前ネタが暗いのでラブいので〆
澄んだ声に起こされた
揺り起こされたのではない、たたき起こされたような。隼人が。
鈴を振るではない、藺草の香る畳部屋の奥で女中か奥を呼ぶ卓上ベルを尊大に叩いたような音が、耳元で
「んっ」
いつもより輪郭のぼやけた声が俺の上でし、三段ベッドの天版が撓む
薄闇の中、頭上のその微かな曲線をなでればそこには確かな隼人のぬくもりが応える
「起こされたか?お前も」
「はあ、いったいなんっ
……ああ弁慶のか、鳴いたかよ」
元気がくさはらで網を振って秋の虫を捕ってきたところが、台風が近付いているからと弁慶が憐れみ、庭に放たず空の水槽に入れて三人部屋の隅に置いた。鳴かねえなあ警戒してんのかなとキャベツの葉をほうりこんでそして
「そうかこいつらの活動時間か
―――4時?この
―――都内の不良学生だって帰るやつは帰って寝てるぞ、ばか」
澄んだ大合唱は好む者にはそれほど苦でもないのか、最上段のベッドの主だけはうんともすんとも言わない。いったい、虫の声を言語と同じく左脳で聴くのは日本人とポリネシア人であり、それ以外は雑音として右脳で処理するという。自分は風流に疎くて早くに目を覚まし、隼人は奏者が興に乗りすぎて轟音になったところで遂に目を覚ましたのだろうか。
「こいつらのせいでな、
―――が聞こえないんだ」
「ん?」と下段を覗き込んだらしい隼人の気配と共に、温かくぬくもった髪の匂いがふわりと来る
「雷鳴。すごく光るから今日は満月かと思ったら違うんだ。雨がまだ降らないから光と雷の音しかしない、それが聞こえないからこいつらの声と光のショーみたいになってて」
言った向こうで金色がかっと照り付けた。隼人の髪の長い輪郭だけがそれを切り取り、思ったよりとても近くに来ていたそれがさらりと房で流れ落ちる音は不思議と聞き取れる。
「それに嵐が来る前に吹き込んだ風が早乙女邸の中も撫でて行ったのか、玄関にあった蘭の匂いがここまで届いているんだな。」悪くない。そう言えば、隼人はベッドからそろりと降りて来て、最下段に寝そべる俺の傍にはだしで足をついた。薄闇の中、薄青く浮かび上がる剥き出しの肌のいろ。
「あれは風蘭ていったかな。匂い過ぎるから隣りの部屋に置いて和室の欄間越しに楽しむものだってうちの堅物親父が珍しく知ってた」
この虫たちも玄関まで出そうか、そうすれば多分ちょうどよくなる、と身を起こそうとすれば、青白い手が夏布団の上から俺の胸を押さえた
「いいよ、このままで」
稲妻も虫の音もすぐにも終わっちまうかもしれないんだ。だからこのまま
「おまえがそのほうがいいのなら、いいけど」
少し笑って言えば「いいんだよ、」と憮然としたような早口の返事がこの時を惜しむように返ったきり、そのあと隼人は何も言わずに俺の枕元に座っている。寒くないか、とも聞かない方がいいんだろうなあと思いつつ、仰臥したおれはそうしている俺にしか感じ取れない雷の寄越す振動に心地良く一体化しつつ隼人の薄青い横顔を盗み見る。
澄んだ大音声、ときおり差し入る激しい金色、もう暑苦しくはないひやりと這い込む甘い香り
その中のお前
やがて雨音と朝の気配が来てしまうまで
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