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ロンド
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奈落の大穴
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Lost Children【再録】
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三 オーゼンとライザ、地獄の門をひらく
樹木も枯れる不毛な礫砂漠地帯。生きものは岩と同化する砂ネズミやヘビの種、あるいはオオカミ。乾燥に耐えうるわずかな植物と虫が生けるものすべてを生かす。
目的地に最も近い村から徒歩にして半日、馬車を使っても半分は道も整備されていないためにちっとも楽にならない険しい道程。村唯一の宿で出会い、同行することになった冒険家たちもまるまる二日は補給がないことを承知のうえで、水や食料を買い込んでいた。
ライザもよそいきのワンピースを脱ぎ捨てて、見慣れた探窟服になった。白笛がないことだけがしっくり来なかった。
宿でたっぷりの睡眠を取った翌日、夜が明けきらぬ前から三人の若い冒険家と待ち合わせた。彼らは遠く西の国から、はるばる昼も夜もない炎を拝みに来たのだと云い、ほがらかに挨拶した。
オーゼンが寡黙な同行者であった代わりに、ライザが景気よく冒険家たちと喋っていた。世界最後の秘境アビスの際(きわ)、大穴の街オースから来たのだと云えば、冒険家たちは口々に驚いて、いずれ訪れてみたいものだと褒めそやした。ライザは鼻高々にオースと、アビスの素晴らしさを語った。
若い冒険家たちも生まれ故郷の話をした。彼らの国では恵みを降り注ぐ太陽が信仰の対象なのだった。逆に月は人を狂わせるとして畏れられる。王族にはまれに月に呪われた子供が生まれるのだと云う。太陽の光を浴びることを拒まれて、十を迎えられずに死ぬ運命なのだと。
ライザは他国の伝承を熱心に訊いたし、オーゼンも無口なままに耳をかたむける。
「そいつは君たちは見たことあるのか?」
いいや、と一人が答える。庶民には縁遠い物語であるし、何十年もそんな子供がいると聞いていない。
「なんだ、つまらんなぁ」
ライザはがっかりしたようにつぶやいた。
日は薄く広がる雲に隠されて、さえぎるものがほとんどない砂漠の中とあってはまたとない良天候だった。とはいえ倒れかかった剥げた標識と、コンパスと時計とかすかな足跡が頼りの行路で、たびたび砂塵嵐にさいなまれる。四度目にもなる足止めの後、さて
――
と一行が息をついたときのことだ。
砂嵐にまぎれて近づいていたのか。足音がかき消されて、砂漠の獣が目前に迫っていた。
しなやかな四つ足の体躯はまだらな灰色。この礫砂漠で目撃されるオオカミはいずれも単独だった例にもれなかったが、主に夜行性で遭遇には早い時間のはずだ、などと悠長に考える間もなくオーゼンは突撃していた。最重装の遺物の外套を纏っていないことは百も承知だったが、『千本楔(ヘルスジャンキー)』は腕に埋め込まれて外せないのでそのままあった。急に突進してきた獲物にオオカミはひるみ、全身の毛を逆立てて後退する。勝負は一瞬で決着がついた。空高くに突き飛ばされたオオカミは地面に激突し、かぼそい断末魔を上げて震えているうちに動かなくなった。
腰に衝撃が当たり、オーゼンはとっさに払いのけて軽々と避けられた。ライザがぴょんぴょんオーゼンにまとわりついて果てには腕にぶら下がろうとしてくるので、虫よろしく叩き落とそうとしたがかなわなかった。
「やったぞ、さすがオーゼンだ! どんな味がするかなぁ! 『しわ鍋』も小さいのだが持ってきてるんだ」
すげなくされてもライザはいそいそとオオカミの前にしゃがみ、その場で解体を始める。オーゼンも手伝いながら、ふと存在を思い出して同行者を振り返ると、三人ともそろって腰を抜かしていた。
皮剥ぎや血抜きの処理を済ませてひとまとめに包み、オーゼンが担いだ。冒険家たちは自分たちも分け合って運ぶと云ったがオーゼンは首を振って断った。二十キログラムを超えるだろうオオカミ肉もオーゼンからすれば気を失った人間を担ぐよりはるかにたやすい。探窟中ならば『不動卿』にそんな不遜な申し出をする度胸の探窟家はいないので、勝手の違いには少なからず面食らった。
さらに休まず歩くこと二時間ほど、日が天空を真っ赤に染めるころ、ぼやけた地平線に燎原の火のごとくの轟音がとどろいた。見渡すかぎりの礫砂漠に、突如として不可思議な炎の柱が登場したのだ。冒険家たちはあんぐりと眼を見張り、ライザは興奮のあまり一行を置いて走り出した。
それは巨人の落とし穴かクレーターか
――
