井見
2025-02-09 11:15:21
34431文字
Public 真Ⅰ二次
 

【再録】ゆめはめぐりて

真1主人公の道中掌編集の再録です。サイトにあげたことのある6本の改稿+新規3本、磨耗している主人公についてのお話を詰めました。痛みも悲しみも拭えなくても。
あとがき:
https://privatter.me/page/66dc6af2077b6


告白


 行くなと言われると行きたくなる、というわけではないが、僕たちは‪──いや、僕は敢えて忠告を無視した。どこか先へ進むなら、もうこの先へ行くしかなかった。ここまでなんとなく行動を共にしてきた連れに、そんな言い訳をした。彼女は渋い顔をしていたが、嫌々という体で頷いた。
 荒野を少し進んだだけで、案の定、彼は現れる。
 彼は、いまだに慣れない悪魔の姿で、それでも僕がよく知っている声で、僕の名前を呼んだ。人ではなくなった外見、黒っぽい装束に赤い甲冑、初めて会った頃の面影は遠い。それでも声だけは変わらなかった。さびしげな声だった。どうして来たんだ、と、まるで来てほしくなかったみたいに、僕たちに問いかけた。
 彼の後ろには十数匹の悪魔がいて、彼の指示もなく僕たちをみるみる取り囲んだ。にやにやと笑いながら、僕たちを品定めしていた。ニンゲンなんてめずらしくないだろうに、悪魔たちは決まって僕たちを物珍しそうに見た。もっとおどおどとしていた方がいいのかもしれないが、つけあがらせるだけだと知っていた。
 彼と悪魔の群れ、全部を相手取りながら、無理やり突破する。たぶん不可能ではないだろうと思ったが、それが目的じゃない。僕は仲魔たちをコンピューターに戻して、大人しく両手をあげた。最初から戦うつもりはなかった。
 それから僕たちは簡単に拘束された。歩け、と後ろ手に縛られた縄を引っ張られた。
 何の装備も外されることもなくて、僕は少し拍子抜けした。悪魔には武装という概念が乏しいのかも知れなかった。この群れのリーダーらしい彼なら、僕たちと一緒にいたことのある彼なら、僕らにとっての装備の必要性をわかるはずなのに、何も指摘しなかった。
 ただ唯一注目されたのは左腕のコンピューターだ。ただの人間が悪魔の召喚を行うための生命線。悪魔たちは、こんなもの壊してしまおうと騒めいている。
「放っておけ。
 壊しちまったら、こいつが悪魔殺しだってことを証明できなくなる」
 彼の一喝で悪魔たちは止まった。
 それから僕たちは歩いた。歩かされた。自分たちのペースで歩けないのは思ったよりも疲れた。悪魔たちは砂が足をとる場所でも、瓦礫が山積みになっている場所でも遠慮なく進む。たまに残っている道路の破片の、平たく硬い心地がありがたかった。
 不意に悪魔たちがげらげらと笑い声を上げた。あのニンゲンが、と聞こえて、聞く気をなくした。群れをまとめているはずの彼は、会話に参加していなかった。
「ねえ、あなたたち知り合いなんでしょ?
 この状況、どうにかならないの?」
 悪魔の談笑と僕たちの無言。しばらく続いたその中で、とうとう痺れを切らした、高い声が上がった。彼女は当然不満げだった。ギンザの地下街で彼から忠告を受けたとき、僕らの関係を彼女に説明してはいたが、まさか本当に捕まるとは、と思っているのだろう。彼は嘘はつかない。
 僕は頷く代わりに、背後で僕の縄を持つ彼を振り返った。どうにもならないんだよな、と目で訴えかけた。彼は不敵に笑った。……ちがうな、口は覆われているから見えない。細められた目は挑発の笑みだろうと、僕は解釈した。
「ここにいる全員、おれを含めて皆殺しにでもすれば、おまえらは解放されるだろうな」
 できるのか、と聞かれている気がした。やりたくない。それが答えだった。
 沈黙が戻ってきた。僕たちを取り囲む悪魔たちが、心底くだらない、下劣な話で笑っている。全てが他人事に聞こえた。彼も悪魔たちに混ざって話したらいいのに、僕らと同じく押し黙っている。僕たち三人だけに、音が無かった。
 しばらくそうしてから、今度は彼が口火を切った。
「どうして来たんだ」
 改めて彼は問いかけてきた。
 僕は彼を振り返らなかった。
「ちゃんと忠告しただろ」
