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ロンド
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奈落の大穴
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Lost Children【再録】
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二 オーゼン、旅に臨むものの困惑する
にくらしいほどの出発日和な青空だった。オーゼンはさっそく帽子を持ってこなかったことを後悔していた。アビスの天候に慣れていると地上の太陽はまぶしすぎる。
北区の港はいつでもざわざわとよそ者であふれかえっている。大半は共用語だがときどき訛(なま)りのある会話や、外国の言葉が聞こえてくる。ライザが予約を取っていたのは乗組員が片言の共用語を使う、東の国の文様を凝らした客船で、半分も言葉が通じているのか怪しいのにライザは水夫とさっそく意気投合していた。腕に墨絵を掘った日焼けした腕をうらやましがり始めたあたりで、えんえんと続く長話に飽きたオーゼンは強引にライザを引きずって客室に向かう。この船でいちばんの部屋だった。
石灰で塗り固められた部屋は、まるい船舶窓から大洋を眺望できる、景観のよい客室だ。二人分の寝台と壁に固定された小さな机と椅子、天井のランプ、鏡という実用的で質素な調度品が設えられていた。鉄製の二階建てパイプベッドはライザが腰かけるだけでもぎしぎしと鳴って、オーゼンは顔をしかめる。
「懐かしいなぁ! 孤児院のベッドみたいだ」
「こんなんで耐荷重保つのかねェ。犬小屋の方がマシだよ」
「あはは、オーゼンにはちっさいかもな! 安心したまえ、寝袋の用意はあるぞ!」
「寄越しな」
ライザが冒険の準備は任せろ! と豪語したのでオーゼンは本当に最低限の遺物装備を身につけたほかはまったくの手ぶらだった。たいてい探窟中もオーゼンの仕事は遺物運びであって、他人に預けることには抵抗がない。ライザは二人分の荷物を詰め込んだリュックを担いで来ていた。それは背負えばライザの頭がすっぽり隠れてしまうような高さほどの大きさである。
荷物の奥底から寝袋が放り投げられて、オーゼンはさっさと寝袋に潜り込んだ。
「まだ昼間だぞ?」
「どうせ船酔いするんだ、寝ていた方が得だよ」
オーゼンは唇をとがらせるライザに背を向けて寝返りをうつ。まぶたをおろして眠りにつこうとした。しかしすぐ脇でライザがごそごそ荷物をひっくり返している気配がして一向にまどろみがやってこない。
つかの間の昼寝をあきらめてオーゼンが薄目を開けると、ライザがちょうど着替えているところだった。返り血の痕跡を隠す探窟服ではなく、涼しげな様相を思わせる、若草色のこじゃれたワンピース。オース風でない、育ちのいい金持ちの観光客のような恰好だ。
反射的にオーゼンは口にしていた。
「なんだそれ、似合わないね」
「オーゼン起きてたのか?」
ライザが長い髪をふわりと持ち上げて下ろす。振り返った顔を見ると、唇に紅も差しているようだ。襟ぐりの開いた胸元は、オースの権威を示す白笛ではなくレースリボンが飾られている。知らない奴のようでオーゼンはまじまじと観察して、感想をそのまま口に出した。
「
……
似合わないねェ」
「二度も云わなくていいじゃないか! せっかくとっておきを出してみたのに」
「お前さん、着飾るなんてタマじゃないだろ。いったいどんな心境変化だい? いや、アビスの外に行きたいなんて云いだしたあたりから変だが
……
」
ライザがさっと頬を色づかせる。
「な、なんだっていいじゃないか! 起きてるなら船を探検するぞ!」
なぜだか早口に云い放って、ライザが力任せにオーゼンを引っ張りにかかる。どこぞの童話のカブよろしくオーゼンはびくともしなかったが、至近距離でやかましく騒がれては睡眠妨害もいいところだ。
結局オーゼンは根負けしてライザについてひととおり船を見て回った。ライザのように着飾った観光客がオースの夢見心地な思い出に後ろ髪を引かれながらもくつろいでいる。アビスのある島はすでに遠く豆粒ほどに離れてしまっていた。ライザは微塵も心残りがありそうな様子はなく、始終楽しげに観光客や船員を捕まえてはとまらないお喋りに励んだ。
