09
[他の学校見に行くんじゃなかったの?]
カズイにLIMEを送ると、すぐに返事が返ってくる。
[願書もらうだけだからすぐ終わる。そっちはバイト休みなんだよな]
[そうだけど
…]
一応オープンキャンパスに行くって言っていたのに大丈夫なのかな、と思ってしまう。念の為カズイに確認しておこうと
[せっかく都心に出てきたのに、観光とか巡ったりしなくていいの?]
と尋ねると
[もともと会うつもりで来てる]
[それに、この状態で観光なんかしてもつまんねーし]
と返事が送られてくる。
「うう
……ハッキリしなかったわたしのせいだ
……ごめんね」
ぶらりと立ち寄ったお店から出て、外で返事を送ろうとするとまた手の中でスマホが震える。
[でも、マサを選ぶなら正直に言って欲しい]
[そしたら別の用事入れる]
そんなメッセージと、ぷんぷん怒っているペンペンのスタンプ。
なぜかそのペンペンにカズイの寂しそうな顔が重なり、わたしは胸のあたりをぎゅっと掴まれたような気持ちになる。
まだ家族になったばかりの頃からカズイは寂しい時、まるで自分の気持ちを隠すように怒ったフリをしていたんだと思い出すだけで口元が緩んでしまう。
あの頃からずっとわたしは「おねえちゃん」の立場でカズイという「弟」を見守っているつもりだったけど、カズイがそうやってふくれっ面しながらもそばにいてくれたからこそ、寂しいと感じる気持ちを持たなかったのだろう。
わたしはゆっくり息を吐くと、スマホに向かいメッセージを打ち込んだ。
[それじゃあ、おねえちゃんが都会を案内してあげるよ]
[お前さぁ
…]
[その時に、ちゃんと話そうよ]
これまでのことと、この先のこと。
カズイは少しの沈黙の後、「わかった」とだけ返事をくれた。
ショッピングを中止し、買い物をして家に帰る。
その間も頭の中は全然まとまらなくて、目的地はわかっているのに行き方がわからないような不安が胸の中にもやもやと浮かんでいるようだった。
* * *
翌日。
カズイは他の大学を見て午後に来ると言っていたのに、朝早くから目が覚めてしまい何となく部屋を片付けたりして落ち着かない気持ちで過ごしてしまった。
最寄りの駅に迎えに行こうかと言ったものの「来なくていい」と拒否されてしまい、手持ち無沙汰になりながら部屋で待っていたとき、部屋の広さに合わないくらい大きな音でチャイムが鳴った。
「
……家なんかに呼んでいーのかよ」
ドアを開けると、カズイは少しだけふてくされたような顔をする。
「カフェとか、外で話すよりいいかなって」
「ん
……ま、そーだよな」
何度か来たことのある部屋なのに、カズイはなぜか居心地悪そうな顔で立ち尽くす。
「どうしたの? 今お茶もってくるから座って待っててよ」
「ああ
……あのさ、その
……先に結論だけ言ってくんね? その方が落ち着くっつーか覚悟できるっつーか」
余裕ねーな、俺。
そわそわと視線を彷徨わせながらカズイが呟く。
わたしはあえてそれに応えず「お茶もってくるね」と狭い廊下にあるキッチンから
マグカップを二つ取り出し、部屋にもって入った。
「つか、ねーちゃんは余裕って感じなのな」
「そう見える? だとしたらそれは大人の余裕ってやつだよ」
「チェッ、一つしか変わんねーくせにムカつくな」
「伊達に都会で暮らしてないからね」
いつもの様な軽口を交わしながら麦茶を入れてカズイの方に置く。
実家にいた時にフレーバーティを入れてあげたら薄いとか渋いとか酸っぱいとか、
毎回散々な感想を投げつけられたけど、麦茶ならまず間違えることもない。
「
……で」
「うん?」
「結論から言って。ちゃんと聞くから」
カズイは麦茶に手を付けることなく、わたしをじっと見据える。
