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ロンド
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奈落の大穴
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Lost Children【再録】
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七 オーゼンとライザ、古代都市をあまかける
飛行船から降り立った街は山の中腹を削るように造られていた。石造りの青い壁が照りつくように眼にまぶしく、空気も澄んでいながら薄い。オーゼンとライザは大衆食堂で肉を中心にたらふく食べた。高山のヤギ肉は筋張った赤身で、香辛料で焼き上げるとたいへんに旨かった。食後には高山病予防になるという茶を飲んだ。その茶葉を食む習慣があるらしく、道行く人はみな口に含んで噛んでいた。
街の中心部の広場には露天市がにぎわい、青果や日用品や家具にいたるまで、あらゆる声がかけられている。オーゼンとライザは手分けして食料を買い込んだ。共用語がまったく通じず、オーゼンは指差しと短い単語で買い物しつつ悪態をついた。
ライザは噴水前で合流するなり、石垣に腰掛けていたオーゼンの外套を引っ張った。
「オーゼン、かがんでくれよ」
「私はくたびれたんだけど」
「可愛い弟子のおねだりなんだぞ」
「弟子のわがままは毎日聞いてやってるだろ」
押し問答していると首を折られそうな様子だったので、オーゼンが猫背に身をかがめると、首にくすぐったいものが巻かれた。ライザがふんふんと喉を鳴らしながら端と端を結ぶ。この街の女が流行なのかよく身につけていて、露天市でいくつも出店していた布屋でも見かけていた柄物のスカーフだった。透ける黒地に鳥を幾何学的に図解した刺繡がほどこされている。
「うん、思った通り似合う」
「
……
私に?」
「せっかく旅行してるのにいつもの服ばっかりだったろ? 旅に土産はつきものなんだ」
そんなの知らないよ、と喉まで出かかった憎まれ口をオーゼンは呑み込んだ。
「悪くはないんじゃないかい」
ライザが誇らしげな笑顔を浮かべたのをオーゼンは眼に焼きつける。たしかに悪くはなかった。ライザが楽しそうだったから。
翌々日からはさらに山の頂上を目指してキャラバンと行動することとあいなった。かれらは山の頂上付近の村まではるばる物資を売りに行くのだった。
キャラバンの隊長は痩せた髭の老人で、御者や炊事番のほかに、医師や薬師や見習い小僧もいて、まるで小さな村がまるごと移動しているようなものだった。獣除けの犬や、のろのろ歩く荷運びの家畜も連れていた。家畜はオースでも飼われている種だが、ひとまわり大型で、ライザがうろちょろ頭からおしりまで観察していたらかなり香ばしいおならを被った。御者娘がけらけらと膝を叩いて笑った。
一日の半分を、整備されてはいるがきつい山道を歩き通す。あちこちに古い時代の遺跡が見え隠れする。山道もかつてこの地を治めた王国が造ったものが下地になっているのだ。ライザはアビスの方が古いと自慢した。しかしこの山の遺跡は建築方法や利用方法がとうに解明されていて、いまの街造りに貢献しているのだから格段に偉いのだ、というようなことを医者の嫁が云い張るのでライザと弁論になり、オーゼンが軽く指でひたいを小突いて双方痛み分けと収まった。
ライザは対抗するようにアビスの素晴らしさを熱烈に語った。険しくも美しい自然、そこに繁栄する原生生物、不可思議な呪い、神秘に満ちた遺物。求められてオーゼンも一言ふたこと付け加える。焚火に温まりながら、見習いの少年は薬師の先生の膝に乗って、ライザの冒険譚に眼を輝かせて身を乗り出すように聞いていた。
一行はゆるやかに進み、四日目に村に辿り着いた。一行まるごとを受け入れられる宿がなく、キャラバンの犬が伏せたそばで野宿し、空が白むのを待ってオーゼンとライザはキャラバンと別れた。
涼しい風が聞こえるさわやかな朝だった。空は快晴で、標高が高いために地面近くに薄霧がかかっていた。オーゼンとライザは霧が晴れるのを待った。
霧の切れ間に都市が現れる。
高山の頂(いただき)を抱く古代都市。かつては麗しい花々をふんだんに咲かせた空中庭園。大理石で建てられた天空神殿。滅びてから千年以上、遺跡は手つかずのまま今日(こんにち)まで保管されている。近隣の村の住民は、鳥を神の遣いと崇めた古き民の末裔だというが、
――
。
「美しいな」
