akinoshiroihana
2024-10-13 20:31:35
15825文字
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名刺置き場8

メモ:ゲッター以外が入ったらここにその旨書くこと




群れをなせぬもの
   なしうるもの
     その集団の核となりうるもの

それが何を以てして「女王」たりうるのかはいまだわからない
さして飛べぬ翅を広げ一度きり空を見たあと、それは常ならぬ黒を纏って地に立ち
「王」との逢瀬は交合のいっときだけではなく共に在るから、その姿は周囲にも記憶された。
砦の奥に白い身体を押し込めひそみ、その従者達よりはるかに長く続く生の中、魂が劣化してしまう前に、「女王」は自分の分身をいくたりと産み、だからその魂は永遠となる。たとえ「女王」一匹が殺されようと、もはやその砦は滅びない。

「って言やあアイツみたいなもんか、野郎だけど」
酒で赤く焼けた指が暫く洗ってない頭をがりがりと掻き、生あくびの音
それは古寺の、使い込まれ黒光りする板の間に転がる、壮健で薄汚れたさびしげな体から聞こえた

群れをなせぬもの
「師範、やられました、我等ではもはや手に負えません」
弟子にした覚えもないが飽きない懲りない悪いやつではない連中が、恐縮した調子で本道に寝転がる男に奏上しにくる

「ホームセンターの山田さんによれば全面修理が必要だと」
「シロアリです」

無念です、との声に、まああいつを連れ帰ろうとした奴は、もれなくヤサをぶっ壊されるもんな、と男は、ひどいものにたとえられるには整った、戦友の白い顔を思い浮かべた


ああぅっ、リョウマりょうまぁ、というR18な事態でも発生したみたいな声で呼んだのはあいにくムサシであり、馬鹿、なんて声出しやがると甘くないR18な事態みたいな事を言っているのはあろうことかハヤトだった
広いリビングのドアを開け放てばすぐに目と目が合って確かに助けを求めたのはムサシの方で、ハヤトは青白い顔で舌打ちし「騒ぐんじゃねえよ」と囁くような声音で言ったのがおかしかった。無駄なのに、お前一人が声を殺してももう無駄なのに!
「隼人」
ムサシのバスケットボールぐらいでかくて丸くて丈夫な顔面を、蟷螂の鎌か蜘蛛の足のように長く剣呑な感じのある白い指ががっちりつかんで文字通り“口封じ”しているのに胸が頭がどくりと跳ねるか揺れたから、その手首をつかみ剥がす。ムサシの口許には朱がべとりと引かれているのに背筋が震えて、至近距離で目を合わせればなにかが邪魔する視界が痛む、ああ、睫毛だ俺とおまえとの、ああ、奥歯を噛み砕きそうだ―――

―――中秋の名月っていうからよ、ススキの穂を摘もうと思ったらあれも気を付けないと手が切れるんだな根元の方で
こっそりリビングの救急箱を取ろうと思ったら木箱に血がベッタリ着きそうでよ、ムサシさんに頼んだらあの大騒ぎってわけさ

いったい、まったく、この世界の神様は神隼人を絶対に死なせたがらないくせに、絵になりそうなケガはせっせとさせるんだ
そんなこの世の理不尽な法則を嚙み締めつつ、今は俺の膝の上身をくったり任せた白い手に、俺は包帯を巻いている。まったくお前と来たら、など言ってやれば減らず口も叩いて来ないから、気分はそれほど悪くもない。

ムサシは月見団子を丸める手伝い兼盗み食いに行ったきり戻らない。


花瓶に活けたススキの穂が、銀色に揺れている、俺とおまえの間で。その真っ当な距離だけが少し物足りない。


「おう、いつにも増して様になってるじゃないか色男」

ヘリから降りる戦友に、蓬髪を吹きまわされつつ歩み寄る竜馬が言った。

「どうも。連れがハンサムなおかげかな」
「違いねえ、どこで見つけたよこの面食いめ
 まぁたお前の為なら命懸けの奴に仕込んでんだろ、このタラシ」
いいもの着せてやってよ、こんなのお前のお見立てだろと言われれば、相手はまあなと薄く笑んだ

「それでもお前が一番似合うと思うよ」
「へへそうだろ?って待てどういう意味だオイぃぃ!」
ラベンダー色のシャツの胸倉が掴まれボタンが爆ぜる、あくまで極めて荒っぽいじゃれ方止まりではあったのだが。そうとわからない者は蒼褪めたたらを踏むか、そうでなければ―――
「おい待て隼人、こいつ離してくれ」
「リュージ、ノー」

