ロンド
25550文字
Public 奈落の大穴
 

Lost Children【再録】



   八 オーゼン、土産の在り処を知り、当面の任務につく




 岸壁街に向かう道のりをジルオが数歩後ろを黙ってついてくる。疑問は腐るほど浮かぶだろうが、理由を訊ねずオーゼンに指針の全幅を置いている青年をオーゼンはより気に入った。ライザと違っていつまでももの静かな子だ。畏れても泣きわめきもしないのは少々物足りないが。
 もしこのまま、オーゼンが船に乗って、アビスを捨てて海外を目指したらどうだろう、と考える。ほんの思いつきだ。昔の思い出がよぎっただけ。
 オーゼンはジルオを振り返る。
「ジルオ、君はどこか行きたいところでもあるかい?」
……どういった意図の質問でしょう、不動卿」
「なァに、ただの雑談さ。警戒するこたァないよ」
 ジルオの表情が怪訝そうにゆがみ、正解を探して沈黙を帯びる。律儀に当たり障りのない回答をした。
「探窟に行きたいですね。……そんな時間があるなら、の話ですが」
「フゥン……。海外に行ってみたいとかは?」
「なんですか、いきなり……
 いよいよ困惑めいた顔色に変わる。無感動のしかめっ面に見えてあんがい、ジルオは表情に出やすい方だ。オーゼンはおかしくなって、クク、と喉を鳴らした。それでまたジルオが首をかしげる。
「もし、この仕事に一区切りついたら、私と旅行にでも行くかい? 行き先に希望がないなら勝手に決めるけど」
 すらすらと誘いながらオーゼンは、さすがに断るだろう、と確信を持っている。オーゼンはジルオからわずかでも好かれている覚えはないし、マルルクを置いて行かなければならない理由もある。逃げ道は用意してやっている。
 ジルオの足音が止んだ。ややあって、緊張ぎみな返事があった。
「俺でよければ、お供しますよ。もっとも、ライザさんのように賑わせるなんてできませんが」
 オーゼンはひそかに眼を見張り、ふたたびジルオに背を向けて歩き出す。岸壁街のよどんだ空気が端にまで流れてくる。ここから先はまともな探窟家は立ち入らない無法地帯だ。どうしても踏み入るならば笛は外して、できれば顔も隠した方がいい。
 白笛を首に提げたまま、オーゼンは堂々と岸壁街に立ち入った。なにをするでもなく路地に座り込んでいた住民どもが散り散りに去っていく。
「ライザから聞いたのかい?」
「昔、海外の土産をもらいました。子供のおもちゃのような……ありていに云えば不細工な、牛の彫り物を」
 思わぬ思い出を起こされてオーゼンは吹き出した。しだれ花の街の木彫りの牛か。ジルオの手に渡っていたとは。当時は弟子がいることを知らなかったので思いつきもしなかった。ライザの美的感覚はジルオにはまったく伝わらなかった様子だ。オーゼンは箪笥にしまいこんだままだった土産のスカーフの柄を思い起こす。
「いいのかい? 嫌になっちまっても二言は云わせないよ」
「ええ、相応の報酬を頂けるのなら」
「ちゃっかりしてるねェ。マァいいよ。ライザは私の時間とやらを欲しがったけれど、君はなにを望むんだい?」
「黒笛試験の推薦を」
 あらかじめ用意していたようにジルオが即答する。オーゼンは大笑いした。師弟そろって強欲なものだ。ライザの横暴も酷かったが、ジルオの無茶ぶりも相当酷い。ジルオの年齢で黒笛に到達した探窟家の例は、ライザも含めて誰ひとりとして達成していないというのに。
 オーゼンはひとしきり笑い飛ばして、了承を返した。二千年の問題が終わるまで、いや、果たして解決するのかもまるで予測がつかず、いったい何年かかるのかわからないが、将来の楽しみはないよりあった方がいいに決まっている。
 そうしたら、ライザに倣ってしゃれた服を選んで、ガイドブックを見ながら行先を選んで、弟子に土産を買ってやろうか。マルルクをあまり不安がらせるといけないから手紙も出してやろう。オーゼンはライザとの思い出をなぞりながら、スケッチを失くすとは惜しいことをしたなァ、とも考える。
 オーゼンを置いて、たったひとりで絶界行(ラストダイブ)に向かってしまったライザが、思い出を上書きするんじゃないとアビスの底で悔しがっているにちがいないと思えば、溜飲が下がった。