゃんにとって先生のお誘いより優先するものなんかないってこと』
いつも一緒にいる時と同じように、男は今、音がしそうなウインクをしているのだろうか。隣から囁かれる口説き文句を思い出し、顔がさあっと熱くなる。
「そうかよ
……
。んじゃ
……
明日で」
『おっけー。んじゃ明日そっち着いたら連絡するね。しかし先生がそんなにおいちゃんに会いたがってくれるなんてね』
「なんかな
……
無性に二日酔いしたい気分なんだよ」
『ええ
……
? 無茶な飲み方はオススメしねえよ?』
ウコンドリンクを持って来るという、男の本気で心配そうな声に吹き出してしまった。公の場でみせる、すぐ隣で人が食われても平気そうな太々しさと、俺の前でみせる優しさや甘さの温度差に脳の奥がじんと痺れる。
ああ、なんとなく悔しいが、確かに俺はこいつに恋をしているようだ。
共に過ごす時間は甘く心地良く、離れてしまえば胸を焼き苦しむ。そういや昔から酒も恋も 酔って溺れる ものだったな。
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