モブは主役になれますか? 全年齢版

イケメン主任×モブな部下
「俺が森部を主役にしてやる」
モブ顔モブ思考な椎に、上司の潤理が恋愛指導をしてくれることになって――。

改稿版の投稿にあわせてこちらに移しました。




 ついたのは小洒落た居酒屋だった。炉端焼きメニューの看板が出ている。店内はジャズが流れていて居酒屋特有のざわつきがなく、どの客もしっとりと酒と料理を楽しんでいる。大人の店だ。さすが主役が連れて行ってくれる店は、椎が知っている店とは違う。
 テーブル席に向かい合って座り、メニューを渡される。

「なに飲む? 日本酒と梅酒の種類が多くておすすめだ」
「じゃあ梅酒のソーダ割りがいいです」
「梅酒って言ってもこれだけあるからな」

 ドリンクメニューの梅酒一覧を見せてくれて、「えっ」と声が出た。そこには縦一列にずらりと名前が並んでいる。銘柄などわからないし、飲み比べても椎の平凡な舌ではどれも同じだろう。

「主任のおすすめがいいです」

 ここはわかる人のおすすめにするのがいい、と潤理に任せる。潤理はメニューを見ながら頷いた。

「飲みやすいのと重めなのだとどっちがいい?」
「飲みやすいのがいいです」
「わかった」

 潤理が店員を呼んで自分の黒ビールと、椎のなんとかかんとか梅酒のソーダ割りを注文してくれた。梅酒の名前は呪文のように聞こえてよくわからなかった。メニューには黒糖梅酒や緑茶梅酒など、変わったものも載っていて、どんな味だろうと首をかしげた。スーパーやコンビニで売っているようなメジャーな梅酒以外は知らない。

「お疲れさま」
「お疲れさまです」

 乾杯してグラスに口をつけると、飲みやすくておいしい。炭酸がしゅわっと舌の上で弾けて心地よかった。

「おいしいです」
「よかった。料理もうまいから」

 とり分けてくれた茶色い焼き物を食べてみると、こりこりしゃりしゃりした楽しい食感と黒胡椒の辛味がぴったりで驚く。こんなものは食べたことがない。

「これはなんですか?」
「鶏の砂肝の黒胡椒焼き」
「初めて食べました。こっちは?」

 オレンジ色のなにかが小鉢に入っている。ディップして食べるようだ。

「海老みそ」
「おお……。濃厚ですね」
「これは軟骨入りつくねの柚子胡椒焼きだ」
「最高です」

 すすめられるまま食べてはっとする。慌てて口内のものを嚥下し、姿勢を正して潤理の顔を見た。

「どうした?」
「なにかお話があるんですよね?」
「は?」

 きょとんとする潤理にしっかり向かい合う。

「あんなに真剣な様子で誘ってくれたということは、誰にも聞かれたくない重要な話が――
「はあ?」

 向かい合う男の表情が呆れたものに変わった。なぜだ。

「こんなとこで重要な話なんてするか」
「そうなんですか?」

 あたりまえだろ、と言うように大きなため息をついた潤理は、椎の頭を小突いてビールを呷った。動く喉仏が男らしくて色っぽい。

「ほんとにモブ頭だな」
「モブ頭は初めて言われました」

 感心するとまた呆れた顔をされた。そんなに呆れられるほどのことを言ったつもりはないのだが。

「ただ一緒に飲みたかっただけだ」
「なぜモブと」
「だから自分でモブって言うな」

 笑顔が可愛くて、こんなふうに笑うこともあるのか、とどきりとする。どきりはまずい。この人は主役で自分はモブ、ときめくなど過分だ。

「ほんと、森部って可笑しい」

 整った顔をくしゃくしゃにして微笑む潤理にまたどきりとしてしまい、自分の太腿をつねった。それはだめだ。だが、思いのほか強くつねってしまい、痛みに涙が滲んだ。

「どうした?」
「え?」
「泣きそうな顔してる」
「いえ……なんでもないです」

 椎の表情の変化など見ていて楽しいものではないだろうに、しっかり見られていた。つくねをひと口食べた潤理はなにかを逡巡するように視線を彷徨わせた。

「まあ、聞きたいことはあるかな」
「頼まれたデータ入力なら月曜の昼までにお渡しできます」
「違う」

 潤理が椎に聞きたいことなんて仕事の進捗以外に思い浮かばなかったが、違ったようだ。また呆れられた。この表情を今日何度見ただろう。

「森部はつき合ってるやつはいるのか?」
「いません」

 即答すると軽く目を見開いた潤理は「本当に?」と問いを重ねた。頷くとどこかほっとしたように息を吐き出し、ビールをひと口飲んでいる。

「俺みたいなのは嫌いだって言ってたけど、他に好みはあるのか?」

 探るような瞳が椎をとらえる。そんなに見られてもなにも出てこない。

「ありますよ。言いませんが」
「教えろよ」

 グラスをとると、氷がからんと音を立てた。少し薄くなった梅酒ソーダは炭酸も弱くなり、舌の上で控えめに跳びはねる。

「モブの好みのタイプなんて聞いて、なんの得があるんですか?」
「だから」
「だって本当にモブですもん」

 どんなに夢見て変わろうとしてもモブのまま。頑張ったところで実らないのなら、ともうとっくに諦めた。拗ねた感情はそのまま顔に出た。

「いいから教えてくれよ。聞きたい」
……笑いませんか?」
「笑うわけないだろ」

 潤理が真剣なので、ここは椎も真面目に答えなくては失礼だ、と軽く背筋を伸ばす。笑わないという言葉を信じて、促されるまま身にそぐわない好みのタイプを話した。

――それから、見た目より中身が素敵な人がいいです。主任のようにモブモブ言わなくて、俺を大切にしてくれたら幸せです」

 そこまで話してはっとする。椎がゲイだということはばれていないだろうか。発言を思い返してみるが「男性」とは言っていないし、包容力のある女性が好みだと思われるくらいか。

「なるほど。俺は一歩リードしてるかと思ったが違ったか」
「はい?」

 リード?

「こっちの話だ。そうか。見た目はどうでもいいのか」

 なにかぶつぶつ言っている潤理を不思議に思いながらグラスに口をつける。溶けた氷で薄まって、もう梅酒の味はしない。ぼんやりした味は目立たない椎のようだ。

「なあ、森部」
「はい」
「今まで森部がつき合った相手ってどんなやつだ?」

 妙に険しい表情で聞かれ、瞼を伏せる。そんなせつないことを聞くのか。

「モブは主役にはなれません」
「は?」
「いつも片想いで終わります」

 ふたりの間に沈黙が流れた。なんとも答えにくいことを言ってしまったと反省する。潤理がなにも言わないので椎も口を開けず、グラスを軽く揺らした。からからと涼しい音がする。

「俺が主役になれるような恋がしてみたいです」
「したらいい」

 簡単に言うが、それは潤理が主役だからそんなことを言えるのだ。モブが主役になることがどれだけ大変かわかっていない。

「できないことがわかってるので、もう諦めました」

 それでも、もしできたらいつか、と夢を見るのは仕方がない。誰だって心が蕩けるような恋がしたいものだ。

「枯れるには早い」

 ビールを飲んだ潤理の唇が濡れていて、男の色気を感じさせる。つい視線を逸らした。

「俺が教えてやろうか?」
「なにをですか?」
「主役になれる恋」

 言われている意味がわからず首をかしげる椎に、潤理は不敵に微笑んだ。

「俺が森部を主役にしてやる」