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井見
2025-02-09 11:15:21
34431文字
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真Ⅰ二次
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【再録】ゆめはめぐりて
真1主人公の道中掌編集の再録です。サイトにあげたことのある6本の改稿+新規3本、磨耗している主人公についてのお話を詰めました。痛みも悲しみも拭えなくても。
あとがき:
https://privatter.me/page/66dc6af2077b6
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どうでもいいこと
つんざくような女性の悲鳴、必死に助けを求める声が、耳からではなく頭の中に直接響く。頭蓋骨を割ってどこか外へ飛び出そうとするみたいに、脳内を叫びが木霊する。
荒れ狂った東京の姿に、僕はどうにかなってしまったのかもしれない。
最初はそう思ったけれど、多分ちがった。
荒野を進んで街に辿り着き、情報を仕入れて装備を整える。溢れる悪魔を殺しながら進んで、見つけた暗がりで少しだけ眠る。そんな日々を繰り返している間、あの叫びは一度も聞こえなかった。あれは単なるショックで聞こえた幻聴だったのだろう。僕はもう、この東京の姿に慣れてしまったのだろうと思っていた。
でも、今また聞こえている。
同じ悲鳴だ。僕の口を奪って、そのまま叫んでしまおうとするくらい、苦しい気持ちがそのまま突き刺さってくる。
「大丈夫ですか?」
きらきらとしたものが見えた。魔法か。淡い緑色の光が僕を覆った。少し気持ちが安らいだと思ったら、そんなことは許さないみたいに、すぐまた頭痛は帰ってくる。
体に傷はつかなくても、この悲鳴は僕の体力を確実に削っていた。
「また
……
あの時の」
頭を抱えながら、それだけ言うので精一杯だった。何か食べた直後だったら吐いてしまっていたかもしれない。むしろ吐いた方が楽な気もしたが、今は何も出てこなかった。
「あれか? ここに初めて来た時くらいにもなってたやつ」
頷くのにも頭痛が広がる。代わりに僕は恐る恐る目を伏せた。僕の顔を覗き込む彼の眼鏡には、僕の顔は映っているのだろうか。きっとひどい顔をしているだろうと思った。顔から首から嫌な汗が滲んで、一緒に涙も出そうになる。これだけ汗が出ているのに、体はむしろきんきんに冷えていて、死体になったみたいだった。
「前は心労かと思いましたが、どうやら違うのかもしれませんね」
「悪魔もわんさかいるしなあ。
知らないうちに呪われてるってこともあるんじゃねえか?」
「どこかで見てもらった方がいいのかも
……
」
二人が僕を巡って相談しているのが聞こえる。それなのに、意味がよく理解できない。
声が遠くなって、段々ただの音になっていく。
思考が単純になる。
頭が痛い。
助けてほしい。
わかった、わかっている。それをどうやってこの悲鳴の主に伝えればいいだろう。
もう少し待っていてくれ、と僕は願った。願いながら、意識を手放していた。
*
風が吹いている。
自分がどこにいるのかわからなかった。とても暗い。電気のない部屋、いや、外だろうか。
体の感覚からして、どうやら僕は寝転んでいるらしかった。
体を起こそうとして、鋭い痛みが頭に刺さった。その痛みで、さっきまでのことを思い出した。
「おはようございます。いや、もうこんばんはですか」
「
……
おはよう」
労わるような微笑みに、僕は気を失ったのか、とわかった。寝ていてくださいと促されるので、ありがたくそうした。
視界にあるのは天井じゃなくて、空だ。彼の言うとおり今は夜だった。雲一つない夜空が広がっている。
「起きたのか?」
数歩離れたところから声がした。寝ていると見えない。
「はい。さっきよりはだいぶ顔色もいいですね」
「そりゃあいい」
言葉の少ない返事と一緒に、視界の端が眩しく光る。少し遅れて、悪魔の叫び声が聞こえた。
「よしヒット」
「お疲れ様です」
悪魔の死骸が地面に向かって一直線に落ちていく。途中で、もっと大きい悪魔がその死骸を丸呑みする。変な食物連鎖の真似事が行われていることにも、すっかり驚かなくなった。
二人は代わりばんこに空の様子を見ながら、稀にこちらに気づく悪魔を処理している。二人によると、遠くの悪魔を狙うには、銃よりも魔法の方が楽らしい。魔法はある程度遠くまで勝手に飛んでいくから、割と融通がきくのだとか。
僕は魔法を使えないから、二人を手伝うには銃を構えないといけない。でも立ち上がって僕も、と思っても、いまの僕じゃむしろ邪魔だった。飛んでる何かを狙うなんて繊細なことは、今の僕じゃとてもできそうにない。
何もできずに、ぼんやりと二人を眺める。めざとくこちらに気づいた群れを風の魔法で吹き飛ばしたあと、それでもこちらに向かってくる一部を炎の魔法で焼く。そんな連携を眺めていると、何だか不思議な気持ちになってきた。ずっと昔からこうしていた気がした。
空を飛び交う悪魔がひとしきり見えなくなった頃、僕はようやく状況を尋ねた。
「倒れたことは覚えていますか?