こんな時にまで(こんな風に男らしい顔するなんて、大きくなったんだなぁ)と思ってしまうわたしはやっぱり姉から抜け出すことはできないのかもしれない。
それでも。
「
……わたしも、カズイが好きだよ。きょうだいとしてはもちろんだけど、人としていつでも一番頼りにしてるし、そばにいて欲しい
……って、たぶん思ってる」
「たぶんかよ」
カズイはホッとしたような、でも納得していないような顔で笑う。
「でも、マサくんも大切だと思ってるんだよ。小さなころから一緒にいたし、カズイの親友なのにわたしのことも気にかけてくれて、困っている時はいつでも助けてくれたし」
「
……まあ、よく気が利くよな」
「うん、二人が仲いいのずっと見てたから、これでカズイとマサくんの仲が悪くなったりしたら、わたしは
……」
たまたまそこにいたわたしが、長く親友だった二人の仲を壊していいはずがない。
そんな事になるくらいなら、わたしはどちらとも連絡を切ってしまった方がまだいい。
カズイは少しの間わたしをじっと見つめ「はぁ
……」と呆れたようにため息を吐く。
「んなの、最初から解決済み。ねーちゃんが心配する必要なんかねぇの」
「えっ、そうなの?」
やれやれとでも言いたげにカズイは首を横に振り
「この関係何年続いてると思ってんだよ」
と大げさにうなだれて見せる。
「
……そんな前から、なの?」
「そー。だからねーちゃんの気持ちがどっちに向いても俺らは恨みっこなし。もちろん二人揃ってフラれるパターンも想定済み」
「そうだったんだ
……」
何も知らなかったのはわたしだけだったのだと思うと(それがわたしの為だと知った今ですら)少しだけ取り残されたような気持ちになってしまう。
「で? 他に何があるんだよ。だいたい検討つくけどちゃんと全部言って」
カズイは手をひらひらさせて、わたしに発言を促してくる。
「それは
……お父さんたちになんて言うか
……」
「それ。俺も考えてたんだけどさ、実際言わなくてもいいんじゃね?」
「え」
カズイがとんでもないことを言い出すので、わたしは言葉を失ってしまう。
「カズイ
……」
「あ、今俺が適当な事言ってるって思っただろ。逆だからな、逆」
勢いだけで言っているのかと思ったわたしの心の中を見抜いたようにカズイは拗ねたような顔をするとはぁと小さく息を吐いた。
「
……俺もさんざん悩んで考えたから聞いてほしいんだけどさ」
マグカップを手に取ると麦茶をじっと眺めてから一口飲みこみ、お茶に視線を落としたまま口を開く。
「俺ら、昔からそこそこ仲良かったじゃん。まあ、最初のうちは自分の親を困らせたくないってのもあったけど、二人でも、マサ入れて三人でもよく遊んでたし」
「うん」
「で、親たちもそれを見て何も言わなかった。むしろ俺らだけ置いて旅行に行ってたし。
それってさ、何つーか
……信頼、ての? されてるんじゃねーかなって」
「だったら、なおさら付き合うなんて言ったら二人を驚かせちゃうのでは
……?」
カズイが他の女性と恋人同士になるのは嫌だと思うけど、同じように両親の仲が悪くなったり、家族という関係が解消されてしまうのも同じくらい嫌だと思っている。
カズイは分かっているように頷いて「それがさ」となぜか声を潜めて話し出した。
「少なくともかーちゃんは俺らがくっつけばいいって思ってるらしい」
「え
……お母さん、が?」
「ああ。来年一緒に住めばいいってのも親たちの案だし、もし俺らがくっついたら本物の家族になれるなんて俺の前で言ってるくらいだし」
子供の前でそんな事フツー言わねぇだろ、と困ったように視線を落とすカズイに、
わたしもお父さんが言っていた言葉を思い出す。
「そういえば
