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旨そうな匂いだなあ
秋桜、とその花を、とある歌手が呼ぶのはもう少し後になる。
白と桃色の野良咲きが広がる、広過ぎる庭の敷地がただの野原となって終わる辺りで、彼は大の字に寝そべりそんなことを言う。だから先客だった仲間は眉根を寄せた。
おいおいこんな所でひっくり返りやがってよ、こいつら茎が毛むくじゃらだから、大事なリーゼントに引っかかるとめんどくせえぜ、武蔵さんよ
なんの平気平気、おいらは君たちと違ってクシを持ち歩いているのだよ、こう見えて
はっ
いつものように草むらに身を横たえ、吹きわたり吹き下ろす風を全身で浴びるでもなく、膝を立てて座っていた隼人は、しかしハーモニカを取り出し吹くほどには何かしらをかこつような不機嫌でもない。だから
美味そうって何がだい、今日の晩飯でもここから嗅ぎ当てられるのか?
いいやチョコレートの匂い。このへんどっかに茶色コスモスが混じってんのさあ
咲きかけの時だけチョコそっくりの匂いがちょっとだけするんだよ。しらねえだろ
へえ、しかしそんなもので随分ご機嫌になれるじゃないか、うらやましいぜ
そりゃあそうさ甘くてとろける匂いだ、それに台所で頬っぺた赤くして何かお菓子でも作ってるときのミチルさんもこんな匂いだ、あったかくてわくわくするとってもいい匂いさ
いいつつ彼はくさはらをごろごろ転がり行き来する。コスモスの数輪をも巻き添えにして
ピンクと白、恋する喜び
そんな声と笑顔だったなと呟く隼人が立ち止まり、形よく咲いたチョコレートコスモスを一輪摘み上げる
「咲き始めだけが甘いんだっけ」
言ってぽいと投げ捨てそうなそれを今、もう一人の仲間が取り上げて、嗅いだ
「もう甘くはないな」
「残念かい」
「いいや、そんなに悪くないさ」
武蔵のいなくなった庭で竜馬は、隼人に、しずかに。
もうこれ以上失われないよう、ぼくたちはなれないでいよう
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