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井見
2025-02-09 11:15:21
34431文字
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真Ⅰ二次
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【再録】ゆめはめぐりて
真1主人公の道中掌編集の再録です。サイトにあげたことのある6本の改稿+新規3本、磨耗している主人公についてのお話を詰めました。痛みも悲しみも拭えなくても。
あとがき:
https://privatter.me/page/66dc6af2077b6
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ひとりきり
「また二人になりましたね」
埃っぽい部屋に似つかわしくない、明るい声だった。ちょっとわざとらしかった。
僕はコンピューターを弄りながら、彼への返答を待っていた。しかし少ししてから、いま彼の話し相手は僕しかいないのだと思い出して、ようやく「そうだな」と答えた。
彼は、僕がキーを押す音を聴きながら、彼に似つかわしくないライフルを慣れた手つきで掃除していた。僕の遅すぎた返事に気を悪くした様子もなく、彼はいつもの調子でにっこりと微笑んだ。
今日はちょうど新月で、悪魔たちは比較的おとなしかった。休憩と編成の立て直しをするには良いタイミングだったから、僕たちは見つけた小部屋で休むことにした。
幸い先客はいなかった。縄張りにしていた悪魔はいたが、さっさと追い払ってしまった。奴らの嫌う聖水なんかを撒いておけばなおいい。獣と一緒で、ここは面倒だろうと思わせれば、大抵の悪魔は寄り付かなくなる。
部屋には、棚だった残骸があるくらいで、部屋というより空間だった。しかし掃除されていない部屋ではあるが、廃墟というほど汚くもない。長い時間放置されたわけではなくて、少し前までは他の人間が使っていたのかもしれない。
生活用品──といっても、使い古したタオルとか、そういったものを適当にまとめただけの袋だったが──それを部屋の隅に置いて、埃っぽい床に座りこめば、もう小休止の合図だ。夜が明けるまではここにいよう、と計画を立てた。窓がないから、夜明けがいつかはわからないけれど。
体を休める前に、起こるかもしれない戦闘の準備をしておく。この工程もすっかり慣れた。
僕はコンピューターで仲魔の調子を確かめたり、次の戦闘で呼ぶ悪魔たちを確かめる。仲間が一人減ってしまったから、その分、別の悪魔を呼べる。でもマグネタイトの問題があるから、無理に出す必要もない。
一方で彼は自分の魔法の具合を見ながら、新しく覚えられそうな魔法の練習なんかをしたりする。あとは武器の手入れだ。会ったばかりのころ、彼は銃を分解するとき真剣に黙りこくっていたはずだが、最近はどうでもいい雑談をしながら、片手間に面倒を見られるようになっている。
「最初に会ったときのことを思い出しませんか?」彼は続けて僕に話しかけてくる。「夢のなかではなくて、実際に」
「
……
なつかしいな」
知らない場所で目覚めて、知らない男が同じ部屋にいて。名前以外の確証はないのに、お互いにあの夢の人間だと直感した。あの夢を見た日から、全てがおかしくなった。
思えば、彼と二人きりで旅をするのは、あの病院以来のことだ。彼もそれを思い出しているのだろう。
「もうずいぶん前のことに感じます。
きみが当然のように悪魔を召喚するから、驚きました」
「そっちだって、当たり前にみたいに魔法を使い出すから、悪魔なのかと思ったよ」
魔法も悪魔も当たり前のことではなかったはずなのに、今や「そんな世界もあったね」でしかない。あのときから僕の力はずっと強くなったし、連れている悪魔もずっと恐ろしくなった。彼だって、いろいろな魔法を使いわけながら、目を背けたくなるような傷をたちどころに治せるようになってしまった。あのときから僕たちはすっかり変わっている。
何より、僕らはこんな状況にすっかり慣れてしまっていた。
思えば、あの病院に囚われたときは必死だった。すぐに殺されると思っていた。こんなところで死にたくなかった。無我夢中で、できることをなんでもした。戦っている最中に、彼が倒れるととても困った。純粋に彼が心配でもあったし、自分ひとりだけではすぐに死んでしまうと思って、本当に恐かった。
でも今はもっと冷めている。誰かがいなくなったのなら、その空いた分の戦力を補充するアテなんかを考えてしまっている。炎を使える悪魔が欲しい。撹乱用員も必要か。どこかで勧誘をするか、合体をするか。
隣の男は、微笑みながら続けた。
「二人でも苦労するのに、ひとりで無茶しないかな。ちょっと心配ですね」
僕の肩はびくりと跳ねた。彼が心配しているのは、ついさっきいなくなった〝誰か〟のことだ。
「そうだな」
僕はまた、取り繕って頷く。
生きるか死ぬかの生活なのだから、他人の心配をしている余裕はない。それなのに彼はさらりと拾い上げる。
そのせいで、
「君がいないと傷も治せない。傷薬とか使うのかな」
ああ駄目だ。勝手に口が動いてしまう。止めていたはずの思考が溢れてくる。
心配している場合じゃないんだ。それでも本当は心配だった。彼の悪魔に変じた肉体は、僕たちよりもずっと強い。でも強くなったってこの世界で生き延びられる保証なんてどこにもなかった。この世界を一人きりで生きるのは大変だ。僕がもしひとりぼっちだったら、いくら悪魔を召喚できたところで、すぐに死んでいたと思う。彼だってどれだけ一人で強くなったって、大人数に囲まれたらひとたまりもないじゃないか。
彼は、どうかなあと続けた。ライフルの掃除は終わったみたいで、パーツをとってするすると組み立てていく。
「ぼくがいなくなる分には、彼にとっては嬉しいことかもしれませんね。
ぼくが何かしようとすると、彼、ちょっと嫌がってましたから」
「そうなんだ?」
「気づきませんでした?
