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ロンド
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奈落の大穴
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Lost Children【再録】
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四 オーゼンとライザ、氷の国でくつろぐ
南から北へと国境をいくつもまたぐ鉄道列車の乗り心地は最悪だ。コンパートメントのガラス窓は建付けが悪くて揺れるたびにガタガタ音を立ててすきま風を通すし、布張りの座席はクッションに穴が開いているせいで薄くなってしまっている。オーゼンとライザが向かいになって座れば四人掛け座席はいっぱいになってしまった。
ライザは激しく縦に揺れる窓の風景を熱心に眺めている。のどかな緑の丘陵に牧畜のヒツジや赤い屋根の建物が過ぎ去っていく。オーゼンは社内販売の、カラメルと糖蜜を固めた甘いパイと安い葡萄酒を口にしていた。パイは一口ごとに歯にくっついた。
「私にも寄越せ」
「私のだよ。自分で買いに行きな」
パイを軸にもみ合いになった末に、ライザがコンパートメントを出ていって、数分して両腕いっぱいの菓子を買って戻ってきた。
「おばちゃんがおまけしてくれた!」
「うだつのあがらない小娘に見えたんじゃないか」
「なんだとぉー! 白笛なんだぞ、子供じゃないもん!」
「そうとしか見えないんだよ
……
」
刺繡のブラウスに黒の厚手のスカートとブーツ、頭もすっぽりかぶれる丈の長い外套は気温の下がる地域では必需品だと、列車に乗る前に買いつけた服飾店の店主は太鼓判を押していた。オーゼンはライザを見て年若い娘と勘違いしたのではないかと疑っていた。そうするとオーゼンが母親か祖母になってしまうのが受け入れがたいが。一揃いを着込んでしまうと、童顔のライザは落ち着きない言動とあいまってますます幼く見えた。
おばちゃん酒売ってくれなかったんだよなぁ
……
とぶつぶつつぶやきながらライザは腰を下ろす。クッションから埃が舞った。
拗ねられても困るのでオーゼンは葡萄酒を分けてやった。水で薄めたような葡萄酒を交互に飲みながら菓子を食べる。焼き菓子は中に挟んだ粘りのあるクリームでごまかされて生地はパサパサ、真っ黒な細長い飴は塩辛いうえに甘味を含んだ刺激臭がして、ライザは端をかじっただけでオーゼンに突き出した。
「塩と蜜蠟とゲロの味がする」
食べられなくはない線なのがよけいにひどい。菓子が悪ければ飯にも期待できなさそうなことが不満だった。ライザが食べなかった菓子は、目的地に着くまでにオーゼンが腹に収めた。
遺物が動力の列車は二日一晩走り続け、オーゼンとライザは途中駅で下車した。最果ての地はまだ二週間以上もかかるという。年中雪に閉ざされた冬の国に向けて旅立つ列車を見送り、オーゼンとライザはうっすらと灰雪がちらつきはじめた街に踏み入れた。
夫婦が経営するこじんまりした宿で歓迎になった。夕食は量は充分だったが味が薄くてライザはこっそり塩を多量に足していた。明日の予定を聞かれて答えると、そこまで無料で走行する乗合馬車があるから使いなさい、と親切な宿屋の主人は勧める。この国いちばんの観光名所なだけあった。
翌日、朝食をとってから乗合馬車に向かった。屋台の朝食はまだましなほうで、香味野菜をたっぷり詰め込んだ、辛子饅頭に似た蒸し饅頭をライザは五つ、オーゼンは十二食べた。息が臭くなるのが難点だった。
