望月 鏡翠
2025-07-01 01:19:03
23156文字
Public リアタイ
 

シズメ 03

シズメ/三角 麻弓/遊泳期間作品


 水族館ではないのに、学校の窓から外を見るのは不思議な気分だった。人がいることなんて気にもせず、魚が悠々と泳いでいる。
 廃学校を水族館に改装したという施設に一度行ってみたかった。だって学校が水族館になっていたら絶対素敵だと思ったから。
 実際に素敵だった。
 麻弓は水の中から空を見上げるのが好きだ。
 学校以外の施設のプールだと、溺れているのと見分けがつかないから、潜水は禁止されていることが多い。そもそも息が続かないし、鼻に水が入ってくるから、水中から上を見るのって意外と大変だ。
 こんな風にカメラを構えながらゆっくりと見ることができるなんて。
 いつかダイビングをしてみたいと思っていたけど、その時の景色もきっとこんな風なんだろうか。
 磯に行って生き物を観察したことはある。
 釣りについていって釣果を記録させてもらったこともある。
 しかし、自分の目で海の深い場所にいる生き物を観察できるなんて。魚も刺胞生物も知らない種類がいる。クラゲだって刺される心配なく、窓の内側から見えるんじゃないだろうか。
 木漏れ日のように揺れながらキラキラ光る水面の光を、鯨のお腹みたいな細長い流線型のものが横切っていった。櫂が海を引っ掻いている。あれはボートだ。
 麻弓もボートに乗りたくなった。
 屋上から船を出しているんだろうか。
 目指すべきは屋上。だが海に漕ぎ出す前に、やるべきことが色々あって学校内を歩き回った。
 まずは水が必須。船を漕ぐなら体を動かす。海でも陸でも、水分補給は何より重要だ。自動販売機で水を買って、よく冷えたものを二本鞄に詰めた。
 海上は遮るものがない。熱中症になるかもしれないから、日除けの帽子とタオルも、持っていく。
 そして海の近くで暮らしているけれど、海に漕ぎ出したことはあまりない。流されてしまったときに助けを呼ぶことができるように、ホイッスルも首からかけた。
 これだけ用意すればひとまず十分だろう。
 屋上には人が集まっていた。海に遊びに行きたい人と、水の中にいるのが嫌な人。
 温度感が違うから一目でわかる。
 麻弓は遊びに行きたい派だ。フェンスの向こう側にボートを押し出そうとしていると、近くを古月 シロが通った。踊りに来たんだろうか。バレエをしている彼女は、身のこなしが綺麗で、そこのいると目を引く。
「あ、シロちゃ〜ん一緒に行く?」
 手を振ると麻弓に気がついた。
 船の上に一人だと心細いから、誰か一緒に来てくれたら心強いという気持ちがあったのだ。
「いいよ、何しに行くの?」
「探検! 海に沈んだ街ってワクワクしない? 陸が見えてる方にちょっといってみようかなって思ってるんだ」
 ここから街は見えないけれど、海の上から沈んだ校舎をみるだけでも古い遺跡を旅している様で、テンションが上がる。街まで行くことができるのかどうかはわからないけれど、遠くに山や学校周辺の施設の屋根が見えている。
 シズメ霊山も徒歩で登ると大変なのだけど、船で行くと校舎から直線で向かうことができる。
 こういう景色もいいなぁと思う。ボートに揺られながら、出発前に一枚撮った。
 ノアが直面した大洪水のあと、最初の降り立ったのが沈まずに残っていた岩山とかだったんじゃなかったっけ。
「アハ、楽しそうだね! 私もご一緒するよ」
 向かい合ってボートに収まる。
 肌が白いから眩しいくらいだ。日焼けしたら赤くなってしまうタイプだろうか。
「帽子使う?」
 渡した帽子の代わりに渡したタオルを頭にかぶって、日除けをする。
「あんまり遠くまで行くと怖いから、海の上に見えているところまでね」
「それはもちろん、みんなと会えなくなるのは困るからね」
 二人は海に漕ぎ出した。
 二人の下にある海は、抜けるように青かった。

       ◇◆◇

 遮るものがない日差しが、タオルで隠せなかったうなじをジリジリと炙っている。周りに溢れる水はあるけれど、見た目が涼しいだけで、実は海の上は砂漠と同じくらい灼熱の環境なのかも知れない。
 ボートの櫂を動かす。
 水は案外重たいらしい。数メートルしか校舎から離れていないのに、腕が疲れてきた。
「漕ぐのが大変そうだ。あとで私も代わろうか?」
「帰り道代わってー!」
 麻弓は既に腕がだるくて悲鳴を上げていた。文化部には辛い運動だ。人間二人と一人では持ち上がらないボートの重さをこの二本の櫂で動かそうとしているのだから、重たいのは当然かもしれない。
 まだ帰り道ではないけれど、代わってもらうことにした。
「持久力には自信があるから、任せてくれたまえ」
 古月さんは胸を張って、櫂を手に取る。そしてそのまま動きを止めた。
「あ、漕ぎ方だけ教えてほしいかな」
「任せて!」
 教えようとして、動きを止めた。
「あれ、人に教えるの難しいね」
 理系クラスにいるけれど、麻弓は実際のところかなり感覚派だ。幽霊だって信じるくらいなのだから、自分が感じていることを言葉にしないでも生きていける。でもこういうときは言葉にできないと困るのだ。
 あれやこれや話しているうちに、船は曲がって言って山に向かおうとしていたのに、気がつけば礼拝堂の屋根が見えていた。
「あ、ちょっと待って!」
 人が多い後者を避けたのだろうか。屋根の上に海鳥が止まっている。思わずカメラを構えて写真を撮った。知らない鳥だから、戻ってから種類を調べよう。
 気を取り直してボートを漕ぎ出す。その頃には、古月さんもボートを漕ぐのに慣れていた。教えるよりも本人が動かしながら勘を掴む方が早かった気がするけど、それはそれ。
 腕を休ませながら交代で漕ぎ出し、小島と化している山までボートを進めた。
 心細いと思っていたが、他にも探索にきている人はいて、意外と人が多い。波打ち際が浜のように成っていて、天気がいいときなら水着で遊びにくるのも良さそうだ。
 山を探したら他の生き物もいそうだ!
 ただし今日は、腕があまりにも疲れているから、山の探索は次の機会だ。
「シロちゃん、探検の記念に写真撮ろ!」
 腕が震えるから、二人画角に入るようにするのが大変だった。