モブは主役になれますか? 全年齢版

イケメン主任×モブな部下
「俺が森部を主役にしてやる」
モブ顔モブ思考な椎に、上司の潤理が恋愛指導をしてくれることになって――。

改稿版の投稿にあわせてこちらに移しました。




「椎」

 はっとして顔をあげる。見える景色が止まっていて、あれ、と思う。食事をしてから、少しのんびりしようか、と車を走らせてくれた潤理は大きな公園に向かった。おいしい昼食での満腹感が眠気を呼び寄せ、うとうとしてきたところまでは覚えている。うとうとしたということは、そのまま眠ってしまったということか。
 車は駐車場に停まり、潤理が椎の顔を覗き込むので頭を引いたらヘッドレストにぶつけた。

「なにやってんだ。眠いのか?」
「ちょっとだけ」

 寝顔だったり間抜けなことをしたり、恥ずかしいところばかり見られている。だが潤理はそんなことを気にした様子ではない。

「じゃあこのままのんびりするか」

 軽く伸びをした潤理が椎を見て微笑む。ただ笑っているだけなのに絶景すぎないか。助手席は魔の場所だ。潤理がいつも以上に恰好よく見える。潤理に恋愛感情を持っている人だったら倒れるかもしれない。

「椎はゲイのコミュニティとか参加するのか?」
「はい?」

 どうしてそんな話題が急に出たのか。手のひらに汗をかく。

「あれ、違った?」
「いえ。……違いませんが」

 どういう反応が返ってくるかわからないが、ここは正直になったほうがよさそうな気がした。もしかしたら昨日の会話などからばれたのかもしれない。

「どうして俺がゲイだって」
「仲間はわかる」
「え?」

 仲間とはなんだ、と首をかしげると、潤理は困ったような顔で微笑んだ。これもまた恰好いい。「恰好いい」という単語は潤理のためにあるのかもしれない。ミドルネームが「カッコイイ」でも椎は驚かない。そもそも潤理は日本人だが、そんな馬鹿なことを本気で考えた。

「仲間って言ってるんだから気づけよ」
「えっと……?」

 それはまさか。

「俺もゲイ」

 一瞬動きが止まった。呼吸も止まったように感じた。そんなことがあるのか。

「主任、女性にもてるのに」
「だから主任はやめろ。もてたって女に興味がないんだ」

 ふう、とひとつ息をついた潤理はすっきりしたような表情をしている。今まで隠していたことが重荷だったのかもしれない。

「なるほど」

 そういえばデートと言ったり、なんとなく距離が近かったり、潤理の言動に合点がいった。椎の納得に潤理は片眉をあげる。

「それはなにに対しての納得だ?」
「とりあえず手もとのモブでよかった理由がわかったな、と」

 そう考えるとあまり深い意味はなかったのかもしれない。考えすぎて逆に難しくなっていたようだ。
 だが潤理は「あのな」と表情に怒りを滲ませる。

「次自分のことモブって言ったら罰ゲーム受けてもらうからな」
「えっ」

 それは嫌すぎるけれど、言わない自信がない。どうしても椎はモブなのだ。

「自分は主役と言ってみろ」
「言えません」
「罰ゲーム」
「モブだと言ってないですよ」

 罰ゲームという響きは怖くてよろしくない。逃げるために言い募ると、潤理は意地悪に微笑む。

「気持ちがモブだった」

 それはずるすぎる。気持ちの面をいうなら、椎は一生罰ゲームだ。主役にしてくれるということもまだ半信半疑なのだから。
 潤理がこちらに手を差し出すので首をかしげる。

「罰ゲーム。俺の手握ってみろ」
「えっ」
「それくらいできるだろ」

 手をひらひらと揺らされ、頬がどんどん熱くなっていく。揺れる手は爪の形まで整っていて綺麗以外に言いようがない。

「ほら」

 さらに手を椎へ伸ばすので勇気を出して握ってみると、雷に打たれたような衝撃を受けた。

「こ、これは……
「なに?」
「非常に恥ずかしいですね」

 顔が猛烈に熱くて火照りが止まらない。握った手は温かく、見るよりもしっかりしていて大きく感じる。

「主役はみんなこんなことをするんですか? 心臓がもたないです」

 溺れかけのようにあっぷあっぷしそうになるほど呼吸がままならない。こんなのは恥ずかしさの極みだ。

「椎だって今主役だろ?」
「やっぱり俺は――
「諦めるな」

 手を握り返され、驚きに肩が上下した。握っている手が動いたことが衝撃的で、本当に自分以外の人の手なのだとわかる。そんなあたりまえなことさえ再認識しないと理解できないくらい混乱していた。
 頬がどんどん熱くなってきて倒れそうだ。火照る頬を空いた手で扇ぐと潤理が笑った。

