とある呪術師の息抜き

あの『とある呪術師の息抜き』がリメイクされて帰ってきた!!



第三章 宝とされしもの


尾威の城の地下。
冷たく湿った牢獄の一角に、志鶴姫の姿があった。
その瞳は怯えに濁り、かすかに震えている。だが気高さを失っていなかった。
紅葉色の髪は乱れ、着衣も乱れていたが、姫としての品格はなおその身に宿っている。
「誰!? 」
鉄格子の向こうに現れた人影に、志鶴姫は身を強張らせて叫ぶ。
「貴方は奥方様ではないか」
聞き慣れた声だった。志鶴姫の目が見開かれる。
「!? あの時の呪術師殿? どうしてここに」
橿本は穏やかな笑みを浮かべたまま、格子越しに近づいて答えた。
「恵刃の国を出た後に立ち寄ったのだ。ここの国主が病を患っていると聞いて気になってな。そうしたら、怪我人がいるからついでに診てくれと」
彼が言い終えるよりも早く、志鶴姫は橿本のもとへ駆け寄り、格子を挟んで肩にしがみついた。
「助けて! 助けてちょうだい!! あの連中は私を人質にとって我が国を攻めるつもりなのよ!」
その声は切実そのもので、長らく押し殺していた恐怖が一気にあふれ出していた。
橿本は人差し指を唇に当て、軽く首を振る。
「声が大きい」
その仕草に志鶴姫ははっとして息を呑む。橿本の声は穏やかだったが、どこか現実感を欠いた静けさを帯びていた。
……道を探し出せるか、探ってみよう。つらいとは思うがそれまで待っていてほしい」
その一言に張り詰めていたものが緩み、姫の肩から力が抜けた。
志鶴姫はそのまま橿本の肩に身を預け、嗚咽を漏らす。
耐え続けていた心の鎧が音もなく崩れていった。
その肩に添えられた左手。
薬指には、かつて恵刃の民が祝福の意を込めて贈った金の指輪が、なおも美しく輝きを放っていた。
橿本は志鶴姫の手にそっと触れる。慰めるように、優しく。
だが、その眼差しはどこか遠くを見ている。冷たい静けさの底に感情の波は浮かばない。
志鶴姫は希望を託すように、橿本にすがったのだった。


その夜、牢の外を掃除していた子どもたちが小声でこう言ったという。
……腕だけの、おばけが浮いてた」
「呪術師様の背中に……骨の手みたいなのが、白くて、細くて……!ふわふわ浮いてたんだっ!」
しかし大人たちは一様に首を振った。
「疲れてるんだろう」「夢でも見たんだな」と、誰も本気にはしなかった。
やがて子どもたち自身も、そのときのことを忘れてしまったという。









──その後、志鶴姫は牢から出された。
だがそれは救いではなく、さらなる地獄の幕開けに過ぎなかった。


石の壁に囲まれた薄暗い一室へと連れ込まれ、戸が重く閉ざされる。
「助けて!! 呪術師殿! 助けてくれるって言ったでしょう!? 」
悲鳴のような叫びが壁に反響しながら響き渡る。
橿本は扉の前に立ち、静かに首を傾げた。
……そんなことは言っていないぞ?」
その声は優しくさえあった。だがその言葉が届いた瞬間、姫の顔から血の気が引いていく。
──そう、橿本は「道を探し出す」と言っただけで、助けるとは一度も口にしていなかったのだ。

「これだけの苦を味わったからには来世では幸せになれるだろう。それなりに、な」

この後に待ち受ける運命を、姫はまだ知らない。
閉ざされたその部屋で、彼女の肉体は“宝”へと加工されていくのだ。
足、腕、胴、そして髪──そのすべてが切り分けられ、順に恵刃へ送りつけられる。
それは橿本が、今仲慎之助の心を叩き潰すために用意した“圧”そのものだった。

姫の絶叫が、閉ざされた空間の奥深くに響いた。
橿本はその背を向けたまま、振り返ることなくその場を離れていく。

こうして志鶴姫は、「宝」として扱われる存在となった。
そして、やがてその一部が恵刃の国へと送り返されることになる。








最初に届いたのは足だった。
紅葉色の布で丁寧に包まれ、まるで供物のような体裁をしている。
包みを開いたとき、部屋にいた者たちは皆、息を呑み、目を見開いた。
誰のものかなど誰ひとり口にできなかった。
けれど、今仲だけは黙って頷く。

あの爪の形、肌の白さ、そして佇まいまでもが──志鶴だった。

その後、二の腕、胴体、髪……
月が満ちるたびに、“宝”は一つずつ増えていく。

今仲は誰の前でも涙を見せなかった。
ただ静かに箱を抱き、無言のまま、それを奥の部屋へと運ばせた。