風に当たった方が気持ちがいいかと思いまして、近くの屋上に来ました」
確かに気持ちが良かった。外には埃も砂もあるけれど、ずっと吹いている風が常に新鮮な空気にしてくれる。大きく息を吸っても嫌な臭いはしなかった。
記憶の通りの姿が残っているビルも、入ればひどい臭いがする。何十年も掃除をしていない部屋のこもった臭いや、悪魔の血が染み付いたカーペットの臭いとか、あるいは自分の吐瀉物の臭いとか。
それに比べれば、まだ外の方が、僕の知っている匂いのままだった。
「廊下で挟み撃ちされるよりは、空だけに的を絞った方が楽だしな」
眼鏡を持ち上げる仕草が見えた。何かちょっと思うことがある時、いつも彼はそうする。今は気をつかわれているのだと思った。
「ごめん」
足を引っ張っているのが申し訳なかった。倒れていたせいで仲魔も召喚できていない。何もできない僕を運びながら移動するのは骨が折れただろう。しかも防具も外されているし、着ていた服も別のものになっている。
「お互い様です」
「こいつの方がよくぶっ倒れるしな」
「二人の体力には負けますね」
二人は事もなげに笑った。意味のない謝罪を繰り返すのも悪いから、僕は優しさに甘えた。
「教会で聞いたけど、呪われてるってわけじゃないらしいぜ」
「前も同じようなことがありましたが、何か心当たりありますか?」
心当たり。
「誰かが
……
助けを求めてる」
わかるのはそれだけだった。
向こうの誰かが目覚めた時、なぜか僕だけに悲鳴を与える。僕の名前を呼ぶ。
「でも、もう聞こえなくなった」
相手の意識が途切れたのだろうか。今はもうじんわりと残る頭痛が、僕を締め上げるだけだった。
痛みが薄らいだことに胸を撫で下ろしつつも、向こうの彼女──そう、女の子だ──の痛みは、きっと今も続いている。そう思うと、ゆっくり寝てもいられなかった。
「だからって焦っても仕方ないだろ。
おまえ、例えばいま、悪魔を召喚できるのか?」
左腕につけたままのコンピュータは重く感じる。この中の悪魔を呼び寄せて使役する。大人数に指示を出すのも簡単なことではなかった。それに、〝悪魔〟を使っていると、何かが確実に削れる感覚があった。
「
……
わかった」
寝ていろ、という意味だと理解した。
僕は大人しく身体を地面に預けた。どこかで見つけたのか、僕のために簡単な布が敷いてあった。ベッドよりはずっと硬い感触だけど、それがとてもやわらかく感じた。体に被せられた薄布も、あたたかかった。その心地に身を任せて眠ろうと、目と口を閉じた。
二人もそれきり黙った。僕が眠るのを待っていた。時折降りてくる悪魔を淡々と処理しながら、少しずつ休む。その繰り返しを、ずっと聴いていた。
早く元気にならないといけなかった。先に進むには、動けない人間一人は邪魔だ。
でもそう思うと、かえって眠れなかった。眠りたいのに、何かがそうさせてはくれなかった。
しばらくしてから、僕はこっそり目を開けた。眠れなかった。空の色はまだ全然変わっていなくて、深い夜のままだ。
東京が壊されてから、夜が長く感じるようになった。
広い荒野はただの闇で、誰かの炎がないとまともに歩くことすらできない。市街地だった場所に辿り着いても、外はずっと暗かった。月の明かりだけが最後の頼りだ。
