望月 鏡翠
2025-07-01 01:19:03
23156文字
Public リアタイ
 

シズメ 03

シズメ/三角 麻弓/遊泳期間作品


 お金持ちのいくリゾート地で、海が見える位置にプールがあるのはなんでだろうと思っていた。海があるなら、海に入れば良くない?
 でも実際に同じ状況になってみると、プールに入る人の気持ちがよくわかる。
 麻弓はプールに足先だけをつけていた。屋上で温められた水は、海水よりは暖かい。波がないから泳ぎに自信がなくても安心できるし、なによりいざとなったらすぐに足がつく。
 麻弓はなまじ生き物に詳しいせいで、海の中の生き物に毒を持つものがたくさんいることも知っている。詳しいせいで、飛び込んでいけないのだ。船の上からならともかく実際に入ってくらげに刺されたらどうしよう、なんて考えてしまう。
 ここには保健室の先生はいるけど、病院はないのだ。
 海に入る前にまず泳ぎの練習と、学校でも推奨している。六月はまだ水泳の授業を始めるには寒いから、水が体に慣れていない人もたくさんいる。いきなり足が海の中に飛び込むのは危険だ。
 まずは練習に、あるいは海水で体がベタつくのを厭うてか、プールを使っている人は想像以上に多くいた。
 プールのうき具を渡した半面は、水遊びをする生徒や泳ぎの練習をする生徒に解放されていて、もう半分は水泳部の練習場所になっている。二十五メートル足をつかずに泳ぎきることができる人向けだ。端までたどり着いたら鮮やかにターンして折り返してくる。
 同じ生き物とは思えないくらいスイスイ泳いで行く。
「お〜い、泥団子大臣」
 麻弓は手を伸ばして、プールサイドに上がろうとしていた人影に大きく手を振った。三年生の男子が振り向いた。
 泥団子大臣という聞き慣れない単語に、何人かが振り向く。
 喪詰 嘉太郎は名誉泥団子大臣なのだ。みんなでピカピカの泥団子作りをしたときに、必須の目の細かい粉を持ってきてくれた最大の功労者だ。
 その功績を讃えて麻弓が勝手に泥団子大臣のあだ名を授けた。
 ちなみに泥団子作り以来初めて呼んだ名前だ。
 プールから足を上げ、スカートの裾を払う。着替えがそんなにないから、落ちたら洒落にならない。
「入部希望か?」
 冗談か本気かわからない温度感だ。
 水泳部に入部するところを想像してみる。早く泳げるかどうかは別にして、水に入るのは好きだ。この状況だと、運動部は水泳部くらいしか活動する場所を確保できないのかもしれない。
「学校が海に沈んでいる間ならありかも。海にも入りたいけど、先に泳ぐのに慣れとかないと危ないし」
 喪詰はフェンスの向こうに広がる海に目をやり、陽光の反射が眩しそうに眩しそうに目を細めた。
「そうだな。海は流れがキツイし視界も悪いから、プールで練習してからの方がいい。いつもこの時間に練習してるから」
「え、じゃあ遠慮なく、教わりにきます」
 そのときはちゃんと水着に着替えなければ。
 屋上にプールがある構造上、更衣室が上階にある。海で泳ぎたい人や外で濡れた人が着替えるスペースとして有効活用されていたが、きっと設計した人はこんなふうに使われるようになるなんて、考えてはいなかっただろう。