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その花はしばらく壁際に吊り下げられ、風になぶられるがままに揺れていた。
五月の第二週、外からの訪問客が手続きして札をもらい首から提げて入る受付で、その建物が唯一外向きのにこやかな女の顔をする外界との窓口で、飾られていたカーネーションが、盗まれた。猿猴人類世界に飛び出せるまさに水際まで行った鱗のある白い子供はしかし、赤い花を一輪手にするとそのまま彼に許された世界へと人魚のように帰っていった。
なにか言いたい事があるんじゃないか、と叱責代わりに問われた子供は
「貴方に」
静かにも取り上げられまい、誰にも触れさせまいと守っていたその花を差し出した。反省室代わりの電気檻の中から、柵に触れないようそろそろと。
貴方は帝王ゴールの代わりにはならない、頼んでやまない博士の代わりにも。代わりにあの世界では弱者であり僕の生まれながらの罪であっても俺の蔑みの対象にはなったことのない、なつかしい守りたいあの人と同じところにあなたは今います、よくないことでしょうか。
ここでのおかあさんになってよ、だめ?
しかつめらしくなく言えばそんな他愛もない事。安心毛布か、はたまた子供のプライドを傷付けず生きていくための守り刀か。
差し出された赤い花越しに、青い薄暗がりの中あかあかと燃えるような瞳と見返しながら、長い髪の瘦身の丈高い男はその花をカクテルグラスのように白い手の中に受け取った
懐かしい色だ。これは嘗ての私の色であり、戦友の色でもあったのだよ、と。
幾日か壁際に吊るされ、ドライフラワーになったその花の来歴を、流拓馬はまだ知らない。
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