とある呪術師の息抜き

あの『とある呪術師の息抜き』がリメイクされて帰ってきた!!



第六章 真相


橿本が「宝」の運び手として恵刃へ向かうその日、数見荒正は密かに一人の忍びを後をつけさせていた。 表向きには護衛をつけないという素振りを見せながら、裏では監視の目を光らせていたのだ。

その忍びは橿本には一切気づかれぬよう距離を取り、三日目の夜までは尾行を続けていたが、その夜──。

忍びは何者かによって喉を裂かれ、衣服を剥ぎ取られたうえで、林の奥に打ち捨てられていた。
その遺体は“山賊の仕業”だと思わせる姿をしていた。


忍びの存在すら知らされていなかった橿本は、死体の発見にも反応を示さなかった。
ただ淡々と、尾威の国の使者としての務めを果たすべく、恵刃の門をくぐったのである。




「宝」の一部を恵刃の国へ送る際に、橿本は始めから今仲と密かに話を交わしていた。
『これから四つの宝を恵刃の国へ送る。その役目をお前に命ずる。必ず送り届けるように』
橿本は自分が尾威の使者という立場に押し込まれ、従わざるを得なかったと静かに告げた。
「その“使者”である貴殿に監視の目はついているのか?」
「もちろん。消えてもらったがな」
あまりに淡々とした口調に、今仲はわずかに眉を動かす。
「どういうことだ」
「こうして話せなくなるだろう?
なに、山賊に襲われたかのように見せかけてある。心配するな」
橿本は夕餉の献立でも話すような穏やかさで言う。
今仲の顔には怒りも疑いも浮かばなかった。
ただその男の本性を、改めて確認するような沈黙が二人の間に落ちていた。

しかし……志鶴姫が無惨な姿にされてしまったと、怒りと悲しみに震える今仲に橿本は諭すように語る。
「落ち着け。短気を起こせば、宝とされた奥方は貴殿の元でもあるこの国へ戻ってこれないかもしれん。
自分が必ず奥方を送り届ける。それが供養に繋がると信じているからな」
さらに続けて口を開く。
「そして数見荒正に必ず勝つ方法を教える。だから、今だけは怒りを静めてほしい。
その代わり尾威の国の城以外の土地と民には何もしないでほしい。彼らには罪がないのだから」
今仲は黙って頷いた。
愛する者を失いながらも、国主としての誇りと理性をかろうじて保っている。
怒りに任せて暴走することなく……最後まで道を踏み外さなかった。



すべては、橿本が望んだ通りに。








橿本が背を向けたそのとき、今仲が声をかけた。
……最後にひとつだけ、どうしても聞いておきたい」
橿本は足を止めたが振り返らない。
しばしの沈黙ののち、背中越しに問いが続いた。

「呪術師殿は我が妻が殺されるところは見ていないのか?」

静かな問いかけだった。怒気も恨みもそこにはない。あるのは……ただ、確かめたいという意志のみ。
橿本はわずかに視線を動かし、答えた。
「箱の中身が何なのかは知らされていたが……
それきり、言葉は途切れた。
今仲は小さく息を吐き、目を伏せる。
…………そうか。指輪が、なかったのだ」
「指輪?」
橿本が問い返すと今仲は短く頷いた。
その声は静かで、悲しみすらすでに通り過ぎたもののように聞こえる。
「妻がとても大切にしていた指輪がなくなっていた。あの城を隈なく探したが、どこにもない。……きっと、最期まで手にしていたのだと思いたい」
橿本は目を伏せ、そっと唇を結ぶ。
「そうか……それは残念なことだ」
「呪術では見つけ…………られないか。すまない。忘れてくれ」
「わかった。この話は聞かなかったことにしよう」

ふたりの言葉はそれ以上続かなかった。風が金陽山の麓を渡っていき、どこからか鳥の声がかすかに届く。だがその静けさは、決して虚無ではなく、ひとつの別れを確かに見送るための静寂であった。