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井見
2025-02-09 11:15:21
34431文字
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真Ⅰ二次
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【再録】ゆめはめぐりて
真1主人公の道中掌編集の再録です。サイトにあげたことのある6本の改稿+新規3本、磨耗している主人公についてのお話を詰めました。痛みも悲しみも拭えなくても。
あとがき:
https://privatter.me/page/66dc6af2077b6
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世界の西端
怖かった。
予感があった。
あの地響きはただの地震じゃない。あんな地震なんて知らない。地震よりももっと浅くて、地震よりももっと大きい。まるで、そう、船が波に揺られるみたいな。
意味深な言葉、招くような言い回し。答えは出ている。でも知りたくなかった。だけど知らなければならなかった。知っていたんだろ、と怒鳴りたくなった。
二人は、のんびりと立ちつくしている。外を見てみろ、と二人は言う。わけがわからない。どうしてそんなに平然と、他人事のように言えるんだ。
僕は駆け出した。固く閉ざされていた扉になんて構ってられない、蹴破ったあとも走った。突然人が増えたけれど、今はそんなことどうでもいい。道を塞ぐ人々を突き飛ばすようにして急いだ。早く外に出たかった。
ようやく見つけた世界は、一面の青色に染まっていた。
やっぱり、と僕は思う。
空と海だけが向かい合って、一線で繋がっている。それだけ。他には何もない。
「
……
あ、あぁ
……
」
嗚咽。びしゃびしゃと何か液体が溢れる音がした。僕じゃない。
僕を追いかけてきた、自分よりも小さい背中は震えている。口を覆う手のひらから、液体が滲み出ている。
僕は彼女の肩に手を置いて、少し離れたところにゆっくりと座らせた。背中をさすってあげる。どうせ一面水だから、好きなだけ吐いたらよかった。
世界が終わる瞬間を、僕は見たことがなかった。あの時も、その瞬間に彼女が僕を送ってくれたから、僕は死なずにいる。つまり彼女は、その身で一度滅びを体験したことになる。だから彼女は、その時の何かを思い出してしまったのかもしれない。
そんなことがなくても、この光景はいっそ夢みたいだ。現実であってほしくない、吐いてしまうくらい当然だ。彼女が今まで生きてきた世界が、一瞬で水の中に落ちたのだから。
東京は沈んだ。これが事実だった。
……
不思議と、自分に込み上げてくるものはなかった。二人と話していたときの衝動は、何故かすっかり消え失せていた。いっそ笑ってしまってもいい。
またかよ、と僕は感じていた。僕の東京は壊されて、今度は水底か。〝未来〟の東京の気持ち悪い違和感は、これですっかり洗い流されたんだ。
壊された街も、殺された人間も、跋扈する悪魔も一息に沈んだ。
仮の建物が並び始めた新しい街も、悪魔から逃げ延びて何とか生きてきた人間も、瞬くように沈んだ。
なら、最初にやってくれればよかったのに。
*
吐き気の落ち着いた彼女の、それでも瞼にたまった涙を、指先で拭った。彼女は僕を見上げながら鼻を啜ると、差し伸べた手を取ってゆっくりと立ち上がった。
少し歩いたほうがいい。そのまま彼女の手を引きながら、封魔の鈴を鳴らして、カテドラルの中へと戻った。二人と話をしなくてはいけなかった。
地下の中央廊下には、変わらず二人が立っていて、外のことなんてどうでもいい、と言わんばかりに僕へ要求をつきつけた。
僕は、わかった、と頷く。
これが同意じゃないなんて二人とも知っているはずなのに、僕らのやりとりは同じだ。
カテドラルの外へ戻って、道中に助けた亀だか蛸だか、多分悪魔のような誰かを呼び出す。船がないから、そのまま上に乗り込んで、僕らは水上に出た。
水はやけに透き通っていて、水底には街がまだ見える。街は水に押し流されたのではなく、そのまますっぽりと水に沈んだ。そんな表現が一番適している。
「ねえ見て、あれって
……
」
彼女が指差すのは、赤い先端だ。真っ赤な三角の高層ビル
……
そんなものはない。東京のシンボルだった赤い塔は、本来の高さの半分以上が水に浸かって、おもちゃみたいに水面からちょっと突き出ている。
