モブは主役になれますか? 全年齢版

イケメン主任×モブな部下
「俺が森部を主役にしてやる」
モブ顔モブ思考な椎に、上司の潤理が恋愛指導をしてくれることになって――。

改稿版の投稿にあわせてこちらに移しました。

「モブC」
森部 もりぶ しいです」
「似たようなものだろ」
「微妙に違います」

 椎の小さな反論など聞かずに、「Cってとこが絶妙だな」とひとりで納得している。
 就業中のいつものやりとり。どうせ椎はモブだ。わかっているからむっとなる。言い返してやりたいが、相手は一星 いちほし潤理 じゅんりという明らかに主役級な名前に整った顔、均整のとれた体格と、言い返す要素がない。「ひとつの星」なんて、どう考えても主役だ。黒髪は椎も同じだが潤理のものはつややかで、触れたら絶対に「さらっ」と効果音がつく。いろいろ揃いすぎていて逆につっこみたくなるが、持って生まれた人とはそういうものなのだろう。潤理も椎も「し」を使う名前なのに、どうしてこうも違うのか。
 椎のこげ茶の瞳とは違う、神秘的な雰囲気をたたえる黒い瞳がパソコンのモニターをじっと見ている。

「それでなにか?」
「このデータ、わかりやすかった。助かる」
「いえ」

 それでも嫌いになれない理由は、小さなことでもきちんと評価してくれる主任だからだ。だが苦手には変わりない。

「本当にモブ顔だな」
「はあ」

 ペットでも見つめるように優しく目を細める潤理に曖昧に頷く。どう答えろというのか。
 たしかに椎は名前だけではなく見た目もモブだ。目立たない顔面に平均的な身長、普通体形と秀でるところのない能力。抜きん出たものがひとつもない。大多数の中に埋もれる存在だ。

「一星主任と比べないでください」
「別に比べてるつもりはない。手を出せ」

 素直に手を出すと、手のひらに個包装のひと口チョコレートがのせられた。

「甘いもの食って機嫌直せ」
「へそを曲げてるわけではないです」

 失礼します、とデスクに戻る。なんだか子ども扱いされているようだ。たしか潤理は三歳上だと聞いたことがあるから二十六だ。三つ差があると二十三歳の椎も子どもに見えるのだろうか。
 潤理のような見た目だったら、椎だって主役になれたかもしれないのに、現実は厳しい。

「モブ、これもまとめてくれ」
「はい」

 つい普通に返事をしてしまうくらい、潤理にモブと呼ばれるのに慣れている自分がいる。データを送ってもらい、内容を確認する。表に入力していたら背後に気配を感じた。

「森部のデータはわかりやすいんだけど、ぱっとしないんだよな」
「モブですから」
「自分で言うな」

 呆れられた。背後から手が伸びてきて、抱きかかえられるような恰好になり身体が固まる。マウスに添えた椎の手に潤理の大きな手が重なった。

「ここをこうすると、もっと目を引くし見やすい」

 この距離はなんだ、と緊張する椎などおかまいなしに潤理はマウスを椎の手ごと動かす。ごく自然にそうしている潤理に対し、椎の心臓は跳ねあがりすぎて口から飛び出しそうだ。

「聞いてるのか?」
「聞こえてますから離れてください」

 ようやく身体を離してくれた潤理が椎の顔を覗き込む。

「なんだ。俺を意識してるのか?」
「違います」

 意識しているのではなく緊張していたのだ。他人とあんな距離で平然としていられる人もいないだろう。周囲からは嫉妬の眼差しが向けられていて怖い。それに気がつかないのか、今さら気にもならないのか、潤理は楽しそうに口角をあげる。

「モブはどんなタイプが好きなんだ?」
「仕事中ですよ」
「いいだろ」

 不真面目な主任だ。楽しそうな表情から、これは答えるまで逃げられなさそうだとため息をつく。

「一星主任とは正反対な人がいいです。せめて『モブ』と呼ばない人を望みます」

 モブな椎を主役にしてくれるような、素敵な男性がいい。
 周囲には隠しているけれど、椎はゲイだ。初恋から男性だった。気持ちを伝える勇気がないし、友達などの距離が近い人を好きになるばかりで、関係を壊したくなくて告白できずに終わる。しかも最悪なことにモブな椎は恋の相談相手にされるのだ。好きな人の恋愛話など聞きたくない。
 いつでも恋愛の主役になれず脇役のまま。きっとこれは変わらないのだろうな、と思ったら「生涯独り身」という言葉がずしんと心に落ちた。

「俺とは正反対な人、ね」

 意味深にも感じられる呟きが小さく聞こえたが、椎は気にしなかった。

 終業後はまっすぐ帰る。週末でもそれは変わらない。理由は「一緒に飲みに行くような人がいない」から。誘われるときはほとんどが人数合わせで、どこまでもモブだ。
 椅子を立つと、もう部署内には椎と潤理しかいない。

「森部」

 デスクに腰を預けた潤理は、妙に真剣な表情で声をかけてきた。

「帰るのか?」
「残業する必要もありませんし」

 もしかしてなにか仕事が残っていただろうか、と潤理の顔を見ると、ぱっと目を逸らされた。不自然な動きから、残業をさせたいのだと理解した。

「残業申請出してないんですが」

 今からだと管理室にも残業することを伝えに行かなくてはいけない。行くなら急がなくては、と通勤バッグをデスクに置く。

「誰が残業しろなんて言った?」
「違うんですか?」

 だったらなんだろう。首を傾けていると大きなため息をつかれた。

「察しろよ」
「なにをですか?」

 舌打ちでもしそうなほど眉を寄せた潤理が椎の通勤バッグを持ちあげる。今度はなんだ。

「飲みに行かないか?」

 そこまで真剣な顔で言うことでもないのに、まるで誰かの命がかかっているかのような険しい表情だった。なにか重要な話でもあるのだろうか。誰にも聞かれたくないのかもしれない。

「いいですけど」
「けど?」

 潤理がさらに眉を寄せる。皺になりそうだ。

「モブは話がうまくないので楽しい会話は期待しないでください」
「だから自分でモブって言うな」

 頭を小突かれて、よろけそうになった体勢を留める。

「一星主任は言うじゃないですか」
「俺はいいんだよ」

 意味がわからない。

「どうなんだ? オーケーなのか嫌なのか」
「嫌なんて」
「じゃあオーケーだな。行くぞ」

 椎の分のバッグまで持った潤理がさっさと歩き出すので追いかける。早足で歩いても追いつくのがやっとだ。

「どこ行くんですか?」
「飲み」
「どこで?」
「うまい店」

 頑張って早足を続ける椎と、余裕の歩調で進む潤理。どうしてこうも差があるのか。