ちこまる
2025-10-01 17:09:48
25205文字
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【げむ譲 零獄利き小説】






【テーマ】ドライブ


ドライブ

気が強くてめっぽう美人で、わがままなお姫様みたいな可愛い年下の恋人から着信があったのは、東都からオオサカへ戻る最終新幹線の中だった。
「よ~お、どうした?おいちゃんの声でも聴きたくなったか?」
『たあけ。今どこにいる?』
「うん?新幹線の中だ。ちょいと待ってな。デッキに移動するからよ」
座席で通話はマナー違反だからなぁと言いながら席を立って車両後方のデッキへ向かう。携帯端末の向こうで、『詐欺師がマナーもへったくれもねぇだろ』と呆れる声が聞こえた。
「それで、どうした?おいちゃんになにか用か?」
手軽で便利なメッセージアプリじゃなく通話で連絡を寄越したって事は、なにかしらの理由があるのだろう。
他人に会話を聞かれる心配のないデッキまで移動したところで改めて問い掛けると、年下の恋人はしばしの沈黙を挟み、口を開いた。
『今、どこにいる?』
それは先程も聞いたばかりの質問で、思わず酩酊を疑った。同じことを何度も質問するなんてまともな状態じゃあねぇからな。けど、通話の様子は普段とさして変わらないし、呂律だっておかしくない。
「新幹線の中だよ。ちっとばかし東都に用があってな。今はその帰りだ」
『だから、どこにいるんだって聞いてんだよ』
「?……あぁ、そういう事か」
繰り返される質問の意図をようやく理解して、左手首の時計に視線を向ける。東都発の最終新幹線で、今この時間に通過しているのはシズオカの西部あたりだろう。
「ナゴヤ駅には、あと三十分も掛からないと思うぜ」
俺が今いる場所じゃなくて、正確には【今どこを通過してるのか】を知りたかったんだろう。どうやら満足のいく回答を返せたようで、通話の向こうから
『そうか』
と一言みじかい言葉が返って来た。もちろん、ただ俺の現在地を知りたかっただけなんてことは無いだろう。その先の意図を汲み取って、会話を繋げる。
「獄ちゃんは?今どこにいるんだ?」
……前にアンタを連れてった店で呑んでる』
「あの酒が美味くて雰囲気も良いのに選曲だけいまいちって言ってた店か?それとも半地下のbarの方?」
『半地下の方』
「そこなら日付が変わる前には十分間に合うな。待っててくれるか?」
『ん。待ってる』
通話はそこで途絶え、携帯端末からは通話終了の無機質な電子音だけが聞こえてきた。画面をスワイプしてホーム画面に戻し、沈黙したそれをポケットにしまう。
オオサカへ戻ったところで特に急ぎの用事も無かった。一人で適当に呑むぐらいなら、ナゴヤで途中下車して可愛い恋人に会いに行く方がよほど有意義な時間を過ごせるだろう。無駄になる切符の差額なんて、恋人との逢瀬に比べたら些事にすぎない。むしろ喜んで倍額支払ったって良い。
それにしても、まわりくどくて不器用で、なんとも可愛い誘いだったなと、通話の声を思い出して自然と口角が持ち上がる。ひとこと「会いに来い」と言えば済むところをわざわざ俺の方から「会いに行く」と言わせるところがミソだ。一見するとわがままに見えるけど、本当は臆病でいじらしくて、そんな風にされたらどんな願いだって聞いてやりたくなっちまうのが男ってモンだろう。そんな可愛い恋人と、あと一時間もしないうちに会えるのだ。鼻歌でも歌いたいような上機嫌で、足取りも軽く座席へと戻った。



