ロンド
25550文字
Public 奈落の大穴
 

Lost Children【再録】



   こぼれ話 仮装パレード


 何十メートルも続く仮装パレードを横目に人混みを通り抜け、目当ての食堂に入る。まだ昼飯時でなかったり、パレードが祭りの目玉であるからして――店内は落ち着いた様子だったが、それもいまに繁盛するだろう。ライザは窓際のいっとういい席で黒麦酒を呑んでいて、オーゼンに気づくと大手を振った。彼女もまた、ほおに橙色の花のボディペイントをほどこして、大きなつばあり帽子をかぶっている。袖が膨らんだ黒いフリル衣装も含めて祭りの借り物だ。
「オーゼン! 遅かったな!」
「お前さんの頼みだろ」
「そりゃそうだったな。で、首尾は?」
 ライザは通りすがりの給仕に黒麦酒のおかわりとオーゼンのぶんを注文して、わくわく顔でオーゼンが持つ紙袋に身を乗り出した。紙袋の中身は、屋台飯の粗挽きソーセージ、数種類の豆のパイ包み、花をあしらった揚げ砂糖菓子、干し果物を練り込んだ固めのパン、甘辛く炒めたひき肉の団子……。古びた丸テーブルはほかほか出来立ての飯で埋め尽くされた。
 黒麦酒で乾杯して、さっそくオーゼンはパイ包みにかぶりついた。ライザは両手を砂糖と油まみれにしながら素手で熱々の菓子を口に放り込む。ふかふか何か云っているが、湯気に邪魔されてなんと喋っているのかわからない。
「あっつい!」
「またお前さんはそんなに汚して」
「旨いぞ、オーゼン! 冷や酒が喉にきゅーっと来るんだ!」
「はいはい。話聞いてないね。気に入ったならなによりだよ」
 オーゼンもライザに負けじとソーセージを一口で飲み込んだ。香ばしい肉の匂いが鼻を突き抜ける。あまり早くなくなるので、オーゼンは酒のおかわりと大皿料理を注文した。
 今度は茹で野菜と豆とハムと茹で卵と冷製肉が見目麗しく盛られた料理がテーブルを占領する。これまた黒麦酒がよく合った。酸味のあるソースが絡み合う。
 開け放たれた窓から眺められる仮装パレードはすでに終盤、花火と吹き玉と紙吹雪でいっそう賑やかしい。熱狂的にパレードを見送る人々が押し合いへし合いしながらパレードを追いかけていく。
「なあオーゼン、提案なんだが」
 上目遣いでライザがおねだりしてくるときは、たいていろくな提案でないことは身に染みてわかっているのだが、オーゼンは外の様子を見ていて無意識に適当な相槌をうった。
……ン」
「やった! じゃああとで! 実は、一度オーゼンの顔に化粧をしてみたかったんだ」
……なんだって。嫌だよ」
「なんでさ、私とお揃いなんだぞ。衣装だってオーゼンみたいなの選んだのに」
 ライザが膨れっ面で唇を尖らせる。そのフリルだらけの服のどこが私みたいなんだ、とオーゼンが訊ねる前に、仮装した団体客がなだれ込んできて、聞きそびれてしまった。





   こぼれ話 川下り


「この川、ワニがいるってさ。毎年何人か食われてるとか」
「ワニ肉は旨いらしいけど」
「本当か⁉ オーゼン、もし見つけたら教えてくれ。捕まえてみせる!」
「馬鹿云うんじゃないよ。こんな川のど真ん中でどうやって調理するんだい」
「このロープで村まで牽引して、解体して食う!」
 オーゼンは手漕ぎボートに引きずられていくワニを想像する。悪くない案だが、張り切って水面を覗き込むライザは止めた方がいいかもしれない。興奮して暴れてボートがひっくり返ったら、泥水のような川に二人してぼちゃん、である。
 アビスの原生生物でもないただの人喰いワニに食われるのは御免なので、オーゼンはオールをライザに押しつけた。ライザはしぶしぶという顔でオーゼンと位置を交代して漕ぎ出した。
 ライザが両手のオールを押すたびに、川の流れも手伝ってゆったりと浮き沈みしながらボートは進む。川は地元の村人が上流に向かう船とときどきすれ違う。ライザはそのたびに手を振って挨拶した。周囲は深い熱帯雨林に囲まれていて、この辺りの村々にとっては、川が唯一の移動手段なのだった。
 川沿いだろうが生き血を吸うヒルが巣くい、足元には皮膚を焼く植物が生い茂る。森の中は凶暴な生物が縄張りを争っているために道を拓(ひら)けない。たとえ肉食のワニが生息していようとも、夜行性であるからと行き交う村人たちは陽気なものだ。
 ライザが以前立ち寄った港町で聞いた船乗りの歌をふんふんと鼻歌でうたっているのを聞き流しながら、オーゼンはガイドブックを開く。
 ざぱぁん、とボートが大きく波に揺られる。気だるく顔を上げたオーゼンは、目前にワニが牙の生え揃った大口を開けているのを見つけた。舌は分厚く、喉は赤く、牙は黄ばんで臭い息を吐く。ワニの濁った白眼と目が合った。
「なんだ、晩メシになりに来たのか」
 ボートが前のめりになったオーゼンの方に大きく傾く。ライザが楽しげな悲鳴を叫んだ。オーゼンはぽきぽきと骨を鳴らして立ち上がると、上顎と下顎を両手で引っ掴み、腕力をもってして閉じた。
 数分後、ロープでぐるぐる巻きにされて川に浮かぶワニをボートに括りつけて出発した。