望月 鏡翠
2025-06-20 12:53:48
13440文字
Public リアタイ
 

シズメ 01

シズメ/三角 麻弓/交流作品


 地面は色鮮やかだ。鉱物には様々な色がある。宝石ほどの透明度を持っていなくとも、河原を覗きに行けばそこに驚くほどたくさんの色がある。
 昔の絵の具は石だったという話を思い出す。絵の具になるような鮮やかなものはなくとも、暖色系寒色系があるし黒っぽいものも白っぽいものもある。ラメが入っているように見えるのは、石英の結晶が含まれているのだろう。
 それももちろん魅力的な拾い物なのだが、今回の目的は違う石だった。
 三角 麻弓は、学校から遠く離れた河原に来ていた。もちろん。学校と往復をできるような距離ではないから、休日のことだ。
 汚れてもいい格好に着替えて、長靴を履いてバケツを持って、河原を歩き回っていた。早朝を選んだのは、人目が多い時間だとその野暮ったい格好をたくさんの人に見られることになって恥ずかしいからだ。
 しかし麻弓の予想に反して、早朝の川は人が多かった。ランニングや暖かくなる前の犬の散歩。クラブの練習など、諸々だ。
 地図で目星をつけておいた場所を歩き、山から流れ出した支流が合流してくる場所を探す。
 地質的に、そこには泥岩が流れついているはずだ。
 泥といっても、茶色をしているわけではない。
 河原の石に、薄淡い緑色のものが混ざってくる。濡れているものは色が深く黒っぽく見えるが、乾いたものは白っぽくなりひび割れているものもある。それが目当てのものだった。
 泥が固まってできた石だ。石といっても、まだ固まってまもない泥の塊は、水に濡れて乾いたり、手で持ったりしただけでぼろりと崩れてしまうくらいには柔らかい。粒子が細かい泥の塊だから、表面はとても滑らかでさらりとしているが、よく水を吸う。
 ほろほろと崩れる薄荷色の石は、食べたらミント味がしそうだ。
 たぶんそんなことをしたら、歯が折れないまでも口の中がじゃりじゃりになるんだろうけれど。
 バケツに半分溜めただけでもかなりの重量になり、帰りのことを考えて採集はやめた。バケツから濡れた石を入れても平気な、丈夫な袋に移し替えてリュックに詰める。肩に食い込む重量に息が詰まりそうになる。
「キッツイ」
 思わず独り言がでた。これで家まで持って帰って、そして学校に持って行く。その道中を想像すると涙が出る。
 お金持ちならタクシーを呼ぶのにと恨み言を吐きながら、麻弓は電車とバスを乗り継いで家まで帰った。
             ◇◆◇
 商業施設の開店時間はたいてい十時だ。
 通学時、駅中のモールは一番いい立地にあるコンビニや24時間営業のカラオケ店を除いてシャッターが降りている。
 高校の最寄り駅が「シズメ霊園前」であることからもわかる通り、その近辺で一番めぼしい施設といえば霊園と霊山で、その岬の余った土地を分け合うようにして麻弓の通う高校は立っていた。
 だから朝の時間帯、通学の生徒で人は多いものの、駅前はまだ静かに眠っている。ロータリーにある観光案内所もまだ開いておらず、霊園を横目に学校に向かう。静かすぎる通学路に何かを求めるように、購買の方が安いとわかっているのについコンビニで買い物をしてしまう。
 お盆の時期になると墓参りの人が増えるが、その頃、学校は夏休みだから麻弓がすれ違うことはない。いるはずだけど知らない。そういうのも幽霊みたいだなと思うけれど、本物の幽霊は何事もない顔をして駅の方に逆走していった方だ。幽霊はあんなふうに何事もない顔をして、日常の中に混ざっている。
 もし人間に干渉してくることができたなら、きっと麻弓は荷物を持ってと頼んだことだろう。
 荷物が重すぎて、歩き慣れた道のりがいつもの倍に感じられる。
 昨日河原で拾ってきた石が通学鞄の中にみちみちに詰め込んであるのだ。ただ色を見て観察するために泥岩を持ってきたわけではない。柔らかいから簡単に砕ける。砕けば滑らかな泥に戻る。そして滑らかな泥は、焼き物の原料だ。
 向き不向きがあるというのは知っているが、麻弓は専門家ではない。やってみなければわからない。ろくろだって回せてしまう。
 ようやく学校に辿り着き、後の重労働は全て男子に投げ出すと決意して、石は部室に置き去りにした。
 放課後、あの泥をどう調理してやろうかと楽しみにしていた麻弓は、一番大事な問題をクリアしていないことに気がついた。
 焼き物はもしかしたら学校の設備じゃ難しいのかもしれない。
 Googleは焼き物に必要な温度は千度から千二百度とかいう無茶を述べている。もう少し素朴な土器でも、八百度は必要らしい。天ぷらだって精々百七十度なのに。オーブンだって二百度くらいだ。
 窯を自作すれば可能性はある。かなり大掛かりな実験になりそうだけど。
 顧問の先生に駄目元で聞いてみたが、やはり駄目らしかった。花火や焚き火くらいなら、用務員さんなどに立ち会って貰えば許可を出せるかもしれない。しかしそれ以上の火力のものをとなると、流石に専門の設備か相応の知識がある大人がいてくれないと、難しい。
 学校の先生に陶芸家はいないし、陶芸教室もない。
 麻弓の目の前には、泥岩が残された。
  残されたものを、ではどうしようという問題になってくるのだが、それはあまりにもただの岩の塊で、しかも置いておけば湿度の差などで徐々に風化して崩れて行くものだ。
 とりあえず金盥に移して、手でほぐして行く。
 使い道は無くなったとしても、石の見た目をしたものが手の中でぽきぽきと折れたり崩れたりしていくのは気持ちがいい。プチプチを潰しているのと同じ気持ちになる。
 無心で石を砕いていると、手元に影が差した。
「まゆみだ! 何してるの?」
 背が高いから本人よりも影が先に視界に入ってくる。立っていたのは一つ上の学年の、榎本 禄だった。
 部活動の途中だったのだろう。片手に冷えたペットボトルを持ち、申し訳程度の日除けでタオルを頭にかけている。
「泥を砕いて遊んでまーす」
「泥?」
 首を傾げた。薄水色の塊は、一般的な泥のイメージとはかけ離れている。
「土器を作ろうと思ってたんですけど、焼かなくちゃいけないことをすっかり忘れていて。行く宛のない泥になったやつです」
「へ〜」
 金盥を覗き込む。
 背が高いから、しゃがむと長い手足が折りたたまれているのが目立つ。
「え、じゃあさ、どろだんご作ろうよ」
 どろだんご。頭の中に該当する単語を探し回る。
「ピカピカのやつ?」
「ピカピカのやつ」
「いいですね〜、どろだんごにします」
 どろだんご 作り方で検索すれば、出てくるだろう。
 しかしそのためには、一度手を洗わなければいけなかった。