モブは主役になれますか? 全年齢版

イケメン主任×モブな部下
「俺が森部を主役にしてやる」
モブ顔モブ思考な椎に、上司の潤理が恋愛指導をしてくれることになって――。

改稿版の投稿にあわせてこちらに移しました。




 潤理の恋愛指導は彼を好きになったら終わる。その日が早く来るように急いで好きになろうと思っていたが、そんなのはつらいに決まっていると今さら気がついた。好きになったら終わりだなんて、潤理もひどいことを考えるものだ、とため息をつく。
 絶対に好きになってはいけない。この関係が終わるのに好きになるなんて、残された恋心はどこへ行くのか。
 苦しさに眉を寄せる。手遅れになる前に、気持ちを切り替えないといけない。





 街路樹の葉が初夏の風に揺れている。心地よいさざめきが聞こえて、すうっと深呼吸をした。
 潤理は真剣にずっと椎の恋人役をしてくれている。優しくされるたびに胸が痛むようになり、強張る身体が軋む。これはもう手遅れだろうか。
 恋が始まれば関係が終わる。そんなのは残酷すぎる。潤理を好きなんてことはない。そう言い聞かせていても、優しくされるとひとたまりもない。
 モブモブ言う潤理が苦手だった。だがこの関係が始まってから彼は大切そうに「椎」と呼ぶ。本気で恋人扱いし、主役にしてくれている。
 それなのに喜べない。こんなのは椎が望んだ「主役」ではない。椎が望んだのは、もっと甘くて楽しくて優しくて――涙が込みあげた。
 甘くて楽しくて優しいのは潤理との時間。夢見た主役ではなくても、潤理が与えてくれた主役のほうが嬉しい。嬉しいのに、つらい。

「椎? どうした?」

 顔をあげると潤理に顔を覗き込まれていて、距離の近さに身体を引く。

「ちょっと考えごとをしていました」
「それは俺のこと?」
……そう、です」
「なら許す」

 無邪気に笑うから、椎の心臓は壊れてしまいそうなくらいに暴れる。潤理は椎を苦しくさせる。だったら早く離れればいいのに、それができない。

「潤理さんはどんな人が好きですか?」

 聞いてから後悔した。これは聞くべきではないことだ。

「好みのタイプってことか?」
……そうです」

 今さら「やっぱりいい」と言ったら変に思われる。仕方なく潤理に合わせた。

「真面目で飾らない人が好き。年下でモブ顔モブ思考だったらもっといい」
「それは……
「椎だよ」
……

 どうしてそういうことを言うのか。つらくなるばかりではないか。

「椎?」

 優しい呼びかけも、心配してくれるのも、そういう役割だからだ。潤理が優しいから、練習につき合ってくれているだけ。

「ありがとうございます。こうやって一時的にでも主役になれるのは潤理さんのおかげです」

 だからもういいです――口から滑り出そうになって思わず呑み込む。言えば楽になれるかもしれないが、それをしたくない。顔を見られず俯く。目を見たら逃げられなくなる。

「はっきり言っておくけど」

 低い声が空気を揺らした。ただならぬ雰囲気にゆっくり顔をあげると、険しい表情の彼と出会った。

「俺はなんとも思ってない相手をこんなふうに言わない」
……

 なにも答えられない。言葉を発したら同時に涙まで零れ落ちてしまいそうだ。震える唇を噛んで平静を装う。

「椎だから言ってるんだ」

 それは今、椎の恋愛指導をしているからだろう。もし他の人の指導をしていたら、その人に同じことを言っていたはず――そう考えたら視界が涙で揺らめいた。
 止めなければいけない。この気持ちの暴走を抑えなければいけない。

「椎、どうした?」
……やめてください」
「椎?」

 心配そうに椎を見つめる潤理を睨み返す。ひどく困惑した色をたたえる瞳が椎を映す。

「椎なんて呼ばないで。俺はモブです。主役なんてやっぱり無理です」

 一度言葉にしたら止まらなかった。溢れる感情のままに言葉を吐き出す。それはとげとげしく、口から出るたびに椎自身も痛みを伴った。

「急にどうした?」
「俺はモブでいいんです。だってモブなら――

 ――こんなに苦しくならずに済んだ。
 主役の恋を応援して、大多数に埋もれて誰にも覚えてもらえないくらいがちょうどいい。潤理に「モブC」と呼ばれて、たまにチョコレートをもらって。そんな平凡な日々でいい。「主役になりたい」なんて、過分な願望を口にしたから罰があたったのだ。

「モブはモブでしかありません」
「椎……

 潤理のほうが傷ついた顔をしていて、なぜ、と思うのにもう止められない。吐き出してしまえば楽になれると思ったのに、どんどん苦しくなっていく。

「もう無理です。主役は降ります」

 潤理を置いて駆け出す。
 椎は逃げた。主役から、潤理から。
 彼を好きになったと言ったら、結末は同じだった。だったらせめて自分からその座を降りたい。主役になりたいなんて二度と考えない。