アビスほどに立派な大穴ではないが。火山の火口が平坦な風景にぽっかりと口を開けている。腐った卵のような臭気がただよい、火炎が断続的に吹き荒れ、火花をちりばめた石を周囲に巻き散らす。地獄の入り口とは云い得て妙だった。近づきすぎれば火をまとう石に火傷を負い、さもなければ地獄の釜へ真っ逆さま。日が落ちるころだというのに、周囲はまばゆいほどに明るかった。
昼も夜もない
――
は噂の誇張だろうとオーゼンは思ったが、旅人には遠目にもわかるよい目印だった。
「見ろ、オーゼン! 火の熱泉みたいだ!」
「いちいち云わんでも見えてるよ。やれやれ、火起こしの手間がはぶけた」
「じゃあ任せた。私たちは円周一周してくる!」
「はいはい」
返事を聞き届ける前に、ライザは若い衆と一緒になって駆け出していた。ひとり置いていかれたオーゼンは憂鬱にため息をつく。オーゼンはライザが投げ出していったリュックから調理器具を取り出し、食事の準備を始めた。
『しわ鍋』に水筒の真水を少しずつ注ぎながら鍋をかたむけて水を全体に行き渡らせる。オーゼンにとっての小鍋ほどに膨らんだ。熱せられた石を拾い集めて、即席かまどに。オオカミ肉をナイフでそぎ落とし、鍋にあふれんばかりになると、重石で蓋をして、少ない水で蒸し焼きにした。その間も、わずか数十メートル先で地獄の門が断続的に火炎を噴いていた。
地べたに座り込んで慣れた作業をこなしながらオーゼンの頭を巡らせるのは、ライザのことだ。旅行をねだられたときからずっと、歯車がずれたような違和感が降り積もっていて、それが不快だった。
生まれたときにはアビスを目指していたような、オーゼンに三度蹴られてもついてくるような、あまつさえ笑顔で師匠にならないかだののたまうような、生粋のアビス馬鹿が旅行したいと云ったとき。オーゼンはプライベートな深層探窟のおねだりなのかと思った。互いに白笛になってからは揃っての長期探窟もろくになかったし、うるさい弟子とふたりきりなのも退屈しないだろう。そう打算をつけて計画に乗った。
ところが西区の奈落門に行くのかと思えば北区の港に足を運び、探窟家の乗らない国外の客船に乗り込み、そこらの町娘のようなワンピースに身を包んで、
……
。似合わない、とオーゼンは思う。なにをするにつけても、アビスの話にしか興味を示さなかったようなライザが、アビスを遠く離れるなど。
オーゼンにはアビスから離れた生活なぞ考えられない。いまだって、すぐにでも引き返して大穴に飛び込みたいような渇望に襲われているというのに。
花火を打ち上げたような閃光と衝撃音に、オーゼンは異国の地に引き戻される。地獄の竜がとびきり大きな慟哭を鳴らしたのだった。鍋がシュンシュンと吹きこぼれていた。
「おぉ
――
い、オーゼン!」
ライザが大手を振りながら戻ってきた。冒険家たちが引き離されながら疲れきった顔で後に続いている。
「楽しかった! 向こうっ側にもいっぱい穴があって、ぐわぁーって!」
「そうかい。飯は待ちな」
ライザは隣に腰を落ち着けるなり、重石をよけて肉鍋をかき混ぜているオーゼンの膝に、無遠慮に頭を乗せて寝転がった。
「邪魔だよ。あいつらと遊んできな」
「ふふっ、嫉妬してるのか、オーゼン?」
「いますぐ火孔に蹴り出してもいいんだよ」
「魅力的なお誘いだが、いまはやめておこう。あの中は有毒ガスが蔓延しているようだし、『空気まんじゅう(マーマイントバーブ)』がなきゃ火だるまになる前におだぶつだ。それに、底までの約二十メートルに対して横穴は合計三十にのぼるけど、どれもたいした距離も行かずに行き止まり。神秘も面白味もありやしないさ」
「お前さんは十二分に楽しんでいるようだけど」
「オーゼンは楽しくないのか?」
ここで楽しくないから帰ろう、と云えばライザは納得するのだろうか。ただ、仰向けに見上げてくるライザの瞳のきらめきを見ていると、意地悪をしてやりたい気分がしぼんでしまって、蒸し焼きに塩と香辛料を振ることに集中するふりをする。なぁなぁ、と機嫌をとるように腰にまわしてくる腕がわずらわしかったのでオーゼンは腹に肘鉄を喰らわせた。ライザがぐぇっと空気を潰した咳をした。
「でかいだけの火焔なんて三層の凍熱坑道に見れるじゃないか」
「それもそうだなぁ! 考えておくよ。なぁオーゼン、飯できたのか? 腹減った」
ライザは一息に起き上がって、火口から離れたところにテントを張っていた冒険家たちに合図を送って誘った。せわしなく力いっぱいに満喫しているらしいライザに、オーゼンの気分はざわつく。
オーゼンが仕留めたオオカミ肉の蒸し焼きは、若い冒険家たちもライザにも好評だった。オーゼンはそのうちの半分を陣取った。
それから、ライザが寝袋に入って見張り交代までの仮眠を取っている間、ライザを背にあぐらをかいて、夜空をかき消すような炎をぼんやりと眺めていた。
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