とある呪術師の息抜き

あの『とある呪術師の息抜き』がリメイクされて帰ってきた!!



第七章 別れ


戦が終わり、焼け落ちた城の煙がようやく晴れた頃。
荒栖原へと避難していた民たちがぽつぽつと戻り始めていた。

その地に立つ一人の男──橿本の姿を見つけた瞬間、歓声が上がる。

「呪術師殿!」
「もう行かれてしまうのですか」
人々は口々に問いかけてきた。
「まぁな。故郷に帰らねばならんのだ。それにしても予言めいたことを言ったが、あのような大掛かりな雨乞いは必要なかったな。すまなかった」
橿本は笑いながらそう言った。
「とんでもない。皆が無事だったのは荒栖原に居たからだ!」
「家にいたら逃げようとして怪我をしていたに違いないよ」
「城の火事も雨のおかげで早く消えた。みんなの思いが通じてお天道様が早く消してくれたんだ」
感謝の声が次々と上がる。
橿本はその一つひとつに頷くでもなく、どこか遠くを見るように、静かに微笑んでいた。
「呪術師殿。何度聞いても名を教えてもらえなかったが、後生だ。命の恩人の名を知っておきたい!」

……………通りすがりの呪術師だ。忘れてもらって構わんぞ? わははは!」

そう言い残し、橿本は手を振って荒栖原の道をあとにした。
民は名を呼び、感謝の言葉を重ねた。中には駆け寄ろうとする者もいた。
だが、誰も彼の裾を掴もうとはしなかった。
この国に留まってほしい──そんな想いは、誰の胸にもあった。
けれど同時に、彼が去るべき時を自ら決めていたことも皆は感じ取っていた。

その背を見送ること。
それこそが彼に対する敬意であり、恩返しである。
民は、そう信じていた。









「帰ろ帰ろ~」

と機嫌よく鼻歌を歌う橿本の姿が、静かな林の中にあった。
「うむ! 見立て通り、美しい念がこもっている。これは素晴らしい呪物になるぞ!」
かつては多くの祈りと祝福が、この指輪に注がれていた。
今仲と志鶴姫の間にあった愛も、民の希望も──そのすべてがこの小さな輪に宿っていたのだ。
だが今は違う。
志鶴姫の絶望と、痛みと、裏切られた叫びすらも、この指輪に深く染み込んでいる。

だからこそ……美しい。
穢れと祈り、その相反する念が混ざり合った今こそ、呪物として最も完成に近い形だと橿本は感じていた。


橿本はそれをひとしきり眺めると、ふと眉を寄せた。
「指をとるのを忘れていた。これはいらん」
すぽっと抜き取った志鶴姫の指を、人工霊へ差し出す。
人工霊は静かにそれを受け取ると、骨の手で姫の指を挟み──ぐしゃりと押し潰した。
骨の隙間から血がにじみ、大地にぽつぽつと染みを落とす。
「楽しく帰ろう~」
再びそう呟きながら橿本は杖をくるりと一度振った。
それを股に構えると、ふわりと地を離れ、風に乗って身体が浮かび上がる。
布が風をはらみ、身体ごと空へと舞い上がっていく。
林の梢を越え、やがて彼の姿は青空の彼方へと消えていった。



荒栖原の丘に集っていた子らは、その様子をただ黙って見上げていた。
小さく手を振る者もいたが、声はひとつも上がらなかった。
──後に荒栖原ではこう語られることになる。

「呪術師殿は、空を飛んで帰っていったんだよ」と。