オーゼンはライザに付き合って浮かれた旅人になりきるつもりは微塵も考えられなかったので、普段と同じ黒固めの探窟服を着込んだまま船上を過ごすことにする。オーゼンはかすかに胸が痛んだ違和感には目をつむることにした。
出航から十数日、最初に客船が錨を降ろしたのはオースより北東に位置する港町である。甲板から展望した、水上に浮かぶような高床式の木造家屋の港町は、酸っぱいようなしょっぱいような異国の匂いに満ち満ちていた。
船員が説明したところによると、この港町は夏頃になると暖風が吹き毎年のように高波が押し寄せるらしい。果樹に柱を立てて草木の家を建てたのが町の始まりで、建設も取り壊しも容易とのことだ。
「オーゼン! 早く行こう、早く!」
ライザは甲板から身を乗り出さんばかりに興奮状態だ。今にも手すりを乗り越えて飛び降りそうなのでオーゼンはいつもするように首根っこを捕らえた。
「お前さんときたら、いつまで経ってもちっさな子供(ガキ)みたいにはしゃいで恥ずかしくないのかねェ。目立ってるよ」
「冒険の始まりに胸が高鳴るのは当然だろう? それに、オーゼンの方がだんぜん目立ってるぞ。でっかいから」
「
……
ともかくおとなしくするんだね」
オースの外では身分証明どころか無駄に恨まれかねないのでオーゼンもライザも白笛を外していた。それでも桁外れに長身なオーゼンと、好奇心旺盛で声がよく通るライザの二人組はひときわ他人の目を引く。視線がうるさいのでひと睨みすると、船員や客たちは周囲から散り散りに去っていった。
下船の準備が整い、一等客室のオーゼンとライザがまっさきに案内された。まだオースから距離が離れていないせいか、白笛をかざしただけで荷物検査は迅速に完了したが、代わりに検査員全員と握手を求められてオーゼンは閉口した。
意気揚々とライザが目についた借り馬車の店を物色するのを止めさせ、オーゼンはライザを引きずって町中へと繰り出す。船上生活でなまった身体を伸ばすのにちょうどよい散歩だった。
匂いの大元である背の高い果樹がそこらじゅうに植えられていた。どこでも実が鈴なりになっているが、反り返しの棘が生えた幹は素手では登れず、オーゼンの背丈でも取れない。ライザが猿のように小一時間ほど立派なたわわに実った果樹と格闘しているうちに、飽きたオーゼンがそこらの果物屋から果実を買ってきたらライザは憤慨して奪い取った。果実は皮が硬くてジュースのような中身をくり抜いて飲んだ。住民は屋根より高いはしごをかけて、危なっかしく果実を収穫しているのだった。
昼下がりの食事は海鮮ものにした。とっ散らかった印象の地元風の大衆食堂で、町の名物だという大ガニをあますところなく調理した煮込み料理と、出汁を使った雑炊はオーゼンも満足した。デザートは先ほどの果実をゼリー寄せにしたものだ。
腹が膨れたころにオーゼンは切り出した。
「ところでさァ、なんにも聞いていないのだけど、結局どこへ行く予定なんだい?」
「話してなかったっけ」
「ちっとも聞いていないよ。まァ、休暇内にオースに戻れるなら、それに越したことはないけどねェ」
「んー、ちっと待て。たしか持ってきたはずだから」
ライザはリュックを漁り、脇ポケットから真新しいガイドブックを引っ張り出す。
オーゼンは呆れた。まさか、アビスに関連しない書物をライザが新品で買い求めていたとは。
「旅のおともには必要だろぉ?」
「そんなルールは知らないよ」
ふんふんと下手な鼻歌を歌いながらライザはやたら厚い冊子をめくる。待ちぼうけのオーゼンは薬草酒を注文した。
どろりと葉色に濁った酒が運ばれてきて、オーゼンが黙ってちびちびと飲んでいると、とうとつにライザがガイドブックの見開きページを差し出してきた。
「オーゼン! ここにしよう!」
竜のごとく激しく炎を巻き上げる写真が載せられている。砂漠にぽつねんとたたずむ、百年を超えて燃え続ける洞穴。炎のすさまじさに辺りは昼も夜もなく、地獄の門、あるいは竜の息吹と呼ばれている
――
。
たいして興味は持てなかったが、ライザが満面の笑顔なのでオーゼンはうなずく。店主オリジナルという名目の薬草酒はひどく苦くて舌が痺れていた。
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