……前にカズイみたいにわたしを大切にしてくれる人と付き合ったらいいって、お父さんもいってた
……」
「ほらな」
あの時は「ええー、カズイは素直じゃないからなぁ」なんて言ってスルーしてたけど、まさか、あれは父の本音だったのだろうか。
「じゃあ
……」
「そ。俺らがくっついたとしても一家離散みたいなのはないってこと」
多分だけどな、と補足するように付け加えたカズイは手にしていたマグカップの麦茶を一気に飲み干すと静かにテーブルの上に置いた。
「他に? まだなんかあるなら言って」
「ない
……のかな。でも、世間的にきょうだいで付き合うのって変じゃないかな
……」
「まだそんな事言ってんのかよ。多様性の時代だぜ。それにほら」
そう言うとカズイはズボンのポケットからスマホを取り出すと、わたしの肩をぐいと抱き寄せて顔を近づけると、インカメラで驚いたわたしとカズイの顔を自撮りした。
「見てみろよ。全然似てねぇじゃん。当たり前だけどさ、ここでは姉弟だなんて言わなきゃわかんねーの。そもそも血がつながってねーんだから」
「
……そっか」
「それに、地元で文句言う奴がいても、そんなの言わせておきゃいーじゃん」
「
……そう、だよね」
法に背いているわけではないのだから負い目に感じたりコソコソする必要もないし、自分の気持ちに正直に恋愛して大丈夫だとクミちゃん達も言っていた。
カズイはわたしがずっと悩んでいた問題を魔法のように簡単に解いてしまうと、
「あとは?」
とわたしの顔を覗き込んだ。
「ない
……と思う」
「じゃあ、はい」
「え、何?」
カズイがわたしに向き合うので、何かあったのかと顔を上げる。
するとカズイはわたしにむかって両手を広げてきた。
「ねーちゃんの告白、まだちゃんと聞いてないからさ」
ニヤリと笑ったカズイに不覚にもドキッとしてしまい、わたしは慌てて目を背ける。
「い、言ったよ? さっきほら、結論からって言った時に
……」
「そういうんじゃなくて改めて聞かせてよ」
「えええ
……でも、それならカズイだって言ってないよね?」
「いや? 俺はLIMEでちゃんと言ったし」
「
……ずるい」
わたしだってちゃんと言って欲しい。
気付いていなかったくせに今更と言われてしまうかもしれないけど、今ならカズイの気持ちに向き合うことができる気がするのに。
そう思っていたら、急に目の前が真っ暗になりカズイに抱きしめられていた。
「リコ」
「
……うん?」
「やっと名前で呼べるんだな
……って思って」
「そんな。今までだってリコって呼んでよかったのに」
「よくねーの。俺なりのケジメってやつなんだから」
「
……そうだったんだ」
ぎゅっと密着したシャツからは、懐かしくてドキドキする匂いがする。
実家にいた頃に何度か感じた胸のざわめきは、カズイのこの香りが原因だったのかとようやく気が付いた。
「なぁリコ。俺のこと、好き?」
「
……うん」
「うんじゃなくて、返事聞かせて」
回された手に少しだけ力が入る。
カズイの緊張が伝わってきたような気がしたので、安心して欲しくてカズイの胸に手を当てると、額をぴったりと胸につけた。
「好きだよ、カズイ」
「
…………サンキュ」
ぎゅっと抱きしめられ、わたしの肩にカズイの顔が埋められる。
それからしばらくの間そうしていたけど、耳元で名前を呼ばれて顔を上げると
カズイは何かを決意したような顔でわたしをまっすぐに見据えた。
「俺、絶対合格する。んでリコと一緒に住んで、誰にも文句言わせねーようにちゃんとしてみせる。だから、待ってて」
「うん、待ってるね」
カズイ HAPPYEND
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