モブは主役になれますか? 全年齢版

イケメン主任×モブな部下
「俺が森部を主役にしてやる」
モブ顔モブ思考な椎に、上司の潤理が恋愛指導をしてくれることになって――。

改稿版の投稿にあわせてこちらに移しました。




 翌日、土曜日で休みなのをいいことにずっと考えごとをしている。潤理の言葉が頭にまわる。モブが主役になんてなれるわけがない。しかも潤理は苦手なタイプだ。
 だが昨夜の彼は雰囲気が違った。椎の話をたくさん聞いてくれて引きあげてくれた。
 突然スマートフォンが鳴り、飛びあがりそうになる。まさか、と画面を見ると潤理からの着信だった。

『なにしてる?』
「なにもしてません」
『じゃあデートしよう』
……

 驚きすぎて無言になった。デートなんて単語が椎の人生に現れるなんて想像もしたことがない。

「俺といても楽しくないですよ」

 とりあえず断る。どう反応したらいいのかわからない。潤理の姿は見えないけれど、絶対に呆れた顔をしている。

『そういうところがモブなんだよ。俺が主役にするって言っただろ』

 たしかに言われたけれど、デートなんて――心臓がばくばくと脈打つ。本当に椎も主役になれるのだろうか。

 車で迎えにきてくれた潤理は、さすがとしか言えないファッションセンスだった。白いシャツに濃紺のテーパードパンツ、シンプルなのに、スタイルのよさが際立っている。主役はどんな服装でも輝くものだと妙に感心した。

「どこに行くんですか?」
「まずは食事をしよう」

 助手席側のドアを開けてくれて、シートに座る。時間を見るとちょうど正午をすぎたところで、昼だとはっきりと確認したら椎の腹が鳴った。

「いいタイミングで鳴るな」
「聞かなかったことにしてください……

 恥ずかしくて頬が熱い。潤理はくつくつと笑っている。
 車が走り出し、ちらちらと運転席を盗み見る。恰好いいとは思っていたが、度を超えていると思う。ハンドルに添えられた骨ばった大きな手はしっかりしていて、大人の男性の手だ。急にどきどきしてしまい、首を横に振った。

「どうした?」
「本気なんですか?」
「なにが?」

 赤信号で停まり、潤理がこちらを見る。わかっていて言わせようとしているのか、冗談だったからなにを言われているのかわからないか、どちらだ――暫し考えて、きっと前者だろうと結論を出す。

「俺を主役にするって」
「本気」

 迷いなくさらりと返ってきてどきりとする。どうしてそんなことをしてくれるのだろう。

「主任はつき合ってる方はいないんですか?」
「いたら嫉妬してくれるか?」

 信号が青になり、車がまた進む。

「そんな身分不相応なことはしません」

 自分で言って傷ついたが、それが真実だ。椎が嫉妬をするなど許されない。

「あのな」

 潤理がちらりと横目に椎を見る。その視線が鋭く、少し怖くて思わず姿勢を正した。

「おまえは今主役なんだ。そういうモブ思考は捨てろ」
「主役?」
「俺の相手は椎だろ」
「椎」

 呼び捨てにされた。「椎」の響きが鼓膜をくすぐる。また信号で停まり、こちらを見た潤理が片方の眉をあげた。

「恋人が名前で呼んでなにが悪い? 椎も『主任』はやめろ」
「じゃあなんて」
「潤理」

 呼吸が止まるかと思った。そんなのは無理だと口をぱくぱくさせる。

「それくらいこなせ。主役になりたいんだろ?」
「は、はい」

 もうすでに「なれない」のほうに天秤が傾いているが、姿勢を正して気持ちを引き締めた。「無理」という言葉がきくならこんなことにはなっていないだろう。もちろん、主役になれるならそれは嬉しい。

「あの、じゅ、潤理さん……
「まあ合格」

 よかった、とほっとする。ずっと聞きたかったことがある。大事なことだ。

「どうして潤理さんはこんなことにつき合ってくれるんですか?」

 潤理の眉がぴくりと動いた。怒っただろうか。だが気になるのだ。椎を主役にすることで潤理はなにか得るものがあるのだろうか。

「なにか楽しいですか? 得になりますか?」

 考えてみても潤理が得られるものがなにもない。むしろ労力を使い、疲れて疲労するばかりだ。特に根っからモブの椎を主役にするなど、気力も必要だろう。それを自らやると宣言するということは、椎が思いつかないだけでなにかあるのか。あるのならば、ぜひ知りたい。

「あのなあ」

 大きく深いため息をつかれた。潤理がちらと椎を見て、もう一度ため息をつく。

「損得でやってるわけでも、楽しみを求めてるわけでもない」
「じゃあどうしてですか?」
「そういうことは聞かないのが正しい。察しろ」
「察する」

 ものすごく難しい課題を出された。「察する」椎はもう一度呟く。二度言うくらい答えの見えない単語だ。なにをどう察しろというのか。せめてヒントが欲しいが、それも教えてもらえなさそうだ。そういう言い方をされるともう同じことを聞けないし、仕方がないと窓の外を見る。少し落ち着こう、と静かに深呼吸をしてみる。
 車は静かに走る。休日で道は若干混んでいて、いろいろな車種が走っている。なんとはなしにその流れを見ながら自分の手のひらを指でなぞった。
 どうして潤理はこんなことをしてくれるのか――答えをもらえなかった問いは心で燻った。