「純粋すぎて心配になる」
「これでも潤理さんの意地悪のおかげですれた気持ちになります」
「それはそれは」

 また笑われた。ほんの少しの嫌みを混ぜたのだが、気がつかれなかったようだ。

「もう離していいですか?」

 限界だ、と白旗をあげると顔を覗き込まれた。距離が近い。

「離したいのか?」
……っ」

 また頬が熱くなる。思わず目を逸らすと、「減点」と言われた。

「そこは見つめ返せ」

 無理難題をさらりと口にするのは、潤理には難しいことではないからだろう。それは彼が主役だからであって、モブには見つめ合うという行為がどれだけ大変かわかっていない。

「そんなこと……だって」
「だって?」
「潤理さん、顔だけはいいから」

 真実を言ったのに、綺麗な顔が歪んで眉が寄った。発言を間違えたようだ。

「顔だけかよ」
「自覚ないんですか?」

 手をきつく握られ、心臓が大きく跳ねた。どうして、と聞こうとしたが、手の甲を指で撫でられて頬に激しく熱が集まってしまい、言葉にならなかった。

「傷ついた。罰として一時間手繋げ」
「ええっ」
「主役になるにはこれくらいやらないと」

 もう主役なんて無理なのではないか。だが隣の人は諦めていないようだ。それならば期待に応えないといけない、と気合いを入れる。

「が、頑張ります……が」
「が?」
「心臓がおかしくなりそうです」

 激しく脈打つ心臓は今にも壊れそうだ。こんな心拍を感じたことはない。明らかに異常だ。主役の人達は心臓がおかしくならないのだろうか。

「そういうとこ」
「え?」
……
「なんですか?」

 潤理が窓の外に視線を移すが、その頬がわずかに赤い。

「潤理さん?」
――可愛いよ」
「っ……

 可愛い。可愛い……
 また顔が燃えそうなまでに熱くなる。この言葉は完全に主役の領域だ。

「あ、ありがとうございます。今、主役の気分を味わえました」
「は?」
「潤理さんの恋愛指導は実践がメインなんですね」
「はあ?」

 まるで本当に主役になったようで、興奮が沸き起こる。モブには不相応だとわかっているのに浮かれる気持ちを抑えられない。

「わかってます。モブを主役にするために厳しくいろいろ教えてくれてるって。勘違いなんてしませんから」

 どんなに潤理が引きあげてくれても、それは指導だから。そこを勘違いすると痛い目を見るから、きちんとわきまえていないといけない。これは「恋愛指導」だ。

……はあ」

 大きなため息をつかれた。腹の底から出ていそうな深さだ。複雑な顔をした潤理が、椎の手を両手で包む。

「椎の言うとおり、俺の恋愛指導は実践がメインだ」
「はい」
「だから椎。おまえは俺の恋人だ」

 なんと言われたのかわからなくて首をかしげる。恋人と聞こえたような気がするが、絶対に聞き間違いだ。

「は?」
「椎は俺の恋人だ。わかったな」

 聞き間違いではなかったようだ。受けとった言葉の衝撃に鼓膜から熱がじわじわと広がっていく。

「こ、恋人……
「実践のためにそう思え」
「あ、ああ……なるほど」

 驚きすぎて魂が抜け出しそうになったが、なんとか引き留める。思うだけでいいのか、とほっとした。

「くそ。絶対主役にしてやる」

 こんなに気合いを入れてくれるなんて、けっこういい人なのかもしれない。ひとりの部下のために身体を張ってくれるなんて、すごい人だ。潤理が親切にしてくれることを無駄にしないよう頑張らなければ。

「ところで、この恋愛指導に期限はあるんですか?」
「ない」

 それはまずい。椎のことだからずるずると甘えてしまう。

「それだとずっと潤理さんのお世話になり続けてしまいます。期限をつけてください」

 一か月とか二か月とか、一週間でも、潤理が定めてくれた期間できちんと主役になれるように頑張ろう。根底からモブの椎には主役を味わえるだけでとても貴重な体験だ。

「じゃあ……椎が俺を好きになったら終わりだ」

 悩むように唇を引き結んでいた潤理がようやく口を開く。言葉にしながら、まだ迷っているようだ。

「わかりました。面倒をかけすぎないためにも、早く潤理さんを好きになります」

 潤理はまたため息をついた。