モブは主役になれますか? 全年齢版

イケメン主任×モブな部下
「俺が森部を主役にしてやる」
モブ顔モブ思考な椎に、上司の潤理が恋愛指導をしてくれることになって――。

改稿版の投稿にあわせてこちらに移しました。




「森部、ランチ行くぞ」

 潤理に誘われて立ちあがると、女性社員が三人寄ってきた。むわっと香水のにおいがして鼻をつまみたくなるのを我慢した。

「一星主任、私達もご一緒していいですか?」

 一緒に行くのかな、と様子を窺う。潤理は女性達を見もせずに首を横に振る。

「いや。悪いが森部と重要事項の相談をするから遠慮してもらえるか」
「はあい」
「残念」
「次はご一緒させてくださいね」

 しゅんとした女性達を置いて潤理が歩き出すので追いかけた。今日は歩調を合わせてくれず、椎は一生懸命追いかける。それでも距離が広がるのが悔しい。

「重要事項ってなんですか?」
「後で話す」

 なんだろう、とついて行き、いつもの定食屋で向かい合って座る。重要事項と言ったわりには潤理の表情は和やかだ。

「今週末どこ行きたい?」
「重要事項では?」
「重要事項だろ」

 水を飲んだ潤理が真剣な表情になり、椎が首をかしげたら頭を小突かれた。

「重要事項なんだよ」
「はあ」

 どこに行きたいか――つまりデートの相談が重要事項。また首を傾ける。

「反応が減点」
「えっ」
「行きたい場所は?」
「なんて答えると減点されませんか?」

 こういうときは素直に聞く。潤理は軽く目を細めて息をついた。ため息ではなさそうだが、どこか呆れを含んでいるように見える。潤理はいつも呆れているように感じるが、それだけ椎がずれているのだろう。

「森部が本当に行きたい場所を言うと満点」
……行きたい場所……

 考えても浮かばない。ひとりだと出かけるのも億劫で、休みは部屋でごろごろしてすごすばかりだ。誰かに誘われることも、誘うこともない。至って地味な人生だと自分でもわかっている。

「スーパーに行きたいです」
「は?」
「買い物しないと」

 ようやく思いついたのはそこだった。他に浮かびようがないのは、経験も知識もないから。これまでデートなんて言葉とは遠い位置にいたのだから、行きたい場所などぱっと浮かぶわけがない。
 こういうとき、主役ならばあそこに行きたい、ここに行きたい、とすぐに返せるのだろう。その差に少し落ち込んだ。

「買い物からおうちデートの流れか。なかなかやるな」
「えっ」

 おうちデート?
 挑戦的な潤理に椎はたじたじだ。

「違うのか?」
「違います」
「減点」
「ええっ」

 厳しすぎる。別に減点され続けてもなにかをとられるわけではないのだが、なんとなくすっきりしない。ここは挽回しなければ、と気合いを入れる。

「どうしたら追加点をいただけますか?」
「おうちデートでとり返せ」
「決まりなんですか?」
「買い物に行きたいと言ったのは森部だ」

 たしかに言ったが、そういう意味ではない。その思考を読んだかのように潤理の鋭い視線が「減点」と言っている。仕方がない、と頷いた。

「でも、俺の部屋なんて楽しくないですよ」
「そういうときは、『ふたりでいられたら、それだけで楽しい』って言うんだよ」
「ほう」
「『ほう』じゃない」

 まったく、とまた頭を小突かれた。
 これが重要事項の相談なのか、と気が抜けた。だがそれを顔に出したら間違いなく減点されるので表情を引き締める。だが潤理の瞳は厳しいままだ。

「減点」
「なんでですか!」

 今は思っただけで言っていない。潤理は椎をじっと見つめる。

「可愛く笑ったら満点」
……

 可愛くとはどうしろと。一度首をかしげてから、なるべく可愛くなるように笑って見せるが顔が引き攣った。ぎぎぎ、と音を立てそうな笑顔になり、もちろんため息をつかれた。

「ほんと、森部ってさ」
「すみません」
「そういう初心なとこが可愛いんだよ」

 慣れないことをして渇いた喉を潤そうと、口に含んだ水を噴き出しそうになった。そんな馬鹿な。

「俺以外に捕まるなよ?」
「どういう意味ですか?」
「減点」

 どれだけ減点されたかわからないくらいマイナスされ、重要事項の相談は終わった。今日のランチ代は抵抗しても潤理に払われた。

 仕事が終わったらまっすぐ帰宅して部屋を見まわす。

「おうちデートとはなにをするのか」

 考えてもわからない。週末まで日にちがあるのできちんと片づけをしよう。見られたら困るものは隠して――そんなものはなかった。本当にたいしたものがないごく普通の部屋だ。潤理はこんなところに来て楽しいのだろうか。首を傾けて、また傾ける。唸ってみても答えは出ない。
 とりあえずメッセージを送ってみよう、と考えついた。すごく恋人らしい。と思ったが、なんと送ったらいいのか。お疲れさまです――それは帰りに言った。おやすみなさい――まだ寝ない。
 悩んで悩んで首をかしげ続けた結果、『おうちデート楽しみにしてます』と送った。送ったはいいが、今度はなんと返ってくるのか気になりすぎる。なかなか既読にならず、リビングをうろうろする。家族以外とメッセージのやりとりなどほとんどしないので、なんて返ってくるのか緊張する。
 スマートフォンが短く鳴った。どきどきしながら確認する。

『合格。俺も楽しみにしてる』

 合格をもらえたことが嬉しくてにやける。たくさん合格をもらいたいから、もっと頑張ろう。