銀時計のある太閤通口を出て夜道を迷いのない足取りで進み、歓楽街の喧噪から少し離れた裏通りのビルの階段を下る。ネオンの看板はそこにあると知らなければ見逃してしまう程に小さく、扉を開けると真鍮のドアベルがまるで映画のワンシーンのようにカランと音を立てた。こぢんまりとした店内は薄暗く、ボックス席は入り口から客の顔が見えないよう配置されている。様々なボトルがずらりと並んだ棚と、マホガニーのカウンター。スツールは四脚と少なく、そのうちのひとつに目的の人物を見付けた。
「よう、お待たせ♡」
肩に手を置いて顔を覗き込むようにしながら空いた隣席に腰を下ろす。右目の下の泣きボクロが可愛い年下の恋人は、俺の顔を見てぐっと眉間に皺を寄せ、薄い唇をへの字に曲げた。まるで拗ねた子供のような顔だが、別に俺の顔を見て不機嫌になったわけじゃあない。それが獄ちゃんなりの照れ隠しの表情だって事は、短くない付き合いの中で覚えていた。
「なに呑んでるんだい?おいちゃんも同じのにしようかな」
「ちょっと待て」
「うん?」
バカラのロックグラスに注がれている琥珀色の液体は、恐らく彼の愛飲するアイラウイスキーだろう。彼と同じものを……そう注文しようとした時、獄ちゃんの声がそれを遮った。
「俺は今日、車で来てる」
「へぇ?バイクじゃなくて車で?珍しいね」
獄ちゃんと言えば、ヒプノシススピーカーにも反映している通り筋金入りの単車好きだが、車も所有している事は知っていた。
「それで?」
「見ての通り、俺はもう呑んじまったから、帰り道は零さんが運転してくれ」
「なるほど」
もう少しで日付も変わるって頃に突然呼び出した挙句、待ち合わせ場所がbarなのに酒を呑むなと言う。こいつはとんでもないワガママだと、思わず笑っちまった。
「そういう事なら、マスター。ペリエちょうだい」
「かしこまりました」
カウンターの向こう側で黒服が恭しく頷いて、緑のボトルと氷入りのグラスがサーブされる。
「それじゃあ、久々のデートに、乾杯♡」
落ち着いた店の雰囲気を損ねないように声を潜めて囁き、恋人が手にしたグラスに自分のそれを軽くあてる。当たり前のように炭酸水を口に運ぶ俺を見て、獄ちゃんは今度こそ本気の仏頂面を浮かべて見せた。さっきみたいに照れ隠しじゃなくて、唇を尖らせた表情は本当に拗ねた時の顔だ。
「なんでだよ」
「ん~?どうした?おいちゃん何かしたかァ?」
「なんで怒らねぇんだって聞いてンだよ。夜中に突然呼び出されて、呑むなって言われたりアシ代わりに使われたり、普通なら我慢ならんだろ」
淡々と詰る年下の恋人は、俺が怒らない事に怒ってるみたいだった。
急な呼び出しも、傍若無人な物言いも、いわゆる「試し行動」ってやつだろう。相手の反応を見て「どこまで許されるか」「自分は受け入れられているか」を確認するために、わざと悪いことや反抗的な態度を取ってみせる。精神的に未熟な幼少期によく見られる行為だが、大人でも恋人相手に愛情や安心感を得る為に試し行動を行う者もいる。これは「身近な相手」で、なおかつ「愛情が深いほど」相手に向けられる物だ。それさえ知ってりゃ、腹を立てることなんかひとつも無い。
「可愛い年下の恋人にワガママ言って貰えるなんて最高じゃねぇか。甘えられてる証拠だからなァ」
恋人冥利に尽きるってやつだな。そう笑って答えると、獄ちゃんは複雑な顔で口元をもごもごさせた。こいつは多分、嬉しくて笑いそうになる唇を誤魔化してる顔だ。ここが人目のつく場所じゃなかったら、天邪鬼なその唇をさっさとキスで塞いでやりたいところだった。
なにか言いたそうに口を開けては閉ざし、グラスに残った琥珀色を一息に飲み干して、それからようやく覚悟を決めたように再び口を開いた。
……同じ酒なら、家にもある」
「うん」
「帰ったら、呑ませてやるから」
「ははっ、そいつは楽しみだな」
多くを語らなくたって、その短い言葉の応酬だけで彼の家へ招待されたことが理解できた。
今のご時世、家に上げることがイコール性的同意とは限らないと言うが、ほんのり赤く染まった耳を見ればそっちの意味での同意だと受け取って問題ないだろう。
「さてと、どうするシンデレラ?もうそろそろ魔法が解ける時間だが、もう少し呑んでいくか?」
「誰がシンデレラだ。俺はもう良い」
「そうかい?それじゃあ、カボチャの馬車で夜のドライブデートと洒落込もうかね」
「一々ギザったらしいんだよ、たぁけ」
「うははっ」
そうして、グラスに残った透明な炭酸水の泡に見送られ、揃って店を出た。
秋の夜風は心地よく、少し見下ろす位置にある恋人の完璧にセットされた髪を撫でて吹き抜ける。
ドライブデートとは言ったが、頭の中に浮かぶのは当然彼の家までの最短ルートだった。