時折無事に点灯している街灯は、通行人を照らす安心ではなく、もはや悪魔を引き寄せる蜜だ。高々と建っているビルの明かりも、その中で悪魔が躍り狂っているだけだと知ると、近寄らない方がいいとしか思えない。
夜を終わらせる太陽が、これだけ遠いとは知らなかった。
そして、空に輝く星が、こんなにも多かったことも知らなかった。
地上の光が失われた分、全部が空に帰っていた。
「眠れませんか?」
突然、空を人間の顔が隠した。びっくりして、うわ、なんて間抜けな声が出てしまう。
彼はくすりと笑った。
「羊を──いえ、いまは星がいいかも。
星を全部数えたら、きっと夜が明けますよ」
「明けちゃっていいのかな」
「いいんじゃないですか。全部数えられる人なんて、いませんから」
確かにそうだ。元の
……
昔の東京の空なら、星なんて数え切れてしまったかもしれない。でも今、目の前に広がる夜空は、たまに旅行に行った時に見えたものに似ていた。天の川がうっすらと横切って、細々とした小さな星々の間に、たまにひときわ明るい星がある。
「東京からじゃ、こんな数の星は見えなかったよな」
悪魔の群れが減ってきたのか、あるいは単に疲れてきたのか、そう言いながら彼は近寄ってきて、眼鏡をくいっと直した。
僕らは、ついこの前の、今から三十年前の同じ夜空を思い浮かべていた。
「
……
でも、同じだ。
ほら、カシオペア座が見える」
僕は指差した。
「全然わかんねえ。全部同じじゃねえか?」
「ちょうどあそこの
……
明るい星が、五つあるところ
……
」
「Mの形をしているやつですね」
「そう」
「ああ、あれか。確かに見えるわ」
僕らにとっての未来の星空でも、星座の形は同じだった。
「確かカシオペア座から、北極星を探す
……
ってありましたよね」
「うん。ある」
カシオペア座のまんなかの頂点から、少し伸ばした先に北極星がある。明るく輝くその星は、ついこの前と同じように輝いている。
「ってことはあっちが北か」
「
……
そこからですか」
北極星の位置は、三十年程度じゃ変わらなかった。このままずっと見ていたら、星々はきっと北極星を中心に円を描いて昇り、沈む。それも三十年程度じゃ変わらない決まりだった。
僕は思わず呟いていた。
「きれいだな
……
」
昔、星を見に行ったことを思い出した。
小さい頃、家族みんなで見た。あのぐるぐる回る星空が欲しくて、写真を撮りに行った。カメラを置いて、時間になったらシャッターを閉じる。でも難しかった。変なふうに光が入ってしまって、なんだかよくわからない写真になった。
あの時の星空と目の前の星空は、違うけどどこか似ていた。
誰が死んでも、地上がめちゃくちゃになっても、僕が死んでも、たぶん星はきれいだ。
……
なんだか眠くなってきた。
うとうとしていたら、唐突に写真に失敗した訳を思い出した。うっかり父さんがちょっとだけぶつけたんだった。あの失敗した写真は、どこに行ったんだっけ。
──どうでもいいことか。
僕は今度こそ目を閉じた。どうしてこんなことを思い出したんだろう。それもまた、どうでもいいことだった。
まぶたが落ちた向こうで、「確かに、きれいだな」と呟いたのが聞こえた気がした。二人のどちらの声だったかは、よくわからなかった。
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