暖房の焚かれた馬車内でまたしてもガタゴト揺られ、やがて氷の山に囲まれたふもとにたどり着く。ライザが我先にと飛び降りて、御者にチップを払ったオーゼンが続けて降りる。つんと鼻にくるすえた匂いが鼻をくすぐった。刺すような冷たい風が吹いていた。
見渡せるほどに大きな乳白色の泉が目的地だった。泉は水面に薄い雲がかかり、その周辺には溶岩が固まってできた黒い岩場がある。飲食店のある建物を中心に、この小国のどこから現れたのだと思えるほど観光客でにぎわっている。観光客は泉に浮かんでくつろいだり、マッサージを受けたり、酒を呑んだりしていた。ライザの眼が輝いた。
「オーゼン、酒買ってきてくれ! 私が行ってまた断られちゃかなわんからな!」
「ハイハイ、師匠遣いの悪い弟子だねェ」
異論はなかったのでオーゼンは場所取りをしに行ったライザに小銭を握らされた。売店で氷葡萄酒と火酒の大瓶を購入してライザが駆けていった方向に足早に歩く。雪まじりの地面にうっかりして滑っている観光客を何人も見かけた。
なるべく観光客が見られない、奥まった岩場にリュックを投げ出してライザは待っていた。いや、オーゼンを待てなくて、すでに分厚い外套と衣服とブーツを脱ぎ捨てて素っ裸で泳いでいる。頭まで深く沈んで息継ぎに顔を出すという遊びに興じ始めていたライザは、オーゼンを見つけて岸辺に寄って来た。
「あったかくて気持ちいいぞー。早く来いよー」
「犬より堪え性のない奴だねェ
……
。着替えくらい待ちたまえ」
ライザが点々と散らかした服を回収してリュックのそばに置き、オーゼンも探窟服を脱いだ。氷と黒い岩に素足をつけると冷気が伝わってひんやりする。酒瓶を地面に並べ、遺物に焼かれた肌を隠しつつオーゼンも泉に入った。
人肌ほどにぬるい湯が寒さをやわらげる。数歩進んだだけでがくんと首まで浸かった。あまり観光客が寄りつかないわけだ。ライザは自身が埋まるような深さにものともせずバシャバシャと波を立てて自在に泳いでいる。
「あ
――
」
「おっさんみたいな声が出てる」
「うるさいねえ。こっちは年なんだよ
……
」
ライザは泳ぎ回るのに飽きたとみえて、オーゼンが浮かぶ泉のふちまで来て黒岩に腰かけた。遺物の腕にライザがくっついてくるのもオーゼンは心地よさに許した。
「いい景色だなぁ。四層の秘湯よりもでかくていいだろう?」
「まァ、いいんじゃないか
……
原生生物の襲撃もないという点ではさ
……
」
「たまに渡り鳥が来るらしいぞ。けっこう美味いらしい。そうだオーゼン、酒は⁉」
おざなりな返事をしていると、あっという間にライザの気が散ってオーゼンは気だるく背後の酒瓶を指差した。ライザは泉から這い上がって取りに行く。水に濡れてもかたくなに跳ねる巻き毛が鮮烈な傷痕の残る肌に張りついていて、オーゼンは無意識にじっとライザの身体の傷の数を数えた。下手をうって傷ついたり、原生生物にやられたり、オーゼンが仕置きをした痕もある。盗掘連中とやり合って深く刺されたときの傷を見つけて、オーゼンは舌打ちした。
オーゼンの内心などつゆ知らずふたたび泉に半身を浸けたライザは下手な鼻歌をうたいながら瓶の栓を抜く。酒精の濃い匂いが弾けて湯気と混ざった。ライザはご機嫌に瓶をかたむけている。
ぷは、とライザは酒臭い息をついた。
「旨い! こいつは当たりだぞ」
「私にもくれ」
「やぁーだー! 師匠だろぉー!」
「年長者を敬いたまえよ」
「列車でお菓子分けてくれなかったじゃないか!」
「菓子は別で買ったし、酒はやったろ。いいから寄越しな」
ちょっとばかりこぼれてしまったが、オーゼンは酒瓶を強奪することに成功した。ぐいとあおるときつい酒精が渇いていた喉を焼いた。ずいぶん辛い火酒だ。まろやかな苦み、スモーキーな香りが素晴らしく欲を満たす。
「ん、たしかに旨い」