他の高い建物も、ちらほらと水没を免れていて、まだ侵入できそうなところもある。それが余計に、この東京が埋まっていることをアピールしてくるからタチが悪い。見知ったビルがどれもものすごく低い。おかしい。実際は、僕らが高いところにいるのだけれど。
「本当に都庁に行くの?」
のんきに周りを眺めていたら、不安そうに問いかけられた。彼女は、やめたらいいのに、って顔をしながら僕を見上げた。僕はそれでも頷いた。
「行くよ。
……
行かないと」
行くしかなかった。
何かすることがある方がずっとよかった。
延々と言い争いを続ける二人に、東京が沈んだと告げても、二人に感傷なんてものはない。それよりももっと先のこと、これからどうするか。何が必要で、何ができるか。そればかりだ。それが正しい、正しいんだろう。
だから僕もそうする。
できることがあるならするし、殺せる悪魔がいるなら殺す。
「
……
わかったわ。
あっちの方角ね、きっと」
彼女が指差す方を見た。水面から突き出ている物体のうちの一つは、確かに都庁だ。特徴的な、大きな二つの出っ張りはいまだにシンボルとして機能している。
目印があるのはいい。あそこまで頼む、と尻の下の悪魔に言った。めずらしくこの悪魔は従順だ。遮るものもないので、目標の都庁まで水上をまっすぐ最短距離を進む。かなりの距離があるはずなのに、悪魔たちを薙ぎ払っていてもあっという間に着いてしまった。
辿り着いた都庁から、来た方向を振り返る。
見えるのはせいぜい東京タワーくらいで、あとはただの一直線だ。右を見ても左を見ても、その光景は変わらない。
「ここから先は何もないわね。行っても意味がなさそう」
何もない。その通りだ。
滅んだ東京がさらに沈んで、もう全てが跡形もない。
わかっているのに、僕は
……
僕は西の方を、もう一度見た。
新宿から西にあるのは、森だ。人間が拠点とする場所じゃない。悪魔がわんさか戯れていて、妖精なんかが縄張りにしているらしい。ロウとかカオスとか、どっちの陣営にも興味がない。だからどっちにも相手にされていない。そのせいで、わざわざ立ち寄る必要がなかった。
目的もないのに、森に立ち入る手間はかけられなかった。森に入るにはそれ相応の準備をしなくちゃいけない。そんな余裕はない。
だから行かなかった。
行っても意味がなかった。
そんな言い訳をすることができた。
でも今なら。今なら全部水没している。水上からなら、行こうと思えば行くことができる。
全部が森になっていても、木々の間に何か残骸が、暮らしていた痕跡があるのかもしれない。
吉祥寺の、ぼくの街だったものが。
……
僕は、頭のギアを外した。
顔を思い切り水に突っ込んだ。水の中から、西の方角を見る。わからない。当たり前だった。水で光が届かない。ここから何キロも先の場所なんて見えるはずがない。
顔を上げた。袖で顔を拭った。濡れている髪から水が滴った。水はこんなに透明なのに、海の味がして、しょっぱいしべたべたする。
僕は少し後悔した。こんなところから見たって仕方ない。本当に見たいなら、もっと西の方まで行かなきゃ。今なら行ける。悪魔に頼めば、もっと西の方へ自由に動ける。
僕は、
「何もない。先へ行こう」
と言っていた。
「
……
うん。そうしましょう」
彼女のかけ声で、悪魔は都庁の割れた窓に体を寄せた。彼女はひょいと中の廊下に飛び込んで、僕へ手を差し伸べる。その手を取って、僕も後に続いた。
壁には、ちょうどフロアマップがあった。三十二階。これが、今の一階。
何メートルあるんだろう。百メートルくらいだろうか。
この下にあるのは死だけだ。瓦礫が漂っているだけだ。死体が泳いでいるだけだ。
でも見なければわからない。知らないままで終えられる。
悪魔の腹を割いたところで、中に肉の破片を見つけても、安心なんかしなかった。ちぎれた服の模様は見慣れたものと同じで、僕は後悔した。信じたくなかったから見たかったのに、見たら信じたくなくなった。
それと同じだ。
僕の新しい世界の西端はここまででいい。この先には何もない。僕にとってはそれでいい。その方がずっとよかった。
「悪魔が来ているわ。準備はいい?」
「うん。大丈夫」
ヘッドギアを装着し直して、仲魔を呼び出す。
余計なことを考える暇はくれない。僕たちの侵入に気づいた悪魔がすぐさまやってくる。群れをなしながら、我が物顔で。
背中の剣を引き抜いて、息を整える。
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