 もちろん覚えている。それまで一度も再会したことのなかった姿を現してまで、彼はわざわざ言いに来た。むしろそれがいけなかった。
「会えると思って」
 ここに来れば、きっと捕まえに来ると思った。
……なんだよ、それ」
 なんとも言えない間が空いた。
 彼はそもそもどうしてこんなところで人獲りなんてしているんだろう。なんにも話してくれないけれど、聞いていないのだから当然だった。知りたいわけでもなかった。一緒にいない間に、僕たちも彼も互いにいろいろなことがあったんだろう。それだけの事実で十分だった。
 でも彼は、一つだけ聞いた。
「あいつはどうしたんだ」
 あいつ。
 僕ら共通の知人なんて、もう一人しかいなかった。そして、そうか、彼は知らないんだよな、と思った。なんだかずっと一緒にいた気がしていた。
「あいつは……
 僕は言い淀んだ。
「別れたのか? 案外じっとできない奴だもんな。
 探してた……彼女だっけ? 似た奴とか見かけたら、走り出しそうだしな」
 彼は少し懐かしむように笑っていた。でも、さっきの傷つくような笑い方がちょっと混ざっていた。
 彼の言う通りだったから、僕の視界はぼやけた。〝あいつ〟は結構賢そうな顔をしているのに、割と考えるよりすぐに飛び出していく性質だった。最後まで、その通りだった。
 僕は言おうかどうか迷った。嘘を吐こうか。誤魔化そうか。途中まで言おうか。本当のことを言おうか。
 口を開けた。言葉が出てこなかった。
 何を言えばいい?
 事実を?
 喉も言葉も、渇き切っていた。
 代わりに足が止まっていて、背中を強く押された。歩くように急かされたのが、まるで早く告白するように急かされているふうに感じた。
「死んだ」
 僕は白状した。
 認めてしまうとあっけなかった。
 悪魔の攻撃を受けて死んだ。
 僕たちの代わりに。真っ先に前に出て。
「死んだよ」
 もう一度いった。言えた。
 瓦礫をふむ感触が痛かった。靴もぼろぼろで、砂が大量に入り込んでいた。でも足は止められないから、仕方なくまだ歩いていた。無理やり歩かされていなかったら、その場でしゃがんでもよかった。
 ざくざく、ざく。
 足音が妙に大きく聞こえた。いつの間にか、砂が溜まっているところを歩いていた。砂埃に鼻がむずむずして、僕はくしゃみをした。鼻水が垂れてきたから、鼻を啜った。悪魔たちの声が聞こえなくなってきた。耳鳴りがしていた。
 しばらく時間が経った気がする。
 質問の主は、僕の答えに「そうか」とだけ返した。
 理由は聞かないのか、と思ったら、当ててほしいのか、と返された。声に出ていた。
「誰かを助けようと飛び出して死んだとか、誰かを庇って死んだとか、そんなところだろ。あいつなら、やりそうなことだ」
……
 頷く必要もなかった。それが肯定になった。
 彼がいるのが背後でよかった。彼の表情を見なくて済んだし、僕の顔を見られずに済んだ。
「おまえは、おまえの心配をしろよ」
 ぐい、と縄を引かれる。
「わかってるのか? この状況」
「わかってる……
「嘘だな」
 嘘じゃない。
 こうなるってわかっていたのに、僕はここに……君に会いに来たんだから。
 たぶん、僕は彼に期待していた。でも見逃してくれるとか、一緒に逃げてくれるとか、そんな期待じゃなかった。そんなことは起きないとわかっていた。
 昔と変わらない同じ声で、いなくなった彼のことを話したかった。彼は死んだ。死んだんだ。僕のせいじゃない、でも、僕のせいでもあった。
 弱いから死んだんだと言い捨ててほしかった。それなら、僕は見当違いな怒りを‪──弱いのは俺の方なんだと‪──彼にぶつけることができた。
 庇われて死ぬなんて情けない奴だなと罵ってほしかった。それなら、その通りだと僕は惨めに悲劇ぶることができた。
 君なら、そんなふうに言ってくれるんじゃないかって。僕は願っていたんだ。
 彼と僕を知っている君に、僕は責められたかったんだ。誰かに罰してほしかった。だって彼は、君のせいですなんて言ってくれなかったから。
 最低な想像だと思って、僕は唇を噛んだ。気持ち悪い祈りだ。捕まって当然だった。

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