「あああぁぁー
……
! 私の酒が
……
!」
おおげさな泣き真似をしたところでちっとも可愛げなどない。続けて氷葡萄酒を開けようとするとライザが待ったをかけた。無視して口をつけようとすればマタタビを得た猫のごとく奪い取ろうとしてくる。腹いせかとオーゼンは顔をしかめる。
「なんだい。私が買ってきた酒だよ」
「待て! ちょっとだけ、思い出したから!」
あんまり必死なので三十秒だけ待ってやる気になった。ライザは転がるように泉をあがってリュックを探ると取って返してくる。ライザが両手に引っ掴んできたものを見て、オーゼンは眼を細めて口角をつり上げた。
「荷物だろうにそんなものまで持ってきたのかい」
「いい酒を見つけたらオーゼンと酒盛りしたいと思って」
ふいに、ライザの素直な笑顔にオーゼンは見惚れてしまった。その隙に酒瓶をかっさらわれ、一口ほどの猪口に酒をなみなみに注がれた。芳醇な果物の香りが透き通る。どうぞ師匠、とうやうやしく差し出された猪口をオーゼンは一息に呑み干した。
「乾杯してない!」
「あァ
……
いい酒だねェ
……
。ほれ、もう一杯」
猪口を突き出すとライザがしぶしぶという顔で二杯目の酌をしてくれる。弟子にかしずかせるのは実にいい気分だ。
またちらほらと雪が降ってきている。氷の景色にしっとりした湯、人里離れてライザとふたりきりで酒を酌み交わす。巨人の盃の秘湯で酒盛りをしたことがあったが、原生生物の襲来に緊張が解けなかったそのときよりもおだやかな時間だ。
実が氷結するまで育てた葡萄から作られる氷葡萄酒は、果実の甘味と酸味が混じり合い、華やかな香りが突き抜ける。オーゼンはほぅ、と感嘆にため息をつく。ライザは手酌をしながら首まで泉に浸かっていた。とろけそうに頬がふにゃふにゃ緩んでいる。
琥珀と黄金の酒を交互にかたむけているうちに、身体がふわふわと浮いているような心地にほぐれていく。大酒呑みで滑落亭の呑み比べにもほとんど酔わないようなライザが額と頬を赤く染めている。きっとオーゼンも似たような色をしている。にごり湯には鏡のように水面に映らないために自分ではわからなかった。
こんな褒美があるなら旅も悪くはないのかもしれない、とオーゼンは息をつく。旨いものは正義だ。あとはオーゼン好みの珍味もあれば最高なのだが。
「これで飯が旨かったら最高なのになぁー」
「次は飯が旨いところにしたまえ。一昨日(おとつい)からまずい菓子とまずい饅頭しか食ってないんだよ
……
」
「オーゼンもそう思うか⁉」
勢いよくライザが首を振ったせいでばしゃりと温水が顔にかかった。めずらしく酔ったようなライザが興奮のままに抱きついてきて、あろうことかオーゼンも肩に猪口を持っていない方の腕を回してやってしまった。
「他に要望はあるか? オーゼンが行きたいところ!」
「ううん
……
あったかいところがいい
……
」
「わかった、次は花盛りの、飯が旨い場所に行こう!」
アビスの方がいいに決まっているのに、うっかり、さも旅行を楽しんでいるふうに答えてしまったのは、酔っているせいだ。ライザがくふくふ笑いながら上機嫌にオーゼンに酒を注いでくれる。まあまあ手遅れに絆されていることには見て見ぬふりを決め込んで、オーゼンも酒に任せることにする。
ツーッと腹の白い鳥が泉を横切った。冬籠りか丸々太って旨そうだ。ライザの眼がきらめく。
「渡り鳥だ! オーゼン、弓か何か持ってないか⁉」
「ないよ」
「じゃあ石灯爆弾、リュックに入れてあるから出して!」
「ないってば。汽車に乗る前の税関で没収されたろ」
「なんでだ⁉」
「危険物だからだろ」
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