ライザがまぶしそうに手を掲げる。朝日が本格的に昇ってくる。神殿であった石垣の建物に日の光が差し込み、計算された屈折によって都市全体をいっそうあかるく照らし出す。自然の緑と都市の白の見事な明暗が映えた。独自の生態系を育むという遠景には底のない滝が流れ落ちて雲を生み出している。生けるものはオーゼンとライザだけだった。
ゆったりした足取りで二人は低草が埋め尽くす古代都市をめぐる。
「アビスの黄金郷はこういうものを云うんだろうな」
「ここよりは温暖だろうけどね」
「水の確保が課題だな。もしかすると水にも毒生物が住んでるかもしれないぞ」
「考えたくもないねェ。六層といや、時計塔らしきモノが浮かんでいたとか
……
こういう絶壁の建造物かもしれないなァ」
「なんだそれ⁉ 聞いたことないぞ! なぁオーゼン、私だって白笛になったのになんで内緒にしてるんだよー!」
「ぜんぶ教えたらつまらんだろ」
話せばアビスのことばかりだ。ここぞとばかりにライザは白笛の秘密を訊ね、オーゼンは包み隠さず答えた。ふたりきりなので誰かに盗み聞きされる配慮もいらない。ずいぶん長い話になった。
腹が空いてきて、リュックを下ろして均等に積まれた石垣にどっしりと座り込み、街で買い込んだ黒パンに塩辛い燻製ハムを挟んだサンドイッチを食べた。
ライザはあっという間にぺろりと平らげると、紙とペンを取り出してスケッチを描き始めた。ライザの筆跡は最初の港町から始まり、飯と生物とときどき遠景のような落書きを量産する。走り書きすぎて読みづらいのに、情景がありありと映し出される。オーゼンはライザが描いている間、ハムを増量しつつ残りを食べ尽くした。
ライザが筆を置いたのを待って、オーゼンは訊ねた。
「気は済んだかい」
「うん」
うわの空のような短い返答だった。
オーゼンは疲れたため息をつく。
「とんでもなく遠くまで来たもんだ。だいたい、どうしたって海外なんか
……
」
「だって、オーゼンはアビスを知り尽くしてるじゃないか」
夜空色の瞳が一瞬潤んだように揺れて、瞬きに消える。長い奈落髪が風に吹かれて、ライザは前髪ごとかきあげた。
「底は見たことがないよ」
「わかってる! でも、オーゼンはアビスのたいていのところを冒険してるだろう? 絶界行(ラストダイブ)は駄目だっていうなら、オーゼンが行ったことない場所に行くしか、私のもんにならないじゃないか!」
子供の駄々をこねるようなわがままだ。オーゼンはすっかり呆れ果ててしまった。白笛になってもなお、生意気で自意識過剰で無鉄砲な赤笛だったころとちっとも変わっていない。だいたい、旅行している間もアビスの話ばかりしていた。それでは望郷を忘れたくても忘れられないではないか。
「私だって、たまにはオーゼンを独り占めしたかったんだ」
拗ねてふくれた頬が完璧に熟れていたのでオーゼンは吹き出す。ますますライザがふてくされた。
「馬鹿だねェ」
「馬鹿とはなんだぁっ‼」
「私もお前さんも、アビスを出ていったって他に還るところもないだろうに。よくもまあ、粘ったもんだよ
……
」
くしゃりと頭をかき回したらぼろぼろ泣き出したのはライザの勝手であって、決してオーゼンのせいではないはずだ。叩いても蹴っても小突いてもいないし。オーゼンは服をハンカチ代わりにすることを許してやるほど優しくはないので、袖をじっとり濡らして泣きじゃくるライザの頭を撫でてやるだけにとどめる。そうしたら、ライザが懐に飛びついてきて結局しわだらけのぐしゃぐしゃにされた。
オースを飛び出して、西へ東へ北へ空へ。ふたりでなら、きっとどこまででも行けるに違いない。オーゼンは想像してみる。ライザとともに、白笛の地位も矜持もすべて投げ捨てて、世界の果てまで駆けて行くことを。
きっと最期にはアビスに戻ってくるほかないのだ。オーゼンはアビスで生きるすべしか知らない。ライザとて同じだろう。すべてが踏み荒らされたこの世界で、未知への憧れが眠っているのはアビスだけなのだから。
「ライザ、帰ろう」
ライザが昔に戻ったように腰にしがみついたまま、顔を見せないでこくこくとうなずく。本当に遠くまで来たものだった。アビスの底はこの比ではないだろう。いずれ本当の絶界行(ラストダイブ)に踏み入るときにはオーゼン自らライザの手を引いてやってもいいかもしれない。
ひと吹きの風がライザの奈落髪とともに描き上げたばかりのスケッチをも掬い上げる。オーゼンは瞠目する。旅の記憶を記した数枚の紙きれは、トコシエコウの花びらが舞い散るように、涼しくも異国の匂いがする風を受けて二転三転とくるくると舞い踊りながら、オーゼンでも手の届かない遥か下方の緑の谷間へと吸い込まれていった。
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