ついこないだもそうです。少し腕を切ったって言うのに、見せるのを嫌がるんですよ。
仕方ないから、傷を見ないまま治したんですが
……
魔法が足りなかった。怪我が大きかったんです。
ようやく袖をまくってもらったら、腕がずたずたになっていました」
「僕は
……
聞いてない、そんなこと」
「教えていませんからね。君は悪魔との会話で必死でしたから」
なんてことのないように告げるから、僕は少し面食らった。
確かに僕たち三人は、仲良しこよしというわけではない。必要だから三人で行動していた。生きるために。それだけのことだから、どうしたって摩擦は生じる。二人は特に考え方が異なっていて、たまに口喧嘩になっていたこともある。でも、自分が知らないうちに起きていたことがあったなんて。僕は少しショックだった。
「後から、どうして言ってくれなかったんだ」
「言うなって言われたんですよ」
これまでに、こんな小さいひずみがきっとたくさんあったんだ、と思った。もし先に知っていたら、別れようとする彼を止められただろうか? 強がりしないでくれ、なんて言って
……
いや、駄目だろう。
確かに、誰かに傷を治してもらったり、体の毒をとってもらったりするのは、手間をかけさせているようで申し訳なくなる。僕は人の魔法におんぶにだっこだから、その気持ちはよくわかる。
何もできない僕が何を言っても、何でもできてしまう彼が何を言っても、きっと全部が逆効果だ。
だから、彼を止めることはできなかったんだ。彼とは別れるしかなかった。
そう諦めなきゃいけなかった。
どれだけ探したって、彼とはもう一緒には行けないんだろう。探したって意味がない。あの魔界みたいなところとは違う。
一緒に行動する必要がなくなったから、彼は離れた。レジスタンスで別れたときと同じだ。簡単な理由だ。
あのときと同じように彼はいなくなって、きっと、
「君も、僕を置いていく?」
いま隣にいる彼だって、いつか迷いなく離れていくのだろうと思った。彼自身がやるべきことに気づいたら、すぐに駆け出していくに違いなかった。
「いいえ
……
とは、言い切れませんね。何が起こるか、わかりませんから」
彼は作業の手を止めて、再びにこりと僕に微笑む。気休めの嘘も言ってくれない。
彼までいなくなったら、と僕は思った。母さんは殺された。パスカルもいなくなってしまった。僕を送り出してくれたあの子だって、生きているわけがなかった。もう、こんな壊れた世界に、僕の知っているひとは二人しかいないのに。
「ひとりになりたくないな
……
」
自然と、その言葉が口からこぼれた。
今まで、本当にひとりきりになったことがないんだ。そういえばそうだった。二人ともいなくなったら、僕はいよいよひとりか。
「今は、ふたりですよ」
君は、事実だけを言う。柔らかい笑顔だけが、僕を慰めようとしている。
彼の長い髪が肩先で少し絡まっていた。最近あまり休めていなかったからだろう。
僕はその彼の髪を解いた。地肌に近いところには、温もりがあった。人の生きている温度だった。
明るい髪をたぐりながら、彼の片耳にかける。微笑んだままの彼の顔がよく見えた。
壊れる前の世界からまだ変わらないものは、もう彼の表情くらいしかない。これもなくなってしまったら、彼もいなくなってしまったら、何にもないのか。
彼の首元の髪を、一束すくった。甘い匂いがした。
どうしたんですか、と彼が言うのが聞こえた。
どうかしてしまった、と答えるしかなかった。
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