河童の皿箱
2025-04-02 09:15:59
11966文字
Public 旧作
 

赤気

娑楽斎とランブラのお話。



 彼に導かれるがまま、ある部屋に通される。草を編みこんで作られた床には、小さなテーブルとクッションが乗っていて、壁には壁を埋め尽くさんとするほどにたくさんの絵が飾られていた。

「どうぞ。暖かくなるまで、時間がかかりますが空調はつけましたので」

「いえ、いえ。どうかお気になさらず」

 促されるままに、クッションの上に座る。彼は「お茶とスプレーガンをとってきます」と言って、この部屋を後にした。離れていく足音。他にも人が居るのか、時々、話声や歌声、そして楽器を演奏する音が聞こえてくる。こんな山奥に住んでいるのは、このためだろうか。こちらでは、夜にあまり大きな音を出すのは良くないと聞いたことがある。それにしても、何とも美しい歌声だった。男の人と、女の子の声、だろうか。
 ふわふわのクッションに座りながら、客間に飾られた絵を見る。人が描かれているものがたくさんある。どの作品も、流れるような曲線が美しく、また写実的ではない、不思議な描かれ方をしている。こういう絵は、なんていうんだったっけ
 その中でも特に目を引いたのは、3つの絵画。着物を着た2人の女の子と、またそれぞれ別の赤青緑の衣装を着込んだ3人の女の子が太陽の下で踊る姿。糸目の男性が楽器を持った猫と共に雨の下で歌う姿。少し重い雲の下でおどろおどろしい顔をしたお人形と相対する、黒い着物の小さな女の子、それに満足げな黒い服の人の姿だった。飾られた絵はどこか幻想的で、しかしどれも他愛のない日常の一部のように見える。けれど、この3枚は、特に線が柔らかくて、どこか優しさを、慈しみを感じた。
 この世界に降りてくるのは久しぶりだから、なんとなく、様々なものが物珍しくて。年甲斐もなく、じろじろと見てしまう。これって、もしかしてはしたなかっただろうか。こちらの身の振り方がどうにもいまいちわからない。
 そうして眺めていると、男性が戻ってきた。その手にはコップがふたつ、そして

「そう! それです! あっ、申し訳ありません。嬉しくて、つい」

 彼が持っていたのは、確かにシエルのスプレーガンだった。
 少し驚いた顔をした彼は、ふっと笑って、座卓にコップとスプレーガンを置き、座卓を挟んで反対側へ座った。

「持ち主が見つかってよかった。こちらでも状態は確認しましたが、恐らくは壊れていないかと」

「えぇ、えぇ大丈夫そうです。よかったぁ本当に、ありがとうございます」

 落とし物を手に取って、状態を確認する。綺麗に磨き上げられていて、見つけられてからも大切にされていたことが伺える。インクは空っぽだけど、壊れている様子もない。部屋が徐々に暖まり始めたのもあって、胸の奥がまたほっと明るくなった。このまま見つからなかったらどうしようかと、本当に思ってしまったから。

「しかし、どうしてこんな山奥に落とし物を?」

「少し前に、遠征と言いますか。この辺りに来たのですがうちのやんちゃな子が、これを使う子から無断で取ってしまいまして。好き勝手に遊んでいるうちに、落としちゃったんだ、って」

 彼は「それは大変でした」と苦笑いした。わたくしたちだって、それを聞いた時は焦ったものだった。この画材は、アルシエル様から託された魔法の品。悪い人に使われてしまったら酷い災害が起きてしまう。拾ってくれたのが、この人で良かった。

 お互いに、お茶で一息。あたたかなお茶と、あたたかな部屋と、あたたかな人と。やっと張りつめていた精神が緩んでくれた。このまま帰るというのも忍びないし、ふと、気になったことを聞いてみようか。

「ところで、このお部屋には絵が飾られておりますがこちらは、どなたの作品でしょう?」

「ここにあるのは私が描いた絵です。浮世絵師をしておりましてっと、そうだ。申し遅れました。私は娑楽斎と申します」

「あっそうでした、そうでした。こちらこそ申し遅れましたわ。わたくしはランブラと申します。絵を生業にしているものですから、素敵な絵に目を惹かれてしまいまして」

「お褒め下さり、光栄です。あなたも絵を描かれるのですね。興味本位の質問で恐縮ですが、画材は何を?」

「ローラーです。風景を描いておりますの」

「ローラーで風景画ですか。作品を拝見しても?」

「ふふ、興味を持っていただいて光栄ですわ。ただ、今は探し物をしていましたから、手持ちにはなくて」

「いえ。つい前のめりになってしまい、失礼しました」

「いえいえ。ですが、わたくしもお礼をしたくて。そうだ、もしご興味さえあれば