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井見
2025-02-09 11:15:21
34431文字
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真Ⅰ二次
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【再録】ゆめはめぐりて
真1主人公の道中掌編集の再録です。サイトにあげたことのある6本の改稿+新規3本、磨耗している主人公についてのお話を詰めました。痛みも悲しみも拭えなくても。
あとがき:
https://privatter.me/page/66dc6af2077b6
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いつもどおり
思ったよりも、僕はいつもどおりだった。
握ったナイフを取り落とすこともなかったし、コンピューターの操作を間違えることもなかった。攻撃はかわせたし、挑発になんて乗らない。雑魚よりは強そうだったけど、三人がかりならそんなに苦戦もしなかった。だから、命に別条もなかった。外での戦闘と何ら変わらない、いつもどおりの戦闘。いつもどおりじゃないのは、それが自分の家の中で起こった、ということ。それだけだ。それだけだった。
あと、強いて言うなら、自分の胸の音がよく聞こえた。耳の奥でばくばくと脈打っていた。
それくらいだった。
「一度、お風呂に
……
せめて、シャワーでも浴びたほうが、いいんじゃないですか?」
赤いジャケットで長髪の、いかにも洒落た感じの彼は、ポケットから取り出した綺麗なハンカチで、僕の頬をぐいと拭った。
「ちょっと汚れていますしね」
ハンカチには赤黒い染みがついた。
「
……
戦ってばかりだからな。なんでこんなに悪魔が出るんだか」
この部屋には、僕の他に二人の人間がいた。ハンカチをしまう彼の隣で、もう一人はソファーに身を沈めながら、眼鏡を掛け直す仕草をした。
誰かを家に連れてくるなら、なるべく事前に伝えておいてね、と母さんは言っていた。洗濯物干してるかもしれないんだから、と冗談っぽく続けて。母さんの心配は必要なかった。言われてから、僕が友達を連れてくるなんてことは一度もなかった。
なんで今さらになって思い出したんだろう。
警察に捕まって、変な病院に閉じ込められて。脱出した後、真っ先に家に帰るべきだった。外は日が沈み始めていて危なかったし、はやく母さんの顔を見たかった。
でも、こんな体で帰ったら、母さんは僕を心配して、泣いたり倒れたりするかもしれない。そう思うと、家から足が遠のいた。はやく帰るべきだった。せめて、先に電話で連絡でもすればよかった。心配させてごめん、すぐに帰るからって。
だけど、もし電話口から、母さんの、母さんじゃない声がしたら、僕はどうなっていただろう。
脱衣所で服を脱いでいく。
汗となにかで体の張り付いた服を、引き剥がすようにして、洗濯籠に捨てた。全身真っ黒の服にでも変えた方がいいのかもしれない。服が、この家が、つんと臭っていたのも気にならなくなっていた。臭いに人はすぐ慣れる。
裸の自分が風呂場の鏡に映っていた。自分によく似た知らない人だった。前髪が変に張り付いて、片目にかかっている。髪をのけてやろうと思って、鏡に手を伸ばして触れた。意味がなかった。鏡に映った手のひらは、なぜかぼこぼことしていた。まめができて、潰れたあとだと気づいた。
シャワーの水を鏡にかけた。自分は見えなくなった。
お湯は温かかった。当然か。ずるずると全身が濡れて、赤黒い液体が、排水口へと流れ込んでいく。
魔法だなんて便利なもので怪我は治っても、一度外に流れた血は、元の場所には戻らない。悪魔だって、息の根を止めてしまえば死体は消えて残らないのに、断末魔と一緒に噴き出た血みたいな液体は何故か消えてはくれない。そのせいでナイフには拭いても拭いても血の痕が残って、切れ味が悪くなる。着ていた上着は緑色だったのに、気づいたら黒っぽくなっている。一息で悪魔を仕留められれば汚れずに済むだろうけれど、そんな器用な戦い方はできなかった。
だからこの、僕の体をつたって流れ落ちていく、泥のような液体は、きっと血なのだろう。それが僕の流した血なのか、さっきの悪魔が流した血なのか、あるいは
……
わからない。わからなくていい。わかりたくもない。
排水口が渦をつくる。汚い色の液体はすっかり薄まって、ちょっと濁った水になる。ぐるぐると回って、穴の中に吸い込まれていく。穴が全部飲み込んでいくまで、目を離せなかった。気づいたら全身がびしょびしょだった。当たり前だ。シャワーを浴びていたんだから。
脱衣所に置いておいたタオルで、体を拭いた。タオルはちゃんとふかふかだった。最近買ったばかりの新しいタオルだ。いつもどおり、柔軟剤の香りがした。くたくたにになった昔のタオルは、確か母さんが雑巾に縫い直していた。
