とある呪術師の息抜き

あの『とある呪術師の息抜き』がリメイクされて帰ってきた!!



第四章 亡国の炎


尾威の国に不穏な噂が流れはじめた。
次の満月の夜……この国は大火に見舞われ、終わりを迎えるという。誰が言い出したのかは定かでない。だが、その噂はくすぶる煙のようにじわじわと、しかし確実に国中へ広がっていった。

「その噂は現実になるだろうな」
そう口にしたのは、他でもない橿本であった。

彼は呪医として、城内ばかりか尾威の民の間にもその名を広めていた。
薬を与え、病を癒し、優しい言葉をかけながら人々に寄り添う──その姿は、いつしか“信頼”と呼ばれるものになっていた。
「長き戦で怨嗟が積もりに積もっている。満月は魔を呼びやすい。抑えが効かぬところまで来てしまったようだ……
橿本は静かに語る。民たちは信じきれぬという顔で、それでもどこか怯えている。

「俺達はこの国を救いたい。ここから出て行くことはできない! どうすれば良い!? 教えてくれ呪医殿!」

嘆きと祈りの混じった声が民の口から溢れる。逃げ出すこともできず、焦りを深めていく人々。
「そうだな少し遠いが、この国から南へ行ったところに大きな高台があるだろう。そこで雨乞いをしよう。
だがこの国を包むほどの炎となれば、自分一人では止めることが出来ない。皆の協力が必要だ」

「荒栖原へ行くのか?」
……あそこは忘れられた地だ。わしは行きたくない!」
「みんなで行かないといけないの? 弱っている者も連れて?」

荒栖原──かつて尾威で天災が起きたとき、多くの民を救った避難地。
高台に広がるその地は、命を抱え込み、悲しみと祈りを受け止めた場所だった。
だがその後の戦乱において、敵兵に追われた民が再びこの地に逃れたとき、待っていたのは救いではなく惨たらしい皆殺し。その記憶はあまりに凄惨で、語り継がれることすら避けられた。人々の記憶から、荒栖原という名が静かに薄れていったのはある意味で当然だった。
「皆でやらねばならん。時間はかかるだろうが、愛する国のためだ。皆で助け合いながら荒栖原を目指そうではないか! わははは」
その言葉に、沈みかけていた民の心にかすかな光が差し込んだ。


次の日。
尾威の民たちは、年老いた者を背負い、病める者を台車に乗せ、互いに手を取り合いながら歩き始めた。
向かう先は、長く人の記憶から忘れられていた地──荒栖原。その道のりは険しく、苦しいものであったが、誰もが国を救うという意思のもとで動いていた。
そしてその群れの先頭に立つのは、ただ一人の呪術師。
背筋はまっすぐに伸び、何かを背負う覚悟をにじませながら、霧の中を静かに進んでいく。




荒栖原へ向かう道中。
一人の老婆がふと立ち止まり、橿本の背をじっと見つめて呟いた。

……あれは人じゃないものが、いっしょに歩いとるよ」

日頃から“見える”と言っては不思議なことばかり口にしていた女である。
だがその声に耳を貸す者はいなかった。誰もが信じるべき道を進んでおり、振り返る余裕などなかったのだ。 それでも老婆は、最後まで橿本の背を目で追っていた。
黒布の下に蠢く何かを、彼女だけは見ていたのだ。