望月 鏡翠
2025-07-01 01:19:03
23156文字
Public リアタイ
 

シズメ 03

シズメ/三角 麻弓/遊泳期間作品


 誕生日のプレゼントに何を使うのかというのは最も悩ましい問題だ。お小遣いではどうにもならない買い物が年に一度だけ実現される。そのためにはもちろん、丁寧に交渉しなければならない。
 交渉の結果、麻弓はSwitch2の抽選を諦めて、防水のデジタルカメラと、防水ケースを手に入れた。
 最近のスマホのカメラは高性能だ。拙者にもある程度対応しているから記録が残しやすい。しかし水の中。しかも塩分のある海の中となると、スマホでは太刀打ちできない。
 防水機能だけで十分だと思ったのだが、水に強くても水圧に強いわけではない。海の中の観察をするのなら、ケースが付いていた方が安心だ。岩場などでカメラのレンズや本体に傷がつかないようにという安全のためでもある。カメラのケースとデジタルカメラ本体と比べたら、ケースの方がまだマシだ。
 これで海の中の生き物も観察しやすくなる。
 次の宿泊研修で、活躍する予定だ。
 重たくなるのを承知で、充電アダプタと追加のメモリーカードとセットで旅の荷物の中に詰め込んだ。
 あとは水着。学校指定だからあまり色気はない。ジャージと制服。これだけで結構嵩張る。この上で、可愛い服も持っていきたいのが乙女心というものだ。ドライヤーは諦めて同室の子に借りようか。その代わり私は化粧水と日焼け止めを多めに持っていくとか。
 現地に行ったら何をしよう。
 みんなで泊まりに行く。それだけでわくわくするのだ。
 このカメラの中に、旅の思い出をたくさん記録してこよう。

            ◇◆◇

 旅のしおりはもちろんちゃんと持ってきている。こう見えて麻弓は真面目なのだ。ただし旅程と必須の持ち物の部分にしか目を通していないから、先生が読みあげている部分を聞くのは初めてだった。
 海に行きたい。学校のみんなで。
 麻弓の旅の目的というのはそれでしかなく、先生が決めた意義みたいなものは話し半分でしか聞いていない。早起きだったし、話が退屈だから眠くなってくる。
 あくびを一噛み。
 こう見えて真面目だと思っていたけれど、訂正する。見たまま不真面目だ。気が付けば麻弓は眠りに落ちていた。
 めんどくさいイントロダクションも、退屈な移動時間も全てを吹き飛ばして、一足飛びに海についていたらいいのに。
 そんな思いが本物になったんだろうか。
 目が覚めると外が青い。魚が窓の外を泳いで、普段なら小鳥が泳ぐ目線の高さを横切っていく。教室が薄青い。まだ時間は朝だというのに。
 海がそこにある。
 もしかして、夢の続きだろうか。
 ああ、こんなことしていたら、置いていかれちゃう。早くバスに乗らないと。
 ほっぺを強くつねっても、夢は覚めなかった。
 荷物の中からカメラを取り出す。
 まだケースに入っていないそれを、窓の外に向けてシャッターを切る。
 驚いたままぼんやりとしたクラスメイトの後ろ姿と青い海が一緒に映った。
 記念すべき、一枚目の写真。

            ◇◆◇

 信じられないことが起こった!
 学校が海に沈んでいる!
 麻弓が混乱せずに済んでいたのは、自然科学研究部であり、曲がりなりにも理系の知識と判断能力があったからだ。
 麻弓はこれが自然現象だなんて、全く思っていなかった。
 例えばこれが高潮や津波や、寝ている間に南極の氷が全部溶けて海面が急上昇したのだとする。
 そうしたらこの高さに水が達する前に、水圧で窓ガラスが割れている。水族館の展示ケースだって、アクリルが三十センチくらいの厚さがあるのだ。ボールが当たったくらいで割れてしまうよな学校の窓ガラスでは到底耐えきれない。
 それにその時はきっと、水だって濁りきっている。豪雨のあとの川だって濁っている。水が自然に急上昇したら、こんなに透明な水のままではいられない。海底まで光が真っ直ぐに差し込んでいる。
 沖縄か八丈島か、小笠原諸島あたりまで行かないとこんなに水は透明にならない。
 だからこれは、何かわからないけど幽霊と同じ、理由がわからないけれど、不思議な何かなんだろう。
 夢の続きだと思ったけれど、クラスメイトの混乱っぷりや先生の慌て様は、麻弓の想像を軽く超えていった。頭の中で考えられる以上のことが目の前で展開されているんだから、これは私の頭が作り出した夢ではない。
 みんなで一緒に同じ夢を見ているのか、それとも超常現象が起こったのか。
 幽霊は、麻弓にしか見えない。あとは霊感がありそうな人と少しだけ共有できるくらいだ。でも、これは違う。
 みんなで共有できるんだ!
 ワクワクはしていたが、先生たちが大変そうだと思って、ひとまず先生たちが落ち着いて指示を出すまでは教室で待っていることにした。早速何かが起こったらしい。
 しばらく大人たちがどこかに言ったあと、教室のスピーカーに細かなノイズが聞こえた。放送室のマイクがオンになったらしい。
 マイクの向こうの人は、男性の声をしていた。
 ――霊媒師の鎮 寿一郎。
 海に沈んだ学校に霊媒師!
 意味がわからない。わからなくて面白い!
 あの人のいうことが本当ならば、二ヶ月はこのままであるらしい。
 カメラのメモリは足りるだろうか。いや、学校にいるのだから、パソコンにデータを移せばいいんだ。
 宿泊場所に移動したあと、麻弓は早速カメラを持って歩き出した。