タオルはすぐに濡れて、重くなった。
少し伸びた髪の毛をぐしゃぐしゃと拭いた。そろそろ切ろうかと思っていたが、少し長い方が髪の癖が落ち着いてよかった。ちゃんと乾かさないと髪の癖が余計にひどくなるのに、面倒で、いつも適当に済ませてしまう。風呂場から出るとよく母さんに呆れられた。僕はもう一度髪を拭いて、顔も拭った。まだ少し濡れていた。
さっきのリビングに戻ると、二人は変わらぬ様子で僕を待っていた。
「はやかったな」
ソファーを陣取っている彼。
「髪、まだ濡れてますよ」
ダイニングチェアに座る彼。
当然初めて見る光景だが、板についていた。ずっと前からこうしていたみたいだった。そんなはずはないのに。
すう、と風が抜けて、身震いした。きちんと拭いていない髪がみるみる冷えた。理由を探すと、締め切っていたはずの窓が少し開いていた。
ソファーの方から声がした。
「換気だよ、換気」
不審がっていた僕に気づいたのだろう、彼は手のひらを振りながら、ぶっきらぼうに言う。
頷きながら、落ち着いて部屋を見回すと、なんだか違和感がなかった。
それがむしろ変だった。
さっきの戦いで、部屋はめちゃくちゃになっていたはずだ。悪魔が飛びかかって来たせいで机にぶつかったはずだから、皿のいくつか割れていたっていい。動き回らないように悪魔の足を切っておいたとはいえ、双方の魔法が飛び交ったりして、棚も随分揺れていた。
それなのに、戦闘の痕が残っていなかった。
割れた皿なんて一枚もないし、欠片だって落ちていない。
代わりに、昨日
……
一昨日?
……
頼んだ、開けたばかりのコーヒー粉のパックが、テーブルの上にあった。普段はキッチンの棚の、手に取りやすい場所に放置されている。袋は変なところで縛ったみたいな、不思議な形をしている。
それにソファーの裏から、何かがはみ出ていた。金属の筒
……
銃口だ。見てみると、冗談みたいに物々しい武器は一つにまとめられていた。僕のコンピュータもそこにあった。ケーブルも、絡まったままだった。使っていたナイフも綺麗に拭われて、そっと置かれていた。
何があったか、なんとなくわかった。
「
……
すみません、勝手にさわりました」
案ずるような声だった。椅子に腰掛けたまま、僕を見上げる眼差しは、やさしかった。
「ありがとう」
怒るはずなんてなかった。
僕は、素直に感謝した。
辛うじてまだ、いつものままだと思おうとすることができた。
だから僕は、コーヒー粉のパックをとって、コップにコーヒーをいれた。店独自のブレンドの、苦味の強い匂いは、母さんのお気に入りで、僕は好きになれなかった。
パックが軽くなると、きまって僕がカフェまで買いに行く羽目になる。それも面倒だった。たまには自分で行けばいいのに、とちょっと反抗してみると、母さんは、家で飲むのが好きなんだ、って。言っていたかもしれない。覚えていない。
いれたコーヒーの匂いは、記憶そのままだった。好みじゃない。少し苦味が強すぎると思う。
味もやっぱり苦かった。濃いわけではないのに、口の中にじわ、と渋い感じが残って、水でゆすぎたくなる。コーヒーのいれ方が悪いのだろうか。もう一口飲んだけど、苦い。一気に飲み干した。
急に入って来たカフェインのせいか、体の中がじわりと焼けた。頭が少しくらくらした。
ふらつきそうになると、柔らかいものが僕を支えた。
腰を上げた二人のどちらでもない。ふわふわのパスカルが、いつのまにか僕の足元にいた。
まだ散歩に連れていってやれていなかったのに、パスカルは大人しく僕を見上げていた。
僕はパスカルの頭を撫でた。パスカルは賢かった。たぶん僕よりも賢い。パスカルのいつもどおりの毛並みは綺麗で、触り心地がよくて、思わず抱きしめると心の底からあたたかった。
パスカルの首元に顔をうずめた。コーヒーの匂いに、パスカルの匂いが混ざった。いつもの匂いだった。
僕は眠くなった。
好きに使ってくれていいから、と二人に言い残して、僕はパスカルを連れて階段を上がった。いま、二人と話したくはなかった。余計なことを言ってしまいそうな気がした。まだ会ったばかりの人間にそんなことを言われても、困ってしまうだろう。それよりも二人には休んでいてほしかった。
自室の扉を開けると、つけっぱなしのPCの画面が眩しくて、思わず目をぎゅっと細めた。ぽつぽつと点滅しているところがある。メッセージでもあるのかもしれない。僕は無視した。
PCのおかげで、電気をつけなくても部屋は少し明るい。一直線にベッドに入って、目を閉じた。濡れたままの髪のせいで、枕がじとりと濡れて、顔がつめたく冷やされた。
それでもベッドはすぐに僕の体温であたたかくなるし、腕を少し伸ばせば、側に来てくれているパスカルの頭を撫でていられた。
やっぱり全部、いつもどおりだった。いつもどおりにちがいなかった。
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