バイザーがお前のヘルメットと同じタイプのを選んだら懐かしくてさ、など隼人は言う。戦友の腕にかぶりついている、オーダーメイド黒ずくめの防刃防弾スーツとヘルメット装備の軍用・救助犬の、ワンコのリードを手繰り寄せ、頭を撫でながら。

ポーランド製アクティブイヤーカバー、これ一つでもう九万六千二百五十円也。



へっくしょいおおさむ、と武蔵が吹き下ろす風に横幅のある体を揺するので
ああそういえばこんな時期だったと竜馬がいい、隼人をちらりと見て微笑む

去年の今頃、言葉を交わすこともまだなかった「神隼人」を、竜馬は部活のグラウンドから遠目に捉えた。

急な冷え込みで紅葉は鮮やかになるという
そんな冷たい風がまたどっと吹いたと思ったら、
金色の銀杏の木の下、まだ散り落ちるには早いもみじ葉が風に攫われたのかと紛う深紅がそこに現れた、と思ったら、それははらはらと散っていくのではなく最近噂の転入生の姿を取り―――いや彼その人が木陰からすいと現れたのだった

遠目にも丈高く色白な彼はさきほどの風に嬲られた髪に手をやりつつ晩秋の高い空を見上げ、噂通りに孤独を愛するふうに木の幹に凭れていたが、不意にうつむく。俯いた白い顔を白い手が覆うそのしゅんかん、この地が療養地だったのを思い出したのは、通学服としては鮮やかすぎるシャツの色が違うものを連想させたからだろうか。

そのあと、くしゅん、と遠く。

何かが溢れそうになる時のひとの表情がどきりとして目を引いて
何かを滴らせるのでも泣くわけでもなかったのにホッとして、へえあんな顔になるんだと思いもし
見張られた目、他人のことなどいまは知らない、とても正直なときの彼の顔
後になってみればあれは「悪くないな」と思い始める始点だったような
それが記憶の中「これもいいな」とか「可愛いな」だったような気がしてくるから厄介だ、と竜馬は思う

色付きゆく季節 思い出さえもなお



「そういえばまたこの季節に東京から帰って来たわけで」
またキオスクで新しいフレーバーが売ってたからさ、
「買って来ちまったんだ」
そう言い、研究所端の石碑から引き揚げてきた真っ白いポッキーを、庭での午後のティータイムに提供したのは隼人だった。
前回はもうここに居合わせることのない3番目のゲットマシンの、ベアー号パイロットへの土産だったのを彼は覚えている、軽井沢駅まで迎えに行った竜馬もすぐ思い出した。だがそれについて触れようとしなかったからミチルはまあそうなのと返し、弁慶はふうんとすぐに手をのばした。

パンチグラスに立てて供されたそれが焼き菓子代わりに各々の口に運ばれるのを見遣り、竜馬もそれを齧りかけたところで、ミチルが「あらやだ」と声を挙げた。テーブルの上、ごく小さくて黒い艶のある長い虫がとまっている。ミチルの前に向かっているそれを、ポッキーを長い煙草のように咥えたままの隼人がぴんと指ではじく、だがそれが思いがけずテーブルにしっかりと居残ったので、指でつまんで放り出そうとする。隼人の白い面差しと咥えた真っ白い菓子の間で薄い唇の色がくっきりと見て取れ、白い指先と黒い虫の間で血の色を閉じ込めた良い形の爪が桜貝のように映える一瞬を竜馬はほうっと見守った、が、
「おっと待ちな」
弁慶の成形途中の塑像のような、太くも工具のようにしんと静かに揃って角ばったような手指が隼人の白い手を掴み押し止めた
「こいつはちんちくりんだが、どうして触るとかぶれるやつだ、さらにその手でトイレに行っちまったりしたら物凄くあぶねえ」

少しの、沈黙。

その後、「あらやだ!!!」というミチルの悲鳴に近い叫びがあがり、隼人は「ありがとよ馬鹿」と呟き顔を覆う。その耳がじわじわと真っ赤に染まっていくのを見守りつつ、竜馬は「①END止」と表記のある作画監督が描いたセル画みたいないい微笑顔でずっと止まっていた。ああなんだって自分はこの場において、まずはこの焼き菓子を口にし咀嚼するという一連の動作をこなしてからでないとこの現場(げんじょう)に参加できないんだろう、なんだって一人いい感じに蚊帳の外なんだろう、なんだってなんだってああ頭の中だけとても忙しい!
―――きれいだから好きなんじゃない、好きなものはいちばんきれいに見えるものなんだ

名も知れぬ黒い虫が小さな羽を広げ、ぱっと飛び立った

十一月十一日 のちのポッキーの日。