akinoshiroihana
2025-03-22 23:18:01
12058文字
Public
 

名刺置き場10




内田さんが朝食にエッグベネディクト食べてらしたので。
名刺文字数オーバー

ホテルラウンジから部屋への電話
「たすけてくれ隼人、ミが出ちまったやべえ」

上階の一室を年間借り上げ、しかしどこであれやがて仕事部屋と化してしまう彼はここでも「営巣」し、なにかしら艶っぽい余地が入る隙間はマヤ文明の石積みのごとく「カミソリ刃一枚入るスキも無」くなった頃のことだった。朝。ビジネス客たちの為に早く開く食堂スペースへ、空きっ腹を抱えて下りて行った筈の道着の友人から。

「まったく、お前が朝っぱらからヤワすぎる工作員をどうかしちまったのかと焦ったじゃねえか、ばか」
なるほど、彼にしては慌てたらしい、部屋着の自前の着流しと部屋用スリッパのままで、隼人は朝のまぶしく白いテーブルの向かいに腰掛けている、スーツ姿のビジネスマンが店員を呼び止める空間で
「ちげえよ。オススメってのを頼んだらどう食えばいいかいいかわかんねえのが来ちまって」
オープンサンドかと思って、慣れないナイフとフォークでえっちらおっちら切ってみたら、半熟未満だった玉子ふたつがマフィンとベーコンの上に決壊し、黄金色の池を作ったので、竜馬は途方に暮れたのだった。まっぷたつにされた被害者の名はエッグベネディクト

「おまえさ」
隼人の白い手が傍らのカトラリー籠から取り出したスプーンでマフィンとベーコンを玉子の金色に絡め『ほら、あーんしろ』などいいつつそれを友人の口に突っ込んだ。はみ出し残った白味を竜馬が自分でちゅるん、と啜る
「出されてなくてもそこにあって使える物を探しなよ」
―――違えねえ、兵隊さんぽいこと続けてりゃあ当然効く機転だなあ。装備品を見る、か。わりぃ」
「別にそんなたいそうな話でもないだろうよ……
言われた隼人が少し寂しそうにするのにしまった、と竜馬は思う。自分がいる、戻らないと言ったはずの自分がぶらりと訪ねて来るような自陣寄りの場所だからこそ隼人も選り抜きの歴戦の戦士にあるまじき隙だらけで駆け付けてしまったのだ、二徹か三徹目の頭のせいもあろうが。
夜明け前にシャワーを浴びた長い髪はまだ微かに水の匂いをさせて、頸動脈に這っている。それはそそるよりも疲れで隙で、なんとかしてやりたいよりなんとかさせたいかもしれないと竜馬は

まあお前も食えよと竜馬は相手のすらり長い指から銀のスプーンを取り返し、その薄い唇を自分と同じ色にわざと汚しながら自分の唇を舐める。隼人の形のいい爪は朝方の走り込みで見る花のような淡紫をして、その指が冷たかったのを思い返しながら。―――それでも、
着流しは部屋のバスローブのまま出て来てしまったと同じか、もしくは袴を履いてない着物の野郎はすなわちズボンを履いてないとカウントされてしまうんだったっけと、もうすぐホテル側から常連客隼人に来る「だろう」「らしい」クレームを、磨き上げた靴で急ぎ足にやって来る「敵さん」を彼らは一緒に待つ。

あの頃みたいに。

そんなに駄目かねえ、こんなにシュッと決まってんのに。
定義としちゃワンピースと同じになるんだって怒られた
―――それはちょいとパワーワードだし、ちょいとときめいたじゃねえか、ばか。