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2025-04-04 14:06:13
10685文字
Public 演劇【推しの子】
 

虚ろの手紙

廻り金魚の後、旅を続ける匁から届く手紙。
※捏造に捏造を重ねているので訳がわからんところもありますが、わし時系列からなんとなくお察しいただけますと幸いです。

手紙(1)手紙(2)手紙(3)手紙(4)手紙(5)手紙(終)


これは誰にも届かない情景。



【附】



「御用はないかね」
宿の入り口からひょいと小間物屋の親父が中を覗き込む。
帳場にいた宿の主人が顔を上げた。

「おや、行き違いになったかな。今さっきおまえさんの店に出掛けてったところだ」
「あの薄っ気味悪い客かね?」
「おい、聞こえたらどうする。あれでも上客なんだ」

宿の主人は眉を顰めて指を口に当てた。小間物屋はしまったとばかりに首を縮めて往来を見回す。件の客の姿は見えない。

「いるのかね」

声を潜めて上階を指差す。宿の主人は首を横に振った。

「出掛けてったと言っただろ」
「なんだ。いねえのか」
「何処で耳に入るかわからん。とにかく油断は禁物なんだ」

宿の主人は手振りで小間物屋を招いた。小間物屋は表を気にしながらこそこそと中に入り込み、背中の荷を足元に降ろした。

「その油断できねえ御客が、小間物屋に何の御用だ」
「髪を結うのに紐が欲しいとか」
「髪結の紐ねえ」

小間物屋は降ろした荷に屈み込む。大小様々な抽斗が付いた箱である。これを背負って細々とした雑貨すなわち小間物を商って歩く。小さな店も構えてはいるが、客先で世間話がてら物を披露してみれば案外売れる、こともある。

前面の取っ手に指をかけ小さな抽斗をいくつか開ける。中には様々な色や太さ、組み方の紐が横たわっている。

「あの御客の眼は何色だね」
「髪結うのに眼の色がなんの関係がある」

これだから朴念仁はよう、と小間物屋は鼻で笑った。小さな宿場の商売人同士長いつきあいで遠慮がない。

「てめえにゃ結う程の毛もなかろうが、髪結う紐なら眼の色に合わせるのが基本だろ」
「あの客は眼も髪も見えやしねえ」
「宿の中でもあの格好か? ならご希望の色くらい聞いとけよ。てめえの眼でなきゃ想い人に合わせるとか、洒落込むにもいろいろあるんだよ」

「それなら、空の色がいい」

突然背後から聞こえた声に、軽口を叩いていた小間物屋は飛び上がった。正面にいたはずの宿の主人もぎょっとした顔をしている。
恐る恐る振り返ると、音も気配もなく影のように黒い男がそこにいた。

噂の主は長いマントに深くフードを被っている。幾度か街で見かけたが、真っ黒な異装は真近で見ても落ち着かない。
指先まで長い手袋で覆われ、かろうじて見えているのは口元だけだ。肌は骨のように白い。表情は伺えない。

「空の色、ですかい?」

小間物屋は表の通りを窺った。本日の空は幾重にも曇って冷たい灰色だ。しばし思案した挙げ句、抽斗からいくつかの紐を摘み上げ男に示す。

「空に一番近い色を」

怪しげな旅人は差し出された紐には見向きもせず、左手で帯の隠しを探っている。
小間物屋がではこれをと選り抜いた晴れやかな青の紐を黒い指先が抜き取り、替りに何かがぽとりと掌の中に落とされた。

「ああ、これは……

銀の塊を握り締めて小間物屋が顔を上げた時には、影のような男は宿の奥に消えていた。よく軋む宿だが足音はひとつもしなかった。

「ありゃあ確かに上客だ。古いがいい物を着てる。人族だな」

小間物屋は声を潜めて宿の主人に耳打ちする。

「よく見てるな。やっぱり人族か」
「商売柄な。あの着物は高えぞ。人族の総刺繍なんぞ滅多に見れねえ代物だ」
「だが怖い客だよ。盟刀持ちだ」
「人族が、か?」
「王も人族だと言う話だろうに」

宿の主人は難しい顔をして唇をひん曲げた。
かつて聞こえた盟刀狩りの噂を思い出していたようだ。

謎の一党が各地の剣主から盟刀を狩っていたと云う。奪われた盟刀は一処に集められ、ある剣主とその仲間がそれら全てを奪い返したというのが顛末らしい。結果、剣主は王となり割れて争っていた國はやっとひとつになった。
嘘か真か、どちらに関わりがあるとしても只者ではあるまい。

「ちらっと見えただけだが、尋常な刀じゃねえ。それにな、ありゃあ何かが欠けてやがる」
「今の御時世に欠けてねえ奴なんかいねえだろ」

小間物屋が片頬を歪めて笑った。長く続いた戦乱に傷ついた者は少なくはない。

「この國だって欠けたところばかりだぜ。あちこち繕ってなんとか形になってんだ。欠けてようが壊れてようが珍しくもねえ」
「おまえさんにしちゃ至極ごもっともなご意見だが、鬼と人は関わらねえ方がいいんだよ」

主人は目線で上階を気にしながら一層声を小さくした。

「あのおっかねえ刀で斬られるのは御免だろ」

まだ何か言いたげな小間物屋の親父も、それには同意したようだった。




翌朝、宿の主人が帳場に出ると、夜の名残に半分溶けるようにして黒い男が立っていた。
朝日もまだ登り切らない時刻である。

「これはまた、お早いお発ちで」

慌てる主人の眼の前に四角いものが突き出される。
マントの合わせから腰に差した刀が見え隠れする。

「手紙を出してくれないか」

何処にでもあるような飾り気のない封筒だった。昨日、小間物屋まで行ったついでに手に入れたのかも知れない。真ん中が少し膨れているが、何が入っているのかまではわからない。

主人は愛想笑いしながらそれを受け取り、宿帳を開いた。前払いでもらった宿賃はたっぷり残っている。手紙の一通くらい預かったところで何の問題もないだろう。

耳の後ろで結われた髪がフードの下からのぞいている。色の抜けた髪に明るい青が奇妙に目立つ。これが空の色かと言われれば確かに雲ひとつない初夏の空を思わせる青だった。小間物屋は粗忽者だが商売の眼だけは確からしい。

「空色の御方宛ですか」

影は小さく肩を竦め、手紙の送り先を口にした。

東京。新宿區。

宿帳の隅に書留めながら、宿の主人は自分の予感が間違っていないことを確信した。
王の片腕たる将軍閣下に私信を送る剣主とは、この男よほどの貴人か、密偵か、そうでなければ狂人だ。

「ええと、差し出しのお名前は」

黒いフードが微かに揺れる。

「なくても先方はおわかりになる? あのう……こちらとはお知り合いで?」

ふっと男の表情が綻んだように見えた。血の気のない唇が緩く弧を描く。美しいがどこか歪んでいる。

「わからない。もう空の色も思い出せないんだ」

でも。
手紙を書く約束をした。

そう言い残してふらりと踵を返し、影のような旅人は消えるように宿を出て行った。
音もなく開いて閉まった扉から肌寒い空気が流れ込み足元に蟠る。

やはり人とは深く関わるものではない。あれは招かれざる災禍だ。触らぬ神に祟りなし。
そう思い切った宿の主人は、続く密やかな呟きを聞かなかったことにした。





いつか 俺を/僕が 殺す 鬼だよ