モブは主役になれますか? 全年齢版

イケメン主任×モブな部下
「俺が森部を主役にしてやる」
モブ顔モブ思考な椎に、上司の潤理が恋愛指導をしてくれることになって――。

改稿版の投稿にあわせてこちらに移しました。




「森部、悪いがこのデータを探してほしい」
「わかりました」

 潤理は仕事中には「森部」に戻る。これが大人の切り替えか、と感心する。引き締まった表情はぴりっと緊張感があり、仕事モードだ。
 それに対して椎はどう接したらいいかわからない。一応潤理は椎の恋人なのだ。つまり社内恋愛ということになる。まるで主役のような秘密のどきどき感に激しく戸惑う。世の中の人はこんなにそわそわした気分をいつも抱いているのかと思うと、それなのに顔に出さないことを尊敬する。椎は慣れない感覚に惑わされている。まさか恋愛指導という名のもとでも恋人がいる自分なんて想像もできない。
 だが今、いる。
 また頬が熱くなった。ついでに一昨日手を握ったことまで思い出してしまい、デスクに額をぶつけた。

「なにやってるんだ」
「すみません」

 本当に「すみません」だ。潤理のことばかり考えている。

「パソコンには頭突きするなよ」
「パソコンの心配ですか」
「当然だろ」

 やはり大人の切り替えだ。土曜日にあれほど甘やかしてくれたのが嘘のようだ。ぼんやりしていたらデスクにころんとひと口チョコレートがふたつ置かれた。いつものチョコだ。

「好きだろ」
「はい……。ありがとうございます」

 ふと、どうして椎の好きな食べものがチョコレートだと潤理が知っているのか、不思議に思った。ひとつ個包装を破って口に入れる。口に広がる甘さに、また土曜日のことを思い出した。
 土曜日、一時間ぴったり手を繋いだ後にのんびりと公園を散歩した。気候がよく、通りすぎる風が気持ちよくて隣には甘い微笑みを向けてくれる恋人。脳みそが溶けるかと思った。潤理の微笑みはチョコより甘かった。
 渡されたメモにあるデータを抽出していると視線を感じた。顔をあげたら潤理が椎を見ている。目が合い、少しだけ口角をあげられて、うわ、と顔を伏せる。どきどきが激しい。主役は大変だ。胸もとを押さえて深呼吸をした。

「一星主任は苦手だったはずなのに」
「苦手で悪かったな」
「えっ」

 ひとり言に答えがあって驚く。気がついたら昼休みになっていた。潤理がまた椎を見ている。

「ランチ行くぞ」
「えっ……え?」

 当然のようにビル内の定食屋に連れて行かれた。昼なので混んでいる。

「森部は社内恋愛に向かないな。顔にも口にも出てる」
「はい。すみません」

 恥ずかしくて縮こまる。なにごともないようにできる潤理がおかしいと思っていたが、全部まる見えの椎のほうがおかしいらしい。初めてのことで常識やルールがわからない。総菜を食べながらため息が出た。

「まあ、いいんだけど」

 潤理もきんぴらを口に運ぶ。なぜ主役が食べているときんぴらさえフルコースの前菜に見えるのか。不思議で仕方がない。

「いいんですか? 関係がばれたら主任に迷惑がかかりますよね?」
「そんなことは気にしなくていい。責任もって、森部が主役の恋ができるようにしてやる」

 なぜか気合いが入っている潤理に、苦手なんて言って悪かったな、と思う。こんなにも真剣に椎のことを考えてくれているのだ。感謝してもし足りない。
 だが潤理の期待するような主役になれる自信があるかと聞かれたら答えられない。基本がモブなのだから、どうやってもそこから抜け出すのが難しい。それでも彼が味方だと心強く、頑張ろうという気持ちになれる。

「え……。待ってください。どうして俺の分まで」
「いいだろ。俺の特権だ」
「部下のランチ代を支払うことのどこが特権ですか。むしろ罰ゲームでしょう」

 当然のように椎の分まで支払った潤理はどこか満足そうだ。

「なにかお礼を」
「じゃあまたデートしよう?」

 微笑みを向けられぽうっとなる。これが大人か。椎も大人のつもりだったが、違ったようだ。こんな恰好いいことは言えない。笑顔の威力がすごすぎる。

「ありがとうございます」

 潤理の優しさは、椎が練習の恋人をしているからだろうけれど、本当の潤理はこういう人なのだなと思うと、練習ではなくそれを知れる人に複雑な感情が湧いた。そんな自分に驚いた。